2018年07月19日

自己偏愛が愚痴を生む・・・

愚痴る心は、自らの想念行為を、横道に歩ませる原因を作ります。

相手の心と行いについて、理解を示し、寛容な心を持っていれば、愚痴る心も湧いてこないでしょう。

自己偏愛が愚痴になったり、怒りになったり、そしり、ねたみ、足ることを忘れる欲望の亡者になってゆくことを、悟らなければなりません。
posted by 田村 季山 at 03:16| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月17日

五感の欲望に振り回されないこと

人間の魂が肉体に宿ると五官に振り回されてきます。五官とは眼、耳、鼻、舌、身の五つです。

この五官に魂・意識が幻惑されるのです。美しいものを見ると欲しいと思う。気持ちの良い香りには心がひかれる。自分の都合のよい話には、つい乗ってしまう。舌ざわりのよい物は食べすぎてしまう。苦役より楽なほうに身を置きたい。肉体五官はこのように、人の心を動かして行きます。

五官が働かなければ肉体の維持は難しくなります。さりとて、五官に心を奪われると欲望がつのってきます。欲望の源は五官に振り回される心の動きにあったのです。

諸々の欲望、争い、不調和、悪の根源は、五官に心を奪われる六根という煩悩にあるのです。

さまざまな不幸は、肉体にまつわるこうした心の動き、業(ごう)の想念行為によって生み出されていくのです。

業は執着です。執着は五官から生まれる肉体的想念が、魂に根を張ることによって作り出されていくのです。

地位、名誉、金、情欲、その他さまざまな欲望が、人間の神性、仏性を侵して行きます。
posted by 田村 季山 at 03:21| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月16日

祈るよりも感謝の生活が大事です

神社仏閣に行って神仏に祈ることが信仰ではありません。

祈りの心を持ち続けることが本当の信心であり、神仏の心を己の心として生活する中に初めてこの心の尊厳を悟り、心の眼が開かれるのです。

神仏は、森羅万象を、人間修行の場として与えているのですから、祈るよりは感謝の生活を具現することが大切です。
posted by 田村 季山 at 03:24| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月15日

調和した人間関係を作り上げていくこと・・・

夫婦、親子、兄弟、友人などは、それぞれの因縁、あるいは約束のもとに、結ばれています。だから我欲にもとづいた自己主張をしないで、調和ということを目標に、感謝と報恩の毎日の生活を送ることが大切です。

なかには、自分は調和をはかりたいのだが、妻が、夫が、友人がなかなか言うことを聞かないという人もあり、別れたほうが良いと思う人もあるでしょう。

しかし、本来は、片方がゆずる心を持って態度を変えれば、相手も変わってくるものです。意思疎通がないというのも、何か原因があるからで、不調和な根を探し出して、良く反省することが大事でしょう。
しかし、それでも調和できない人もあるでしょう。相手の暴力や毒舌が、休まず攻撃してくることもあるでしょう。

だが私たちは、本来あるべき道から逸脱した相手の姿を感じたら、争ってはなりません。争わずに、「この哀れな者に、どうぞ神さま、安らぎをお与えください」と心から願うだけの余裕が欲しいものです。
posted by 田村 季山 at 03:27| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月14日

挨 拶

愛を込めていつでもこちらから先に挨拶をし、挨拶の言葉のあとに何かひと言続ける・・・これが好印象を与える挨拶の仕方です。

だから、「おはようございます。今日はお天気がいいですね」と相手に言われてから挨拶を返すようでは遅いのです

いつでも必ず、自分のほうから先に挨拶をしなくてはいけません。

そして、「おはよう」「こんにちは」などの挨拶をしたあとに「お元気でいらっしゃいますか?」というふうに言葉を添えると好印象を与えることができます。

挨拶は心の温かさを感じさせる第一の表現方法です

好印象を与える挨拶は、必ず素晴らしい日々の日常生活につながります。

をとってきて老け込まないためにも絶対面倒がらずにこちらからサッと挨拶ができるよう習慣づけておくことはとても大事なことです。

posted by 田村 季山 at 03:28| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

挨 拶

愛を込めていつでもこちらから先に挨拶をし、挨拶の言葉のあとに何かひと言続ける・・・これが好印象を与える挨拶の仕方です。

だから、「おはようございます。今日はお天気がいいですね」と相手に言われてから挨拶を返すようでは遅いのです

いつでも必ず、自分のほうから先に挨拶をしなくてはいけません。

そして、「おはよう」「こんにちは」などの挨拶をしたあとに「お元気でいらっしゃいますか?」というふうに言葉を添えると好印象を与えることができます。

挨拶は心の温かさを感じさせる第一の表現方法です

好印象を与える挨拶は、必ず素晴らしい日々の日常生活につながります。

をとってきて老け込まないためにも絶対面倒がらずにこちらからサッと挨拶ができるよう習慣づけておくことはとても大事なことです。

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2018年07月13日

水急にして月流さず・・・

急流に月が映っている。川の流れがどんなに速くても、月は流されることがない。

月は平然と映ったままである。

つまり、自分を取り巻く環境がどんなに激変しても、自分の信念さえしっかりしていれば、環境に流されることはないという意味です。

激動の世の中、信念をもって流されることなく穏かに過ごしたいですね。
posted by 田村 季山 at 03:27| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月12日

一番大事な心がけ・・・

人が生きていくために誰もがまず一番にしなければならないことは、相手をいかに喜ばせようと心がけるか、ただその一語に尽きると思います。

相手を喜ばせる、相手を幸せにもっていく、相手に勇気をふるい立たせる、相手に幸せを感じさせる。

そういう常に相手の心を喜ばせるようにもっていかせる心は、一番人間として素晴らしい心だと思います。
posted by 田村 季山 at 03:32| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月11日

無為に流れる時間を愉しむ・・・

現代人の人づきあいはあまりにも目的的になりすぎているところがあります。

会って時間を使うなら何か見返りを、といった気持ちがつい働いてしまうのが今の私たちの人づきあいです。

行動でもそうです。いわゆるデキル人といわれている人は、常に時間とメリットを秤にかけて行動を選択しています。

しかし、そういう功利的な生き方が私たちの肉体や精神をむしばんでいるのではないでしょうか。もっと余裕のある時間の使い方をした方がよいのではないでしょうか。

何らかの強迫観念にとらわれ「無為に流れる時間」を恐れてはなりません。

何もしないでぶらぶらしていることへの魅力、自然にありのままに生きることの魅力。

もっと無為な時間を持つよう心がけたいものです。

posted by 田村 季山 at 03:17| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月10日

貴人になる・・・

貴人とは自分の人生を善い方に導き変えてくれるような自分よりはるかにレベルの高い人のことです。

若いときはこういう貴人に会いたい、誰か自分を引き上げて向上させてくれないものかと思ったりするものです。

人生も後半になってくると、「ああ、あの人が自分にとって貴人だったんだな」とわかってきます。

夢を持ったり目標を持って一生懸命やっていると会うべき人にはちゃんと会えるようになっていたり、知るべき情報はちゃんと知るようになっていることがわかります。

さぁ、今までは先人達に手を引いて導いてもらいました。本当に有り難いことです。

人生も後半に入ってくれば今度は私たちが誰かの貴人になってあげる番です。

時間を無駄にすることなくこれまでの経験や知識をより洗練させ、少しでもこれまで蓄えてきたノウハウをあとから来る人達に伝えていきたいですね。

posted by 田村 季山 at 03:18| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする