2019年01月22日

どんなことについても「善きこと」とは何かを自分の力で選ぶ

「おいしい蕎麦が食べたいなら、あの店へ」「今、読んで面白いのは、この本」というように、情報があふれる現在、私たちは自分の感覚ではなく、無意識的に、他の誰かの選んだものを選びがちになってしまいます。それは失敗やはずれが少ないことかもしれませんが、とても淋しいことです。

なぜなら、すでに他の誰かが選んだものを選ぶことが当たり前になってしまったら、私たちは知らないうちに自分らしさがなくなってしまうからです。人との本当のつき合いというのは、自分の目で相手を選び、相手にも自分をしっかりと選んでもらうことで生まれるものです。

「友達になるなら、この人がおすすめ。とてもいい人ですよ」
そんな口コミなど関係なく、人と人は友達になります。
「なんであんな人とつきあうの?ちょっと変わっているんじゃない?」
たとえ誰かにそう言われても、「自分がいいのだからイイ」というのが友人であり、恋人であり、生涯のパートナーでしょう。

友達でも、恋人でも、仕事を通してかかわる人であっても、誰と付き合うかを選ぶとき、決して損得を差し挟んではいけません。「この人とつき合えば、淋しさを倦めてくれる、人脈ができる、メリットがある」そんな見返りを求めて人とつきあうのは、正しくありません。

どんなことについても「善きこと」とは何かを、自分の力で選ぶことです。
posted by 田村 季山 at 03:27| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月21日

徳積みのチャンスを逃すな・・・

もし道にゴミが落ちていたら拾いますか?お店の商品が倒れていたらなおしますか?
自分が捨てたり、倒したりしていないのだから関係ないと多くの人は思うかもしれません。

でも、あなたの心に余裕があって、その事態に気づいたのならば、拾えばいいし、倒れているのを直した方がいいでしょう。
そうするだけで、あなたの心は気持ちよくなり、次にその場面に出くわした人にとっても、不快な気持ちを起こさせず、気持ちがいいはずです。

「どうして道に平気でゴミを捨てる人がいるんだろう?」とか、「なんで倒れているのに直さない人がいるんだろう?」とか、そんなことを考える必要はありません。

道のゴミや倒れた商品は、あなたに徳を積ませたくて、神さまが用意してくれたものなのです。そういう場面に出合ったら、「これでまた一つ徳が積めました。ありがとうございます」と、喜んでササッとやればいいんです。
posted by 田村 季山 at 03:25| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月20日

心が出来たところまで片付けは出来る

なかなか物を捨てることができない方がいらっしゃいます。

このような方たちは過去をひきずって生活をしておられる方たちです。

私たちは心のできたところまでの片付けをすることができるようです。

この時に、頭の中もすっきりと片づき、難しく物事をとらえていくことがなくなっていくのです。
posted by 田村 季山 at 03:25| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月19日

弱さがプラスに

人間はしばしば健康からではなく病気から考え深くなり、順境からではなく逆境にあって耐える力をつけ、褒められることからではなくけなされることから自分を発見することがあることは、ほとんどの人が恐らく体験済みのことでしょう。

そういう訳で病人、不運な人、才能がないと思い込んでいる人々も、社会にとっては貴重な財産なのです。

そして極く自然に、自分に与えられている状況がどんなものであるか正視し、そこに意味をみつけることができれば、この世に失敗した人生などということはなく、どの人も各々の才能を生かし、社会でなくてはならない人となります。そこで初めて、すべての人々が、競争の対象や敵対者になることなく、あらゆる人々の存在を評価し、感謝し喜ぶことができるようになるでしょう。
posted by 田村 季山 at 03:29| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月18日

信頼される人でいる

「徳は孤ならず、必ず隣あり」といいますが、徳がある人とは、なにも賢者や碩学でなければならない、ということはありません。

普通の人でも、人より少しだけ思いやりが深い人、そう考えればいいのです。

大事なのは「信義を守る」「嘘をつかない」「親切を施す」というモラルでしょう。この三つを守る人には、人は信頼を寄せるものです。
posted by 田村 季山 at 03:23| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月17日

自分に甘い分、相手にも甘くすること

自分が相手を嫌いなら、相手も自分をうとましく思っているでしょう。けれど、自分から親しくなろうと努力すれば、相手も心を開いてくれるでしょう。そうすると、思ってもみなかった世界が開けるかもしれません。だから、目の前の人を喜ばせると、徳につながります。

人に良いことをすること自体が幸福であり、幸福がめぐりめぐって自分に返ってくると考えるといいでしょう。
人の心を動かすにはその人を認めることが第一です。相手のことを考えていれば、必ず他人は力を貸してくれるものです。

人を喜ばせることは、相手を尊重すること。「私にとってこの人は特別」と考えれば、それが態度に表れますから人間関係は発展します。自分に甘くてもいいけど、その分、相手にも甘く接すること。それが人間関係の基本になります。
posted by 田村 季山 at 03:27| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月16日

自業自得(善因善果)

「禍福はあざなえる縄のごとし」という言葉があります。人生はいいことばかりが続くものではないし、また悪いことがあっても、それがいつか、いいことに変わっていくものだという教えです。

だから、苦しい時こそ嬉しいと考えるようにする。苦しいことはいつまでも続くはずがない、どん底まで行ったら、それ以上、落ちようがありません。あとは一歩ずつ上がっていくだけ。そう思えば、苦が少しやわらいできます。嘆くことはありません、未来は明るいはずなんだから、と自分にそう言い聞かせましょう。

大事なのは、どんなときにも自分の身の不運を嘆かないことです。「なんで自分ばっかり」と悲嘆にくれる気持ちはわかりますが、「苦しい」と思えば余計に苦しくなってしまいます。

自分の身に起ったことは、本当はすべて自分が蒔いたタネなので、他人がつくった原因が自分に及んでいるわけではありません。これを仏教では「自業自得」といいます。この言葉は「悪行の報い」という意味ばかり強調されていますが、いいことだって同じです。つまり、「善因善果」です。

逆境に立たされたときに、「自分は何も悪くないのに」と泣き言をいっても、問題が解決するわけではありません。それどころか、泣き言は自分を弱くするから、逆境から逃げ出したくてたまらなくなります。それがますます自分を窮地に追い込んでしまいます。

反対に、どこかに自分の責任があると甘んじて受け止め、それが運命だと考えてみましょう。そうすれば困難に真正面から立ち向かっていけるようになります。「逃げてはいけません。そこに踏みとどまって運命に立ち向かいなさい」と、仏教は教えています。
posted by 田村 季山 at 03:31| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月15日

「ありがとう」「おかげ様」で生きる

人間は弱い生き物です。だから他人と共存し、また神仏の声を聞きながら生きていかねばなりません。けれど、わがままや欲望が頭をもたげると、相手を思い通りにしたいと考えるし、自分自身も世間の評価や他人の意見に翻弄されていきます。
ほんとうの自分を見失って、そこに苦しみが生まれてきます。

だから、素朴に考えればいいのです。素直な心で生きればいいだけなんです。思いやり、謙虚さ、それから親切の心を持つようにすること。「いつもありがとう」「おかげさまで、なんとかやってます」の気持ちで生きていけばいいだけなんです。

素直な気持ちで生きていけば、自分勝手な欲望や煩悩に気づくことができ活力がよみがえってくるということです。
「ありがとう」「おかげさまで」で生きられないのは、自分自身が謙虚さを忘れてしまってるせいなんです。

「いつでも神仏が見守っていてくれる」と思えば、ただそれだけで、ゆったり生きていけます。
posted by 田村 季山 at 03:25| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月14日

無理しない・・・何事もほどほどに

我慢強く、働き者で、親や上司の命令をよく聞く、責任感が強く、何事も完璧にしないと気がすまない人は要注意です。
真面目な人ほど心に柔軟性がないことがあるので壁にぶち当たるとどうしていいかわからなくなって、苦しんでしまいます。

失敗や挫折からうまく身をかわすためにも、何もかも頭に詰め込み過ぎないで、多少、頭の中をからっぽにしておくことが必要です。その精神で生きれば心に余裕が生まれ、世間の荒波をたくましく生き抜いていかれます。

天台宗大阿闍梨の酒井雄哉師のモットーは、「むりせず、いそがず、はみださず、りきまず、ひがまず、いばらない」だそうです。
何事も精一杯やることはいいことだけど、やり過ぎはよくありません。無理してやり過ぎるから、プレッシャーがかかり、ストレスになります。人間の運命には浮き沈みがつきものですが、その波に逆らわず、ゆったり構えて生きればいいんです。そうすれば、よりよく生きられるはずです。

「はみださず」も同じです。「俺が、俺が」の気持ちが強いと社会のルールからはみ出しがちになります。だからおかしくなります。社会のおかしなことや犯罪は、みんなこれが原因になってるようです。
posted by 田村 季山 at 03:22| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月13日

人生(運命)は必ずあなたを通して出てきます

「現実」はそれ自体が意識や意志を持っているわけではありません。
私たちがそれに選択を与えなければ、現実が勝手に変わっていくことはありません。

「私がなにも知らないうちに、こういうことが起きてしまった」ということは、本当はあり得ません。
人生は「降りかかってくるもの」ではないのです。人生は必ずあなたを通して出てきます。

自分自身が持っている、あるいは決断した波動以外のものはあなたに近寄って来ることはありません。
posted by 田村 季山 at 03:32| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする