2020年08月04日

明るくふるまう

愚痴を言って、いいことは一つもありません。

愚痴を言えば、それだけ自分がみじめになります。

「ひがむ」のもあまりに凡庸だから、意識してやめることです。

体が悪くなり、能力がおとろえ、友人が死んでしまったら、暗く悲しい思いになるのも当然でしょうが、当然だから、そのままそのような顔をしていていいということはありません。

明るくすること、心の中はそうでなくても、外見だけでも明るくすること。

明るくふるまうことは、世間への礼儀です。
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2020年08月03日

食物への感謝

ただ今私のお膳にすえられた一杯のご飯、これは私の今日の命の糧、活動の根元です。

これが無ければ生きてゆけないとわかった時、食物に対してどんな心持ちでいるのが最も正しく、間違いない心構えであるかか、すぐわかります。

ここに食物に対する感謝感激の心持ちは自然とわいて来て、食物を通して天地の恩がしのばれ、やがて社会の恩、または生命の根元である父母・祖先・・・神仏のご恩まで、ひしひしと身にせまってまいります。

こうした美しい自然の愛情の上に立って生まれてきたのが、食事の礼儀であり作法なのです。
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2020年08月02日

日々に新たに

名誉や地位や才能や世間の評判や、そうしたはっきりしない影のようなものにつかまり、失うまいとあせる。

それがかえって自分をそこにくぎづけにして、進歩も向上もさせないことになります。

一境に達すれば更に、また新しい次の一境、かくして月に進み、日に進み、時々刻々に新たなるこそ、不断の進行です。

進行は、捨てるのです。向上は、捨てるのです。

得ては捨てて、捨てては得る。こうして、その日々を、捨てて、捨てて、進んで行くのです。
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2020年08月01日

食の自由の境地

世の中には、同じものを食べる事をいやがったり、それがいけないことのように思ったりする風潮があります。これは考えようです。

ことさらに同じ物ばかり食べる必要はありませんが、得られない時は、何日でも何ヶ月でも同じ物を食べて、少しも飽きません

それでも、少しも体にさわらないという食べ方が、本当なのです。お米のご飯はどうでしょう。ミソ汁は、お茶は、漬物は、年がら年中、同じものを同じ方法で煮炊きし、同じように食べる。

そして、いよいよおいしく、いよいよ栄養になります。

これが、食べ物に対する真の自由の境地と言えるのです。
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2020年07月31日

心を変える

物そのものを変え、相手の人を改めるということは、容易ではありません。

ことに天候、気候は、これを変えるということはできません。「どうすることもできない」ということがわかれば、我が心を変えるよりほか道がありません。

しかも我が心を変えること、これほど容易なことはありません。

人間ほど愚かな者はありません。できやすいことはせず、難しい道を無理に歩む。

すぐ変わることは変えようとせず、変らぬことをかえようとする。
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2020年07月30日

現在に生きる・・・今・ここに生ききる

人は常に、現在の一瞬に生きております。そのほかに我はなく、これを外にしては人生はありません。

過去はすぎさった現在であり、未来は来ようとする現在です。

ただ今に生きる、これが人生です。

現在の一瞬を、最大に働きぬく、最高に楽しみぬくこと。

そしてその働きと楽しみとは、実は別物ではありません。

働きこそ最高の楽しみであり、いわゆる娯楽は、働きを真の働きとするためであり、娯楽によって得た心境を働きに移すための娯楽なのです。
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2020年07月29日

不自由は心の迷い

これまで不自由は、時のせい、所のせい、人のせい、環境のせいと考えてきました。

しかし、そうではありません。たとえば、厳寒のなか、寒さにちぢみあがるのは、さもしい心の人間だけです。この時、動物の多くは、しずかに冬眠して、夏の働きに備え、秋の充実の準備をしております。

目前の対象に、時・処(ところ)に不自由を感じているのは、実は己のわがまま根性が映ってそうさせているものです。

いかなる環境にも事柄にも仕事にも、不自由は何一つないのです。
posted by 田村 季山 at 03:10| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月28日

玉のような心で

家庭に暗い影をなげるものは、不平であり、わがままであり、怒りです。これらがつのってくると、争いとなります。

争いは、自分一人を中心としてものごとを考えることから出発します。人をさげすみ、人を容れず、己一人を高しとする。

このような心を洗い去った、明るい、純一の心、これを持ち続け、養い高めていきましょう。

ついに、玲瓏(れいろう)玉のごとき心境に到達するでしょう。

そして、その家庭を理想の境に高めてゆきましょう。

ここに豊かな文化が育ち、うるわしい文化人がはぐくまれるのです。
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2020年07月27日

幸福の鍵

何事もいっこうに苦にしない人がいます。いつも朗らかで、その人がグループに入ると、皆朗らかになります。

それは、暗い所にともし火をもって行くようなもので、その人の行く所が明るくなります。

こうした人は、いつも幸福に暮らせます。

人は幸福に暮らしているから朗らかなのではなく、朗らかにしているから、幸福な事情がつぎつぎにあらわれてくるのです。

車にヘッドライトがついているから、行く先々が明るいのです。

明るい所を選んで行くのではなくて、行く所が、どこでもすべて明るくなるのです。
posted by 田村 季山 at 03:15| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月26日

今こそ無二の時

人の自覚の第一歩は、今いるところをもっとも良いところであると自覚し、今の時間を最もよい無二の時なのだと認識するところに始まります。

人生は、一本勝負。やり直しが出来ません。

今をきらい、おそれる者は、人生を失います。
posted by 田村 季山 at 03:15| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする