2019年03月25日

忘却は天の恵み・・・

物忘れを嘆くのは、精神衛生上よくありません。

覚えていないもの、忘れたものはどうせ自分にとっては役に立たないものだと思うようにしましょう。

そうすると、何を忘れても、イラつくことはありません。

泰然自若。忘却がうまく機能していると考えましょう。

覚えておくべきことを忘れても、決して悔やんではいけません。
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2019年03月24日

「若返りの秘薬」のおしゃべり

相手が聞き上手、ほめ上手、人の話は否定しない、揚げ足はとらないといった雑談・放談をたしなむ秘訣を心得ていると、多少無責任な話にもしきりにうなずき、どんな屁理屈にも耳を傾ける。むずかしい話にも分かったような顔をして聞き、空理空論、大言壮語にも目を輝かせる。話が脱線しようが、誰もとがめたりしません。

この聞き手の善意が話し手をのせ、気分を高揚させてくれます。いい気分になれば話し手はますます口が軽くなります。話すほどにまわりは感心したという顔。それが、体じゅうに、元気の「気」をゆきわたらせます。

雑談、放談は体調維持に功を奏し、「若返りの秘薬」となります。
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2019年03月23日

心のエコノミークラス症候群にならないために・・・

現役をリタイアした人間が家にじっとしていて、くすぶっていると、からだにも決していいことはなく、精神衛生上もよろしくありません。
家にいて、空気のよくない部屋でずっと同じ姿勢で仕事をしていたら、足も頭も、血流が悪くなってきます。外を出歩く習慣があれば、そんな心配は無用です。

親子が同居しているうちは、親は子を世話するため、子は親に頼るために、家庭は社会的・経済的な生活基盤になります。しかし、子が独立し、夫婦だけの関係が残ったときに、家庭の持つ機能は薄れてしまいます。そのとき家庭がお互いにどれだけ精神のよりどころになるのか、考えてみる必要があります。

ことに、夫が現役を退いて、活動拠点が会社から家庭に移った場合、家庭は夫にとって、はたして生き甲斐を創出する場になるのか。
引退後は毎日が日曜日と決め込んで、ひがな家でゴロ寝。こんなことをしようものなら、一週間で邪魔者扱いされてしまいます。

かつて社会的な安全装置として家庭が機能していたのも、夫が給料を稼いできたからです。その経済的な源泉となっていた労働がなくなれば、「疲れをとるため」という方便も通らなくなります。だから昼間のゴロ寝姿では、粗大ゴミになるのです。リタイアした夫が、否が応でも外に出なければならない理由が、ここにあります。

外に出るということは、心を外に開くということでもあります。たとえ、ひとりの散歩であっても、そこに外界との接点があります。外界との接点を持つことで、「心の血栓」が溶けます。身も軽く、清々しい気分にもなるというものです。

年をとってくれば、妻は夫をわずらわしいと思う、子供も、親の言うことを聞かない。そういうものだと思っていれば、自然に外に心が向くようになります。第二の人生の生きがいは、家族というより、むしろ自分のためと考えたほうが、楽しく、愉快なものになります。
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2019年03月22日

一日に一度は外に出ること

年をとって規則正しい生活をするようになると、体内時計も安定します。

第二の人生の心得のひとつは、生活のリズムです。

生活のリズムができあがると、就寝、起床時刻も安定します。

長い老後を実りあるものにするためには、一日一日の生活パターンを守ることと、一日一度は外に出ること、この二つは鉄則だと心得ることです。
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2019年03月21日

他の人は変えられない・・・

他の人は変えようと思っても、他の人は変えられません。

自分の周りの世界を変えるための一番簡単な方法は、自分を変えることです。

自分自身の波動が上がったとき、相手のその波動の部分(自分と同じように高い波動の部分)としか交流が出来なくなります。

ラジオで局を選ぶように。

そうして周りが変わったように見えるのですが、実は自分が変わったのです。

今の状況が嫌なら、自分の考え方、行動を変えてください。
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2019年03月20日

帯津式「達者でポックリ」のための十二か条

1、できるだけ歩く。

無理でない範囲で、駅のエスカレーターには乗らなず、階段を使うなどの心がけを。


2、気功を身につける。

何か一つ自分にあった巧法を楽しみながら続ける。


3、旬のもの、地場のものを食べる。

大地のエネルギーを体内に取り入れることを心がける。


4、好きなものを少し食べる。

好きなものをときめいて食べることが最大のクスリ。ただし腹八分目を心がける。


5、酒をたしなむ

酒は体によい。お酒が好きな人は、体に良いから毎日適量飲まなければならない。

6、早寝早起きをする。

朝日を拝むことが生命のエネルギーを高める。


7、いつも希望とときめきを

ときめきこそが最大の養生である。将来に向かって青雲の志を持つことも大切。青雲の志とは、聖賢の人になろうとする志である。


8、生きるかなしみ(旅情)をかみしめる。

本来人間は悲しく淋しい存在であると心に命じる。


9、この世は品性を磨くための道場と心得る。

喜びも悲しみも、健康も病もすべてが生命のエネルギーを輝かせる修行。


10、折に触れ死を想う

日頃から心の準備をしておけば、死に直面しても動じない。

11、わが弱点をサプリメントで補う。

家系的、体質的な弱点が明らかであれば、これをサプリメントで補う。


12、いい場に身を置く

いい人たちと交流をする、生命のエネルギーに満ち溢れた人に会う。
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2019年03月19日

メタボリック症候群は本当に病気の兆候なのか・・・?

太っているからといってなにも「病気」にすることはありません。生活習慣病だって一つの老化現象であって、ある程度「生」の流れの中では自然なものです。

それをあまり目くじら立てて、腹囲がどうの、中性脂肪がどうのと人に恐怖を与え、健康で元気な「太った」人を「病気」に分類したりするのは間違っているのかもしれません。

確かにメタボリック度は、健康に対する注意を喚起するという意味はあるかもしれません。しかし腹囲を測るように指導して恐怖を与えるよりも、いずれ訪れる「死」に対する覚悟を持てるように、「死生観」を築くための指導をする方がよほど優先されるべきではないでしょうか。

以上のような趣旨のことを帯津良一先生が語っておられました。
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2019年03月18日

食生活改善の10か条

ベストセラー「粗食のすすめ」を書かれた管理栄養士の幕内秀夫先生の提唱する「食生活改善の10カ条(大切な順)」

1、ご飯をきちんと食べる

2、醗酵食品を常に食べる

3、パンの常食はやめる

4.液体でカロリーをとらない

5、未精製のご飯を食べる

6、副食は季節の野菜を中心に

7、動物性食品は魚介類を中心に

8、砂糖、油脂のとりすぎに注意を

9、できる限り、安全な食品を選ぶ

10、食事はゆっくりと、よくかんで
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2019年03月17日

いい「場」に身を置くことが大切・・・運をよくする

私たちはいろいろな「場」に住んでいます。
学校、会社、地域、家庭、趣味の集い、習い事、友人との会食など、すべて「場」であり、そこにいる一人ひとりの状態が「場」のエネルギーを作り出しています。
病気を治すうえでも、健康に生きるためにも、いい「場」に身を置くことがとても大事です。

常にいい「場」に身を置き、生命場を高める努力を続けていれば、私たちの体が持つ自然治癒力がフルに発揮され、恒常性(ホメオスタシス)が保たれます。
その結果、健康で元気いっぱい生きることができます。

マイナスのエネルギーを持った「場」にはできるだけ近づかないようにしましょう。

たとえば、不平不満、悪口、愚痴、文句、批判ばかりしている人とか、いくら観光地でも不幸のあった場所などです。
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2019年03月16日

死を折に触れ考える・・・

映画「おくりびと」の原作本の「納棺夫日記」の中に「末期患者には、激励は酷で、善意は悲しい、説法も言葉もいらない。きれいな青空のような瞳をした、すきとおった風のような人が、側にいるだけでいい」と、書かれています。

自分の死を折りに触れ考えている人が来ると、死に直面している人は、死への恐怖が和らぐというのです。生を謳歌している人がいくら何を言ってもダメなのです。
posted by 田村 季山 at 03:11| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする