2009年07月06日

飾らないでサッパリと生きる

自分を飾らないで、嘘いつわりのない自分をいつも出していれば楽なものです。

むろん自分を出していて相手に不快感を与えるようではいけませんが。
サッパリサッパリと生きることが大切です。
posted by 田村 季山 at 03:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月05日

老後の心配をする前に一瞬一瞬輝いて生きる

お金がどんなにあっても、健康であっても、家族に囲まれていても、いま大地震が起これば全部なくなるかもしれません。何のためにお金を貯めてきたのでしょう。

老後のために、孫にお祝いもあげず、人との会食にも行かず、コツコツ貯めたお金も、宝石も全部灰燼に帰すかもしれません。それくらいなら「過去にもっと人のために尽くしておけばよかった」あるいは「自分を喜ばせるために使えばよかった」と思いませんか。
耐えることのみを自分に選択させるのは間違っています。自分を喜ばせることも大事だし、身体をていねいに扱うことも大事です。たまには豪華な食事もしたり、旅行に出て、自分の心を違う環境に持っていくことも必要です。

お金は貯めるより、使うことによって役に立ちます。やがて自分にもその報いが返ってきます。だから、今輝いていれば、老後を恐れることはありません。
だからといって、今のうちに全部お金を使っておこうと思う必要もありません。
それは本人の選択の範囲です。チマチマと暮らし、不自由に生きることは本当の幸せではないということです。
posted by 田村 季山 at 06:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月04日

良い言葉を口ぐせにしましょう

良い言葉を口ぐせにするだけで、人生にツキを呼び込み、人間関係が良くなります。
いつも口をついて出る言葉がプラスに習慣化されている人は、思考もプラスになっています。ツキがある言葉が口ぐせになっている人は、どんどん人生がツイてくるのです。
習慣の力は偉大です。だからマイナスの言葉を口ぐせにしないことです。
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2009年07月03日

肯定から入ると人間関係は滑らかに運びます

相手は話をしはじめるとき、自分の話が受け入れてもらえるかどうか、とても気になるものです。
「そうだね、わかるよ」と先ず受け入れると、その最初の心配や、いらぬエネルギーを吸い取ってしまいます。
人に意見するときでも同じです。「そうだね、わかるよ」といったん受けとめてから、「でもね」と入っていきます。このように、常に肯定から入ることが大事です。

そうするのは、なぜでしょうか。
人を肯定的に包み込むことは、相手からすれば、この人は自分の見方だとか、仲間だという安心感を生みます。こうして相手の心を開いていくことができるからです。
「それは違うよ」と否定から入られると、誰でも無性に腹が立ちます。
人は、自分のことをわかってくれる人を捜し求めているのです。
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2009年07月02日

明るい、楽天的な自分に感謝

もし自分がやさしい心、愛の心、明るい心、楽天的な、のんきな心を持っていたら「あぁ私は有り難いなあ、幸せによい心を持てて有り難いなあ、ますます愛深い人になりますように、どうかますます生命輝く人になりますように」と祈ることです。
そうするとますますイキイキと明るく生きられます。
posted by 田村 季山 at 04:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月01日

子供達の義務と責任

やはり子供たちの方から、お父さん、お母さん、長生きして欲しい、あなた方の存在は我々にとって生き甲斐です、と思わせるような生き方を示していかねばなりません。

そういう生き方を示すためには、私たちがまず老人の生を輝かしいものと、彼らの心に植えつける義務があります。それは私たちの責任です。
決して彼らに負い目を負わせるような生き方をさせてはいけない、不自由になっていく体を不自由だと思わせ悲しませてはいけません。体は不自由でも、心は常に自由に天にはばたく輝かしいものとして、受け止めてあげなければいけません。

確かに老人を抱えて苦しんでいる人達のあることは認めます。一日も早く亡くなってしまえばいいと心では思っても、言葉に出しては言えない人々が多く存在しているということもよくわかります。

けれども、それはあくまでも間違っていると言えましょう。やはり死ぬ瞬間まで老人に素晴らしい環境を作ってあげることが、子供の天命だと思います。
posted by 田村 季山 at 04:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月30日

本当の悟り

ありとあらゆるものがみんなそれでいいんだ、自分に都合のいいことでも、都合の悪いことでも、あぁそれでいいんだ、有り難うございます。という心境になれば、それが本当の悟りです。

だから、「これでいいのだ」と、すべてを肯定していた天才バカボンのパパは、つまり赤塚不二雄さんは悟っていたんです。この境地まで達すると人生何が起ころうが落ち着いていられます。
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2009年06月29日

「絶対大丈夫」と信じる

老後とは一般に考えているような、苦しみでも、孤独でも、寂しさでもありません。確かに年をとると自分さえ知らない嫌な面、自分が尊敬できない姿が出てきます。お金、執着心、依存心、甘えといった自分でも自由にならない心が出てきます。

しかし、それは消えていく姿。過去の心です。
「絶対に大丈夫」と、自分自身を信じる心が欠けていると、いつまでも執着が消えません。マイナスの心を追いやって、「絶対大丈夫」と信じることです。

そうすれば、必ず「大丈夫、安心、自立」のほうを選択します。この積み重ねがだんだんと人間を磨いて、高みにあげていくのです。
反対に、あきらめ、不安、恐れといった消極的、否定的な方向を選択したら、不安や恐れが心に残っているので、次もマイナスの否定的な方向に歩みを進めてしまうのです。それが一年も二年も続くと、なかなか引き返せません。

自分の心自体が、人生を創り出しています。やろうと決めれば、必ず出来るものです。
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2009年06月28日

過去への執着を捨て老後を豊かに

いくら家族が大勢いて楽しくても、年をとっていくと子どもは巣立っていき、一人また一人とだんだん周りに人がいなくなります。過去の家族の思い出と比べると、未来はいつも寂しく、孤独で、不自由なものでしかありません。
つまり過去への執着が不幸を生み出しています。

物がなくても、病気であっても、心が常に神様の中にいて、自分はさらに進歩すると信じていましょう。今の苦痛を受容し、乗り越えることによって、自分は磨かれ、立派に、愛深き人間になれるという、その喜びが自分の老後を築き上げていくはずです。

どんな状況にあっても過去は過去、未来は未来、今の瞬間を一生懸命諦めないで努力して生きることが、老後を豊かなものに導いてくれます。

posted by 田村 季山 at 06:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月27日

本当の悟りとは

悟った状態というのは、すべてのことに感謝できるということでしょうね。
posted by 田村 季山 at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする