2015年12月28日

「今・ここ・わたし」を愉しむ

常に意識が未来にある人は、一見ヤル気に満ちているように見えます。しかし、実は今の自分にバッテンをつけて否定し、未来に思いを馳せていて、いつも渇望感でイライラしている人も少なくありません。

今を犠牲にして、未来に生きてはいけません。

毎日をワクワク、ハッピーに過ごしている人は、いまで思考し、今を生きている人です。明日は今日の延長であり、未来は今の延長です。今をハッピーに生きていない人に、ハッピーな明日も未来も来ないのです。

未来に夢を託すことに逃げないで、「いま・ここ・わたし」を最大限に楽しんで生きていきましょう。今の気持ちが、未来をつくっていくのです。
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2015年12月25日

病にも感謝

すべてのイヤなことは、なんでもかんでもが諸悪なことではなく、その人の現状の状態や状況から、良い方向に導くための、必要課題であり、通過必須項目であったりします。

だから、たとえば病気になったということは、悲しいことでも、悲観的になることでもなく(もちろん、その病気になってしまったことで、辛さや痛みがあったりするわけですが)、そもそもその病気にならなかったら、そのまま命をとられたかもしれないわけです。

だから、症状が出てくれたおかげで、治すきっかけを与えられたということは感謝すべきことです。

大病した人の中には、その後、本当に健康のありがたさがイヤというほどわかり、身体を大事にすることを覚えた人や、この命があることの素晴らしさを感動的に知った人が多いものです。
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2015年12月24日

現状のままで幸せになる

世の中には学歴がないから、〜〜がないからといって劣等感を抱く人がいます。
そういう風に考えるんじゃなくって、東大を出た人は、東大を出てよかったと思えるような生き方をすればよく。
中学出の人は、中学出でよかったっていう生き方をすればいいんです。

ようするに現状を一つも変えないで、いまのままで幸せ。そう思う努力が大事です。
間違えないでください。現状を変える努力じゃありません。現状そのままで、幸せになる考え方をするのがコツなんです。

ほとんどの人は、何かを変えないと、何か変わらないと幸せになれないと思っています。
太っていたら太ったまま幸せになれる方法を考える。これはとても大事なことです。

簡単に言うと、すべては心で、考え方で決まるってことです。
コツは何も変えずに、いまのまま幸せになることです。
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2015年12月22日

一日も休まないことが大事

心を磨くには、少しであっても毎日修行を欠かさないということが必要です。
自分が自分に課したもの、たとえば、掃除や写経、読経などなんでもいいんです。
「今日一日、今一回くらいしなくても、別に悪いこともないだろう。一日の遅れくらい、長い人生から見れば大したことはない」などと理屈をつけて、怠けたくなることもあるでしょう。

しかし、「一日も欠かさない」ということが大事なのです。

今日のみで明日はない、今日だけやると思う。今日一日、今一回は、二度と帰らない一日、一回になるのです。その功徳は計りしれません。
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2015年12月21日

「ありがとう」という言葉

この世の中には、自分にとって良い人もいれば、よくないことをしてくる人や、イヤなことをしてくる人もいます。また、良いものがあれば、よくないものも蔓延していたりします。良い時間もあれば、イヤな時間もあったりします。

しかし、本意・不本意に関係なく、すべての人と物と出来事と時間と流れは、なにかしら、たとえほんの少しでも、自分の魂を磨き、成長させているものなのです。そのことに感謝をすこしでも感じられるようになると「ありがとう」という言葉は自然と口に出るし、この言葉を言わずにはいられなくなります。

感謝を心の中に少しでも持っている限り、悪人になどなりようがなく、人生をだめにしようがないのです。

逆に言うと、「ありがとう」という感謝の念を大きく持てるようになればなるほど、簡単に、有難き感謝に満ちた人生を送れるようになっているということです。
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2015年12月18日

これまでしてきたことは、これからすることに比べれば重要ではない

多くの人は過去をもとに自分の価値を決めますが、優れた人は未来をもとにあなたの価値を決めます。

未来、未来、つねに未来です。

人生、生命は未来にあるのであって、過去にはありません。
未来にこそ真実があるのであって、過去にはありません。

これまでしてきたことは、これからすることに比べれば重要ではありません。
これまで犯してきた過ちは、これから創造するものにくらべ何の意味もないのです。

あなたには価値があります。誰にでも価値があります。

あなたの過ちを赦しましょう。すべての過ちを赦しましょう。
あなたの間違った情熱も赦しましょう。
すべてを赦しましょう。
間違った意見も、見当違いの理解も、有害な行動も、自分勝手な決定も赦しましょう。
他の人は赦してくれなくても、宇宙(神)は赦します。

私たちも常に未来をみて赦してあげましょう。
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2015年12月15日

「節食」は健康の基本

飽食の時代を迎え、食べすぎは良くないと、多くの人が理解しています。
江戸時代、日本一の観相家といわれた水野南北は、節食開運説なるものを唱え、食べ過ぎなければ運は開けると説きました。

「三食のうちの一食くらいは、天に奉ずる気持ちが大事」と南北は言いました。空腹を我慢しろというのではなく、おいしいご飯が食べられることを一日一度はご先祖様に感謝する習慣を持ちなさい、ということです。

病気のほとんどは食習慣を改善すればなんとかなります。粗食少食を心がければ長生きができますが、太く豪快に生きたい、好きな物を好きなだけ食べて人生短くても構わないという人もいますので、人それぞれ強制はできませんね。
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2015年12月14日

考えない、重い出さない

お釈迦様は、大きな欲望を持つ人は必ず大きな苦しみにあう、欲望を減らす者は苦しみも少ないと説かれました。
達磨大師も「求むるところあるは皆苦なり」と言われました。

このような苦しみから逃れ、心豊かに生きるにはどのようにしたらよいのかということになります。

お釈迦様は、苦しまないようにするには考えないことが大事だ、思い出さないことが重要だと説かれました。

中国禅宗の高僧、慧能も、仏教の教えで最も大事なことは「不思善、不思悪」(良いことも、悪いことも考えないこと)だと言われました。
臨済宗中興の祖と仰がれた白隠禅師の法の上の祖父にあたる至道無難禅師は「もの思わざるは仏の稽古なり」と言われました。
私たちが本来持っている清らかな心を自覚する修行は「考えないこと」だというのです。

思い出すということは、心の病気の現われだといいます。妄想が出るというのが病気なのです。そして、それを治療するためには念を発展させないこと、そこで止めるということが大切です。私たちは本来の自分の心を知り、その心に従って生きることが大切です。それにはまず、考えない、思い出さないという工夫が最も大事で、心の本質を理解する目的もそこにあります。
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2015年12月11日

一日のトータルが人の一生

人の一生は、今日一日のトータルです。
今日一日が生涯、密度の濃い一日を送りたいものです。
汗をかき、最善を尽くす。そうすれば、たとえ失敗しても腐らないで済みます。
多くの不満や反省は、全力を尽くさなかったから、だともいえます。
「思いわずらうのは、最善を尽くさないからだ」と、元京大総長の平沢興先生が言われました。

今日の一日、この瞬間、瞬間を密度の濃いものにしていければいいですね。
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2015年12月10日

習慣

どんな人間の美徳でも、それが習慣にならないかぎりはあまり当てになりません。
一回一回良いことをするたびにもの凄い努力をしているようでは、いつやめるかわからないわけです。

朝、早く起きて朝飯前に少し努力すると、二時間ほど勉強(用事)ができます。二時間早く起きるかどうかというのは、一にも二にも習慣だけの問題です。

朝、3時に起きるのも、4時に起きるのも、6時に起きるのも、慣れてくると同じ感じになってきます。したがって、まず、良い習慣をつくることが重要です。

睡眠時間は世間の常識に振り回されないことです。
短眠は食事の量を減らし、穀物菜食を基本にすると容易にできます。

自分の使命がハッキリわかった人は良い習慣を自然に身につけているものです。
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2015年12月09日

すべてあなたに還ってくる

幸せになろうと思うなら、人を幸せにしてやりなさい。

豊かであろうとするなら、人を豊かにしてやりなさい。

もっと愛が欲しいなら、人を愛しなさい。

それも、真剣にすること。自分の利益のためではなく、ほんとうに人のためになろうと思うことです。
そうすれば、すべてはあなたに還って来ます。
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2015年12月08日

「節食」は健康の基本

飽食の時代を迎え、食べすぎは良くないと、多くの人が理解しています。
江戸時代、日本一の観相家といわれた水野南北は、節食開運説なるものを唱え、食べ過ぎなければ運は開けると説きました。

「三食のうちの一食くらいは、天に奉ずる気持ちが大事」と南北は言いました。空腹を我慢しろというのではなく、おいしいご飯が食べられることを一日一度はご先祖様に感謝する習慣を持ちなさい、ということです。

病気のほとんどは食習慣を改善すればなんとかなります。粗食少食を心がければ長生きができますが、太く豪快に生きたい、好きな物を好きなだけ食べて人生短くても構わないという人もいますので、人それぞれ強制はできませんね。
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2015年12月07日

世間の顔色ではなく、自分が執着することをすればいい

私たちは誰もが同じ反応を示すことはありません。私たちは同一性において喜ぶこともありますが、違いによって救われることも多々あるのです。

だから、私たちは、人と違うことを怖れてはいけません。違いが面白さを生み、安全を保ちます。ドラマができるのも、詩が生まれるのも、人々が違う生き方をしているからでしょう。
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2015年12月04日

考えない、思い出さない

お釈迦様は、大きな欲望を持つ人は必ず大きな苦しみにあう、欲望を減らす者は苦しみも少ないと説かれました。
達磨大師も「求むるところあるは皆苦なり」と言われました。

このような苦しみから逃れ、心豊かに生きるにはどのようにしたらよいのかということになります。

お釈迦様は、苦しまないようにするには考えないことが大事だ、思い出さないことが重要だと説かれました。

中国禅宗の高僧、慧能も、仏教の教えで最も大事なことは「不思善、不思悪」(良いことも、悪いことも考えないこと)だと言われました。
臨済宗中興の祖と仰がれた白隠禅師の法の上の祖父にあたる至道無難禅師は「もの思わざるは仏の稽古なり」と言われました。
私たちが本来持っている清らかな心を自覚する修行は「考えないこと」だというのです。

思い出すということは、心の病気の現われだといいます。妄想が出るというのが病気なのです。そして、それを治療するためには念を発展させないこと、そこで止めるということが大切です。私たちは本来の自分の心を知り、その心に従って生きることが大切です。それにはまず、考えない、思い出さないという工夫が最も大事で、心の本質を理解する目的もそこにあります。
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2015年12月03日

どうでもいいことに過剰反応しない どうでもいいことに過剰反応しない

日常のどうでもいいことにいちいち惑わされて、心の波動を下げたり、心の平安を乱さないようにしましょう。

今の人生で人間としての時間は一応限られているのですから、余計なことでイライラしている暇はありません。もっと、あなたが楽しいと思えることや考えてワクワクする夢に時間を使ってください。

思わずイライラしそうになったときは、一拍おいて、「これが自分の人生に影響あるかな?」と考えてみてください。自分の人生がひっくり返されそうなことだけに反応すればいいのです。「こういうときこそ平常心、どうでもいいことだ」と思い、一瞬はムッとしても、「アッ、今のはナシ」と思えばいいのです。

強運の人は小さなことには動じません。いつも意識を明るい方へ集中させています。
大きな開運アクションをするよりも、日々の小さなイライラをなくすほうが流れはずっと良くなります。
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2015年12月02日

現実に違いを創りたければ自分を変えること

自分の中に在る「感情」や「観念」や「概念」、そういったものを変えるだけで、自分はもちろん宇宙全体(世の中全体)が変わってきます。

ほんの小さな変化が、宇宙全体を完全に変えます。

捉え方や考え方を変えていくと楽に暮らせるようになります。
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2015年12月01日

陰徳は耳鳴りの如し

仏教では私たちの思うこと、言うこと、行うことのすべては業(ごう)という貯金通帳に蓄えられることになっています。
特に、人に知られずに行う良いことは、大きな利子がついて、その貯金が多くなり、その結果もたらされる幸せの程度も大きくなるといいます。
「陰徳は耳鳴りのごとし」とは、まさにそれを表す言葉で、「耳鳴り」とは自分だけがわかり、人にはわからないという意味です。

年をとってくると徳を積む、徳を失わないということが心の安定、幸せにどんなにか大事かは、いくら述べても述べすぎることはないくらいです。
もし、幸せになりたいなら、心が楽になりたいなら、今からでも遅くはありません。他人に親切にし、他人の心を傷つけないようにすること、それも誰にも自慢せずにやる、という生き方に切り替えてください。

山岡鉄舟は、「この世は人のためなどということはありませんぜ」と言いました。他人のためにやれば、業の貯金が積まれ、結局自分のためになるということです。よいことをするということは、結局は自分のためなのです。

ところで、良いことをしたから今後何かよいことがあると執拗に見返り(報酬)を期待してはなりません。
よいことをした時点で報酬は既に与えられていると、考えましょう。なぜなら、あなたにはよいことができる高貴な精神性と優しさが与えられたからです。
posted by 田村 季山 at 09:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする