2016年02月29日

脳内秘薬(セロトニン)

歩くことが身体にいいということは広く知られています。この歩くという行為は、脳科学の観点から見ても単に身体の調子を整えるだけでなく、やる気が出て若々しく元気になり、うつの症状も改善されるなど、様々なよい効果があることが分かってきています。

その鍵を握るのは、「セロトニン」という脳内物質です。歩くだけで脳内にセロトニンという物質が分泌され、大脳、心、自律神経、筋肉、感覚をも活性化することができるそうです。

脳内のセロトニンが分泌されると以下の五つの効果があるといわれます。

1、大脳が変わる
2、気分が爽快に、元気になる
3、姿勢がよくなり顔つきが引き締まる
4、体がよく動ける状態になる
5、痛みを緩和する

以上、脳と心を元気にして若返りにもなるセロトニンを脳内に分泌させるように毎日できるだけ歩くようにしましょう。
posted by 田村 季山 at 08:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月26日

ものごとを勝手に決め付けるから苦しむ

ものごとを勝手に決めつけるから、苦しむのです。

決めつけるのをやめれば、苦痛はなくなります。

決めつけるのはそれまでの経験のせいです。ものごとに対する考えは、過去の考えから生まれます。

過去の考えはさらにその前の考えの結果です。そしてその考えはさらにその前の考えの結果です。

すべては神が人生を通して行う創造の行為であると認識し、すべてを祝福しましょう。
posted by 田村 季山 at 08:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月25日

不完全、未完はあたりま

この世には解決のしようもなく、ただ死ぬまで、その事とつきあっていかねばならないという事があります。 病気も、人間関係も、性格のゆがみも、能力のなさも、すべてその中にあります。 人間の存在そのものが不完全で、未完なのだから、何かを断念して死に至るということは人間の本性によく合っています。それは自然なことです。
posted by 田村 季山 at 07:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月24日

自分の身体に最高の敬意と感謝を持つこと

私たちの体はたくさんの細胞からなっていますが、それは私たちの「従属物」ではありません。
自分の体で自分の意のままに動かせるのは「運動神経」だけで、脳や心臓、内臓を動かしてくれる「自律神経」は自分ではコントロールできません。

あなたは自由に脈拍数をかえられますか?もちろんできませんよね。
ところが普通に生活していると、自分の体を「従属物」だと勘違いして、ついつい無理じいをしたり、いい加減に扱ってしまいがちです。そうすると、必ず体はそれに反応して、病気を起こしてしまいます。

私たちの体は私たち自身の意志が動かしているのではなく、私たちのために動いてくれているんです。
それをちゃんと意識して、自分の体に「敬意」と「感謝」を持ち、サラブレットを扱うようにケアしてあげるべきです。長生きで幸せな人生を送っている人は、それがきちんとできているのです。

大切なのは「体の声」に従って、メンテナンスを怠らないということです。「お腹がすいた」と体が訴えたら、食事をとってエネルギーを入れてあげる。「疲れたよ〜」と悲鳴をあげたら、仕事を断って休んであげることです。
posted by 田村 季山 at 08:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月23日

他の人は変えられない

他の人は変えようと思っても、他の人は変えられません。

自分の周りの世界を変えるための一番簡単な方法は、自分を変えることです。

自分自身の波動が上がったとき、相手のその波動の部分(自分と同じように高い波動の部分)としか交流が出来なくなります。ラジオで局を選ぶように。

そうして周りが変わったように見えるのですが、実は自分が変わったのです。
posted by 田村 季山 at 08:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月22日

苦痛は何故現れるか

人は苦痛を敵と見なします。けれども、決して苦痛は敵ではありません。苦痛は自己の生命が当たり前の道を歩まないで正道を踏みはずして間違った道を歩んでいることを知らせてくれる信号です。

それは私たちの忠実な信号手であり、自分が人たるの道を再び歩むように警告してくれる天の使いです。私たちが正道(神)を忘れて、自分の勝手次第のことをやっているときに再び自己を反省させて正道(神)の方へ心を振り向けさせてくれるのが苦痛なのです。

無常のものを常住のものと思い、朽ち果つべきものを永遠のものと思い、ただの幻に過ぎないものを実在だと思って、それらに執着していた心を一変させ、無常を無常とし、幻を幻とし、朽ち果つべきものを朽ち果つべきものと悟らせて、本当に常住なもの、金剛不壊(こんごうふえ)なものに心を振り向けさせてくれるのが苦痛なのです。

posted by 田村 季山 at 08:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月19日

自分の体に最高の敬意と感謝をもつ

私たちの体はたくさんの細胞からなっていますが、それは私たちの「従属物」ではありません。
自分の体で自分の意のままに動かせるのは「運動神経」だけで、脳や心臓、内臓を動かしてくれる「自律神経」は自分ではコントロールできません。

あなたは自由に脈拍数をかえられますか?もちろんできませんよね。
ところが普通に生活していると、自分の体を「従属物」だと勘違いして、ついつい無理じいをしたり、いい加減に扱ってしまいがちです。そうすると、必ず体はそれに反応して、病気を起こしてしまいます。

私たちの体は私たち自身の意志が動かしているのではなく、私たちのために動いてくれているんです。
それをちゃんと意識して、自分の体に「敬意」と「感謝」を持ち、サラブレットを扱うようにケアしてあげるべきです。長生きで幸せな人生を送っている人は、それがきちんとできているのです。

大切なのは「体の声」に従って、メンテナンスを怠らないということです。「お腹がすいた」と体が訴えたら、食事をとってエネルギーを入れてあげる。「疲れたよ〜」と悲鳴をあげたら、仕事を断って休んであげることです。
posted by 田村 季山 at 08:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月18日

すべてを肯定しありのままに受け入れる

悩みや苦しみは、自分の思いどおりにしようとすることから始まります。

すべてを肯定し、ありのまま受け入れることができれば、何も変える必要がなくなり、悩みが消えて自分自身が一番楽になれます。

悟るとは、ものごとを受け入れるということなのです。
posted by 田村 季山 at 08:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月17日

どんな人と道連れになるか

低い意識にとりまかれているときは、自分の考えを大事にしたほうが身のためです。
高い意識にとりまかれているときには、まわりに屈服したほうが身のためです。

だから、高い意識を持った人を捜し求めるほうが賢いのです。
どんな人と道連れになるかということが、大切です。
このことは、いくら強調しても強調しすぎることはありません。
posted by 田村 季山 at 08:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月16日

持っているモノにも感謝しましょう

私たちは多くのモノに囲まれています。そのおかげで、豊かで便利な生活を送ることができます。

だから、どんなモノに対しても感謝しなければなりません。
モノに感謝することは、とりもなおさず、生かされていることに感謝することにつながります。

感謝の念は時間や空間や次元を超越して、あらゆる対象物に伝わり、それを受けた対象物は、その人が良い気分でいられる方向に動いてくれるようになります。

にわかには信じられないでしょうが、これは宇宙の真理でもあるようです。使用していたモノを処分せざるを得ないときは「長きにわたるお役目、本当にご苦労様でした。お世話になりました、本当にありがとうございました」という気持ちで、別れを告げてみましょう。

そういう習慣を日頃からつけておけば、モノの存在がありがたく思え、無駄に消費することもなくなります。
posted by 田村 季山 at 08:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月15日

無理しないこと

我慢強く、働き者で、親や上司の命令をよく聞く、責任感が強く、何事も完璧にしないと気がすまない人は要注意です。
真面目な人ほど心に柔軟性がないことがあるので壁にぶち当たるとどうしていいかわからなくなって、苦しんでしまいます。

失敗や挫折からうまく身をかわすためにも、何もかも頭に詰め込み過ぎないで、多少、頭の中をからっぽにしておくことが必要です。その精神で生きれば心に余裕が生まれ、世間の荒波をたくましく生き抜いていかれます。

天台宗大阿闍梨の酒井雄哉師のモットーは、「むりせず、いそがず、はみださず、りきまず、ひがまず、いばらない」だそうです。
何事も精一杯やることはいいことだけど、やり過ぎはよくありません。無理してやり過ぎるから、プレッシャーがかかり、ストレスになります。人間の運命には浮き沈みがつきものですが、その波に逆らわず、ゆったり構えて生きればいいんです。そうすれば、よりよく生きられるはずです。

「はみださず」も同じです。「俺が、俺が」の気持ちが強いと社会のルールからはみ出しがちになります。だからおかしくなります。社会のおかしなことや犯罪は、みんなこれが原因になってるようです。
posted by 田村 季山 at 08:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月12日

そのままに観る

世間のものごとに触れても、心が動揺しないこと。
憂いがなく、汚れがなく、安らかであること。
これが最上の吉祥です。

人も勉強をし、経験を重ねると何が起こっても動揺しないで平安でいられるようになります。

すべては見方、とらえ方次第。

すべてのことは良い方に肯定的に解釈すれば、すべてよい方へ向かいます。

あらゆることに、正邪、善悪、上下、大小、優劣、勝敗はありません。
posted by 田村 季山 at 08:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月10日

ただ本来の自分自身であること

私たちの人生が痛みや苦しみ、疲れによって満たされているとき、それは本来の自分自身以外の人間に一生懸命なろうとするところからやってきます。

自然な自分にならないように抵抗するとき、すべての苦しみ、痛みがやってくるのです。
メンタルな、意識的な理知的な痛み、精神的な痛み、感情的な痛み、肉体的な痛み、すべての痛みはそこからやってきます。
posted by 田村 季山 at 08:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月08日

節食開運説(水野南北)の要点

◯ 人間の一生の吉凶は皆只その人の飲食による。

   恐るべきは飲食である。 つつしむべきは飲食である。


 ◯ 飲食が分限より少ない人は、人相が悪くとも吉であり、相応の福分を得て
   長生きし晩年幸福である。


 ◯ 飲食が分限より多い人は、たとえ人相がよくても何事も順調に行かず、
  手おくればかりで生涯気苦労がたえず、晩年不仕合である。


◯ 少食を厳格に守っている人は、たとえ貧乏して悪い人相であっても
相応のしあわせがあり、長生きして何事も大抵不自由することなく
晩年しあわせであり、ひ弱そうに見えても病気をすることがない。


◯ 大食であって、その上量も時間も決まっていない人は問題外で、
一生涯運はよくならず、ついに家庭をこわし、病気になる。


◯ 飲食に定めがあっても、時々少しでも多かったり少なかったりすると、
収入もまた多かったり少なかったりする。
飲食が一定していて変化がないと、収入もまた一定して変化がなく、
ただ食事を一定して厳重に守るが良い。


◯ 厄年に大難の相があっても、いつもおごった食事をせず
厳重に定めている人は厄をまぬがれる。


◯ 酒や肉を多く食して肥え太った人は、一生涯、出世発展することがなく、

食を慎まないと、晩年不幸せである。


◯ 自分が後々、立身出世しようと思うならば、
まず第一に食を減らして厳重に定めること。
これが出来る人は必ず立身出世をし、
できない人は生涯立身出世の見込みがない。


◯ 繁盛している家の運が尽きてつぶれようとしていても、
もし跡継ぎの主人がその食事を減らして厳重に守ると
収入が自然に伸び、家運は栄える。


◯ たとえ貧乏で苦労の多い人相でも、
自分自身で、貧乏人らしく粗末な物を食べ、
  こ れを厳重に守り抜くときは、自然に貧しさから抜けだして
相応の財産ができる。
これを自福自得という。


○ 常に腹七分目を心がけよ。


○ 人それぞれ、仕事や体格が違うのであるから、
食べる分量は自ずと異なる。
したがって、食を節する場合は、その人相応の分量で節する必要がある。


○ 自分が食を節しているからといって、
家族や他の人に無理にそれを押し付けてはいけない。


○ 節制は吉だが、ケチは大凶である。
従って人をもてなす時は、自分の節制に関わりなく、盛大にもてなすこと。


○ 青菜の類は、いくら食べても構わない。


○ 昔の武士は合戦の時は、1日5食であったが、
そういう非常時には大食しても構わない。


○ 一芸に秀でるほどの者は、慎しみを堅く守っていても、
ますます天から苦しみを与えられことがある。
それはその道をますます究めさせるためである。


○ 食欲がなければ無理に食べるな。


○ 早寝早起きを心がけよ。


  以上 これらのことを考慮にいれよく食を慎み幸せな人生になるよう努めましょう。
posted by 田村 季山 at 08:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月05日

私の責任である、と捉える

「こんな目にあう」のは何か、あるいは誰かのせいだと考えているかぎり、どうすることもできません。

「私の責任だ」と言ったときはじめて、それを変えられます。

自分がしていることを変えるほうが、他者がしていることを変えるよりずっと容易です。

なにごとであれ、それを変える第一歩は、選んだのは自分であると認め、受け入れることです。個人として責任があると思えなければ、私たちはすべて一体であるという理解を通して認めましょう。

それから、間違っているからではなく、本当の自分にふさわしくないからという理由で、変化させる努力をしましょう。
posted by 田村 季山 at 08:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月03日

あげるときには、「ただ」であげることが大切です

「自分が相手に与えたことは忘れずにいて、相手が自分に与えてくれたことは忘れる」というところから、人生の不幸が始まります。

「私は、これだけしてやったのに、相手は何もしてくれない」という思いが不幸の出発点なのです。

この「してやった」という気持ちのなかには、一種の人格的未熟さがあることに気づかなければなりません。あげるときには、「ただ」であげること、見返りを期待しないことが大切です。

特に心の問題はそうです。優しさや気遣いなど、人への愛は与えきりであり、一方通行だと思っていましょう。もし愛やお礼が返ってきたら、「得をした」と思えばいいのです。

世の中には恩知らずの数は尽きません。その恩知らずの中には、ほかならぬ自分自身も入っていることを忘れてはなりません。

「他人に何かをしてあげるときには、与えきりにして、それを忘れる。逆に、してもらったことは長く覚えておき、感謝していく」ということが大切です。
posted by 田村 季山 at 08:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月02日

後半生は、穏かに好きなように生きる

人生の半分を生きて、これから後半生にさしかかると思うと、好きでないことには、もう関わっていたくない、と思います。

一分でも一時間でも、キレイなこと、感動できること、尊敬と驚きをもって見られること、そして何より好きなことに関わっていたいですね。

人を、恐れたり、醜いと感じたり、時には蔑みたくなるような思いで、自分の人生の後半を使いたくはありません。

さわやかな風の中にいるように、いつも素直に、しなやかに、穏かに、時間の経過の中に、深く怨むことなく、何にでも感謝して生きて行きたいですね。
posted by 田村 季山 at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月01日

自分の幸福ばかり考えるのではなく、他の人の幸福を考える

自分が悩み苦しいとき、スランプのときは、自分のことばかり考えすぎて、他の人のことを忘れている場合が多いものです。努力して自分の意識を転換し、他の人々のことを考えてみましょう。「他の人がどうすれば喜ぶか」ということを考えてみましょう。

「スランプ克服の、いちばんの方法は、他の多くの人々を喜ばせるなかにある」と言っても過言ではありません。

自分が苦しいからといって、その苦しみを他の人に振りまこうとしてはいけません。それでは、さらなる苦しみとなって、自分に返ってくるでしょう。

自分が苦しいからこそ、他の人々を喜ばせるような生き方をしてみようではありませんか。
自分の心のうちが苦渋に満ちているからこそ、他の人々に笑顔を与えようではありませんか。

他の人々を喜ばせて歩くなかに、スランプは必ず克服されていくものです。

posted by 田村 季山 at 07:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする