2016年09月30日

孫のお守りをしてやること。そして恩にきせぬこと。

孫の守りは、したくなかったら断ったらいいのです。しかし、なかには子守りをすることが好きな老人も多い。

守りをしない老人を非難してはいけません。子守りは重労働です。

独立心のある若夫婦なら子供を含めた一切の経済的、労働的解決を、自分たちの才覚で見つけなければいけません。

老人のほうも、守りをするのが少しでも楽しかったら、その楽しみを享受して、「あんなに面倒をみてやったのに、そのことについて少しも感謝しない」などと文句を言わないことです。

孫の守りは、礼を言ってもらいたいためにすることとは違います。それくらいなら、息子夫婦からでも、守りの料金を取ったらいいのです。お金を取れば恩義の押し売りをしなくてもすみます。
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2016年09月29日

勝つだけが幸せとは限らない

これまで日本人は、敗戦からずっと「勝ち」を目指して歩んできました。そして、高度成長をなしとげ、豊かな生活を享受すると、多くの国民が、「勝ちはいいことだ」と思うようになり、受験も就職も出世もすべて「勝てば幸せな人生が待っている」とほとんどの日本人が信じてきました。

そんな日本人の信仰も、バブルがはじけ、リストラの嵐が吹き荒れたことで、吹き飛んでしまいました。

ところで、いつも勝ち続けなければいけないというのは大変なことで、常勝を強いられる巨人軍の監督のストレスは相当なものだそうです。サラリーマンも成績のいい人ほど負けが許されないので、心の休まるときがないにちがいありません。

勝ちにこだわらなければ、人生はすごくラクになります。負け続けても、それが気にならなければ、心の平安を得ることができ、幸せになれるのです。

「勝たなくていいのだ」・・・こう思ったとたん生き方がラクになるのではないでしょうか。
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2016年09月28日

若い人を立てる

老人になっても、あらゆることについて自分が前面に出たがる人がいます。それは前向きでいい生き方なのかもしれません。しかし、大人気がありません。

老人が真先に失うのは実に「大人気」なのです。正しい日本語としては、「大人気」という言葉はありません。「大人気ない」という否定の要素を含んだ形容詞です。しかし、いつのまにか「大人気のある」などという言い方も、口語として使われるようになっています。その「大人気」と解釈してください。

老人は一見、誰も諦めよくなっているようにみえますが、決してそうではありません。「大人気」とは、大局に立って、自分は引くこと。他人にとっていいことのために、自分を少々犠牲にして、さりげなくしていることなのです。

誰でも一度は若く、誰でも一度は老います。これほど公平ななりゆきを嫉妬するのは、強欲でありましょう。
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2016年09月26日

老化の兆し?

老後になって、植木やペット、時にはテレビや競馬やパチンコなどを楽しみにしている人はいくらでもいます。

だから自分を過不足なく表わすために、そういう話をして悪いわけではありません。

しかし、子供や孫の話の代わりに、ペットの話をするようになると、老化の兆しが出て来たのだ、という人もいます。

ペットが自分の世界の大きな部分を占めるようになっているということは、いささか用心してもいい状態であるということです。

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2016年09月25日

感謝して見送る

人にもよりますが、友人の死に対しては、意外とショックを受けないように見える年寄りも多いものです。

若い者から見ると、友人が死ぬということは、心の流露を受けとめる相手がなくなることで、どんなにか辛いだろう、と思うでしょうが、老化は、その淋しさをもあまり感じなくてすむようにしてくれるのかもしれません。

友人に先立たれる場合のことは(夫あるいは妻に先立たれることと同様)、常に事前に、繰り返し繰り返し予想することが大切です。そうすると、やって来た運命に対して、心構えができています。

いよいよ別れるのだ、と嘆くよりも、何十年か楽しく付き合ってもらって、ありがたかった、と感謝すればいいのです。
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2016年09月24日

屈辱にまみれても生きよ!

「風になぶられるしなやかな髪、みずみずしい唇」の少女の日も、それは一つの状態でありました。

目も耳もダメになり、垂れ流しになりながら苦痛にさいなまれることもあります。しかし、それもやはり一つの人間の状態なのです。

願わしい状態ではありませんが、心がけの悪さゆえそうなるのではないのだから、どうして遠慮することがいりましょう。

人間らしい尊敬も、能力もすべて失っても人は生きていればいいのです。尊敬や能力のない人間が生きていけないというのなら、私たちの多くは、すでに青春時代から殺されなければなりません。

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2016年09月23日

人生の終わり

私たちが夜寝るというのは、つまり日々人生の終わりを経験しつつあるわけです。

一日に終わりがあるということは、実は日々「これでもか、これでもか」と、死の覚悟を促されているわけです。

しかるに凡人の悲しさには、お互いにそうとも気付かないで、一生をうかうかと過ごしておいて、さて人生の晩年に至って、いかに嘆き悲しんでみたところで、今さらどうしようもありません。

人間も五十を過ぎてから、自分の余生の送り方について迷っているようでは、悲惨と言ってもまだ足りません。

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2016年09月22日

人の顰蹙(ひんしゅく)を買わない

周囲の人の顰蹙(ひんしゅく)を買うような生き方はしないことです。

無意識のうちに顰蹙を買うような生き方をしていることがあるかもしれませんが、少なくとも気づいていてわざとやるということは絶対にいけません。

自分のことばかり考えている人は、いくら見かけが立派であっても、中身が空っぽの場合がほとんどです。

反対に、常に相手のことを考えて行動する人は中身が充実しています。

大切なのは、外見ではなくその人の中身に何が詰まっているかということです。

特に、たった一人のために尽くせる心を持っているかどうか。ここが、大きなポイントです。
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2016年09月21日

本当の大人、本物人間

「わがまま」の中には、許せる「わがまま」と許せない「わがまま」があります。

許せる「わがまま」は「自分のわがまま」、許せない「わがまま」は「人のわがまま」です。

「自分のわがまま」が自分で許せなくなったら、本当の大人です。

「自分のわがまま」は平気で許せるけれども「人のわがまま」は許せないとしたらまだ子供です。

ところで、その人が「本物人間」であるかどうかを見分ける判断基準として、次の二つのことを見ればだいたいわかるものです。

一つは、その人の言ってることとやってることがどれだけ一致しているかです。

もう一つは、自分自身の利益に直接結びつかないことに対して、どれだけ無心に打ち込んでいるかどうかです。
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2016年09月20日

苦しみにもとは「我」である

同じ人生でありながら、一方には、これを妙味津々(しんしん)として見る人もあるかと思えば、他方には、これを苦しみの連続と見る人もあるのは何故でしょうか。

これはまあ色々と考え方もありましょうが、一面から言いますと、この人生が苦の世界と見えるのは、結局のところは、まだ自分の「我」に引っ掛っているからでしょう。
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2016年09月19日

生きる知恵

現代人の不幸は、有り余る幸せを与えられているにもかかわらず、満足をしていないことです。

逆に、取るに足らない小さな苦労を自分自身で勝手に大きくしていることです。

幸せに生きるためには、大きな不幸や災難を小さく受け止め、小さな喜びを大きく膨らますことです。

かつての日本人は、無意識のうちにそういう知恵を身につけていたように思います。

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2016年09月18日

安んじてこの世を去る

この世にある間は、自分の全力を挙げてこの世の勤めを尽くすこと。

これがやがて、安んじてこの世を去る唯一の秘訣でありましょう。

いざという時に心残りのない道、これこそ真に安んじて死に得る唯一の道です。
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2016年09月17日

常住捨て身の生活を・・・(悔いなく逝くために)

人は生前、自分の全力を出し切って生きていれば、死に臨んでも「まあ、あれだけやったんだから、まずこの辺で満足するほかないな」という心になるものです。

だから、「どんなに努力したって、この世に心残りがないというわけにはいかないだろう」と思っている人があるかも知れませんが、実際、真にこのわが身、わが心の一切を捧げ切る常住捨て身の生活、命がけの生活をしていれば、悔いなく死を迎えられ、この世に心残りはなくなるものです。
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2016年09月16日

一人で行動するクセをつけよう

定年後にしたいことをして、わがままに生きようと思うなら、定年前からそのための下地をつくっておかなければなりません。

その一番の方法は、ひとりで行動するクセをつけることです。

夕食の買い物をはじめ、ウインドウショッピングなど女性は普段からひとりで出かける機会が多いものです。ところが、サラリーマンの多くは、仕事以外ではあまり単独行動をしません。休日のゴルフも旅行も仕事仲間と一緒で、ひとりだと家でゴロゴロという人がほとんどです。

これでは定年後にしたいことも見つからないし、わがままに生きるなんてできるわけがありません。

普段からひとりで映画を見に行ったり、音楽を聴きに行ったり、ひとりで気ままに行動するクセをつけておくことです。

そうすると、必ず新しい発見や出会いがあり、好奇心や興味がふくれ退屈することはありません。
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2016年09月15日

健康のためだけに生きるな

健康長寿都市として有名な長野県の佐久市が、平成七年に日本一の長寿の町になったときに、市の関係者は驚いたそうです。というのも、佐久市は、長寿で有名な沖縄のように冬でも温暖というわけでなく、タンパク質が豊富な豚肉をよく食べるわけでもありません。むしろ、冬は寒いし、塩分の多い漬物をよく食べる。

これでも長寿の人が多いのだから、食べ物だけが健康の秘訣ではないのでしょう。

「一、安気 二、食養」といって、健康を保つにはまず心の安静が第一なのです。

いくら健康にいいからといって嫌いなものを無理して口にするのと、好きなものをおいしく食べるのと、どちらが心の安静になるでしょうか。

健康に生きることは大切ですが、健康のために生きるのはおやめなさい。
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2016年09月14日

今ある現実を肯定する

再就職先がなかなか決まらない人を、その世界の用語で「困難者」というそうです。

そんな困難者には共通点があるそうです。ひとことでいえば、不平不満が多すぎるそうです。

せっかく求人先があらわれても、やれ「通勤に時間がかかる」とか、やれ「平社員ではかっこ悪いから役職がほしい」とか、文句を言っているうちに話は流れてしまいます。

だいたい中高年の再就職は、給料は半分というのが常識で、求人先があるだけ幸せと思わなければなりません。まして、前職がいくら部長だ課長だといっても、再就職先には通用しません。

いつどんなときでも不満を見つけて文句をいう人は、決して幸せにはなれません。

人間、不平不満はいいだしたらきりがありません。今ある現実を肯定し、現状の生活に満足を見い出すことが肝心です。
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2016年09月13日

ないものは知恵で補う

足腰の衰えという老化を、すぐさま目の前に立ちはだかる巨大な壁のようにとらえてしまえば、その先には一歩も進めなくなります。

ほんの少し視野を広げてみれば、その壁が思っていたほど高くはないことも、壁の周囲には何本の脇道が通っていることも見えてきます。もっと頭をやわらかくして受けとめてみましょう。

老人は身体の機能は衰えてきますが、知恵は若いときよりも豊かです。知恵はしまっておかずに大いに使うべきです。

老化という重荷を負って岐路に立つたびに、いくつもの選択肢がぱっと頭に浮かんで来るようでありたいものです。
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2016年09月12日

現代医学の限界

医学の力を借りて病気が治ったように見えても、それはたいてい一時的なもので、もとの健康な状態にまで回復できるケースはそう多くはありません。

医学ができることといえば、せいぜい痛みを止めたり、吐き気を抑えたり、一時的に熱を下げたりといった程度のことです。

それはつまり、いまあらわれている症状を緩和したり、悪化のスピードを遅らせたり、少しでも長く命を引き延ばしたりといった対症療法にすぎません。

現代の日本人の大半が、癌や心臓病、脳卒中といった生活習慣病で亡くなっていますが、この長年かけて自分が作り出してしまった病気を根本から治す医学は、残念ながらまだどこにもありません。

長生きをしようと思う人は、若いうちから自身の健康管理に十分注意を払うことです。
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2016年09月11日

サプリメントで加齢をストップ・・・?

加齢を止めることはできませんが、それを弱めることであれば、いくらでも可能です。

加齢を促す物質「活性酸素」を除去する物質が「抗酸化物」と呼ばれ、ビタミンやミネラルとして知られています。

ビタミンやミネラルは、野菜や果物など、私たちが通常食べている食材の中に含まれるものです。だから特定の商品を食べなくても、バランスの良い食生活を送っていれば、ある程度の量はちゃんと摂ることができます。ただ、どうしても現在の野菜や果物は、ビタミンやミネラルの含有量に不安があることも事実です。

とすれば、「足りない量はサプリメントなどできちんと補う」という習慣も、私たちには必要なのかもしれません。

とくに「ビタミンE]「ビタミンC」「コエンザイムQ10」などの栄養素が、抗酸化効果には優れているとされています。また「マルチビタミン・ミネラル」という形で、多くの栄養素を一括して摂取することもできます。

これらは基本的には医薬品ではないので、副作用の心配はないようですが、生活習慣病やあるいはアレルギーなどを抱えている人は、医師と相談のうえで摂取する注意も必要です。
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2016年09月10日

あなたは充分成功しています

一生の間に、ともかくも雨露をしのぐ家に住め、毎日食べるものがあった、という生活が出来たのなら、その人の人生は基本的に「成功」だったのです。

もしその家が清潔で、トイレや風呂があり、一応、健康を害するほどの暑さや寒さからも守られており、毎日乾いた布団に寝られて、ボロでもない衣服を身につけて暮らすことができ、毎日、おいしいと思う栄養バランスのとれた食事を食べ、戦乱に巻き込まれず、病気の時には医療を受けられるような生活ができたなら、その人の人生は地球レベルでも、「かなり幸運」だったのです。

もしその人が、自分の好きな勉強をし、社会の一部に組み込まれて働き、愛も知り、人生の一部を選ぶことができ、自由に旅行し、好きな読書をし、趣味に生きる面も許され、家族や友達から信頼や尊敬や好意を受けたなら、もうそれだけで、その人の人生は文句なく「大成功」だったのです。

こういう計算のできない年寄りは、何のために年をとってきたのだと言われても仕方ありません。

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