2016年11月10日

病気が治る秘訣

病気にとらわれている限り病気は治りません。実は病気は忘れたときに治るんです。

忘れるコツは2つあります。一つ目は、病気になってよかったことはないか考えてみること。

もし、そこに気付けたら、とらわれから解放されます。

もうひとつは、もう治るのはあきらめること。あきらめて、治ったらこれをしたいと思っていたものを今からやってみるんです。

そしてそれに打ち込んでいると、いつしか病気のことは忘れています。すると治ってたりするんです。

結局、一番作用が強いのはその人の思い、意識です。

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2016年11月09日

今日一日を精一杯生きる

一瞬が連なって一日となり、一年となり、一生となります。きのうと同じように過ごした今日であっても、きのうはきのうの一度きり、今日も一度きりの今日なのです。これほどかけがえのない今日を、失敗を恐れて無為にすごすのは、あまりにもったいないことではありませんか。

定年が間近、あるいは子育ても一段落というのなら、見知らぬ世界に飛び込むには、まさに好機です。

この先の時間は自分のためにたっぷりと使えます。五年後、十年後に思わぬ才能がひとつと言わず花開くかもしれません。

そんな期待に心踊らせながら、今日一日を精一杯生きようではありませんか。
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2016年11月08日

いのちを大切に

水も、空気も、栄養も、私たちは自らつくることはできません。すべてもらっているのです。

天の恵みというものを受けて、私たちのいのちがあります。

いのちあるものとして生まれ、こうして生きていることへの感謝を、私たちはそれぞれの生き方のなかに態度や行動であらわしていかなければなりません。

「いただきます」と食事の前に手を合わせることや、「おかげさまで」と互いを気づかう言葉のなかにも、じつはその感謝が込められています。

そうして、もらったいのちを粗末に扱わないことも大事なことです。自分のいのちだからどう扱ってもいいわけでは決してありません。自殺をしてはいけないということもわかるでしょう。

頭もからだもよく鍛えて、元気でいるということがどんなに大事なことかわかるでしょう。

さて、もらったいのちなのですから、いずれお返しするのです。それまでのあいだ、つまり生きているあいだ、このいのちを大切にし、どう使うかが一人ひとりの課題です。

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2016年11月07日

墓のことなど心配しない

子供に老後を見てもらう予定は立てないこと。子供は老後保険ではありません。

子供を当てにするのは功利的な親と言われても仕方ありません。

墓のことなど心配しないこと。墓は残された者の配慮すべきことで、死んで行く者の口に出すことではありません。

死後のことを心配することは、生きている人への圧迫になります。

死のたった一つのよさは、もはや何事も感じなくなることで、自分の骨がどこにどうなっていようと、もはや何の痛痒も感じないということでありましょう。

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2016年11月06日

相手の欠点を責めない

誰でも、弱いところと強いところがあります。ところが、人の欠点を責めはじめると、自分の弱いところを隠そうとします。

自分が人の弱点を責める性格だから、「自分も誰かに責められるんじゃないか」と心配になります。

相手の欠点を責めなければいいんです。お互いが弱い部分を欠点と見るんじゃなくて、「自分があの人の役に立てる部分はここなんだ」というとらえ方をしていけばいいんです。

どんなに時代が進んでも、できないことはできない。だから、自分ができないことはやらない。

それが得意な人がやればいいんです。人間っていうのは、自分の不得手なことをやってうまくいくことはありません。苦手なんだから。苦手なことをやってもうまくはいきません。だから、自分ができることを考えればいいんです。

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2016年11月05日

社会へのお返し

定年後、またはそれ以前からでもボランティアなどで他人のために役に立てたということは、つまり自分という存在が生かされたということです。

生きている実感をこれほど強く感じられる瞬間はありません。

人生の後半は、自分が獲得した知恵や経験、また自分に与えられたセンスや体力を、今度は社会にお返ししていく段階です。

その自分を生かす場は、自分で探し求めるのです。

人生のぎりぎりまで考え、感じ、働ける人間でありたいものです。そのための努力を惜しまず、ときに耐えて、授かった知恵を若い人たちに与え、伝えていきたいものです。

それが生きがいとなり、私という存在に意味を与えてくれるのです。

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2016年11月04日

身の程を知ることが幸せへの道

病や事故、災難に見舞われても、あるいは人と比べ能力や財力が劣っていても、自分に与えられた現実を受け入れることができたなら、それはなかば希望を手に入れたようなものです。

身のほどを知ることは、希望を手にする第一歩です。

私たちは、願望(欲望)のなかに生きるのではなく、希望のなかに生きたいものです。なぜなら、幸福はそこにあるからです。
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2016年11月03日

心が満たされていれば

人生はなるようにしかなりません。流れてしまった後に、どのような心構えでいるかが重要です。

「こんなはずじゃなかった」と思えば、恨みつらみでにっちもさっちもいかなくなります。

「自分で選んで流れてきたんだから、仕方がない。ここで頑張ってみようか」と思えば、心はプラスの気で満たされます。ちょっとした発想の転換、考え方の違いです。

とにもかくにも、五体満足でここまで来られたし、仕事も続けられているのだから、それで万々歳。

いろいろと病気もしたし、悲しい別れもあったし、お金の苦労もしてきたけれど、みんな勉強。

「あれもこれもありがたい。感謝、感謝」と思っていれば、気持ちは安定します。

仮にいくらお金があっても、「これで万々歳」と思わなければ、気持ちはいつまでも不平不満で満たされません。そして「もっと、もっと」と欲をだし、いつか落ちていきます。

幸せ、不幸せは、その人の心映え、心象風景が示すものなのです。心が満たされて、美しければ、「本当に幸せだ」と感じることができるようになるのです。
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2016年11月02日

人生はなるようになる

「ケ・セラ・セラなるようになるわ、先のことなどわからない」という歌詞の歌を、昔ペギー葉山さんが歌っていました。ピンチや逆境のとき心を癒してくれました。

いつの時代も世の中は目まぐるしく変わり、誰も先のことは、はっきりわかりません。

どうせ先のことがわからないなら、なんとかなると前向きに考えたほうがいいでしょう。

へこたれなければ人生はなんとかなります。「明日は明日の風が吹く」明日になれば状況は好転するかもしれません。

今までなんとかやってきたんだから、これからもきっとなんとかなるでしょう。
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2016年11月01日

人生とは習慣である

人生は、ひと言で言えば習慣です。アリストテレスは、「習慣とは繰り返された運動」であり、習慣が人間の性格や品性をつくると言っています。

習慣に早くから配慮した人は、おそらく人生の実りも大きく、習慣をあなどった人の人生はむなしいものに終わってしまいます。習慣は日々の積み重ねですから、それが習い性になってしまえば、その後はつらいとも面倒だとも感じなくなります。よい習慣をからだに覚え込ませればいいのです。

鳥は生まれついた飛び方を変えることはできません。動物は這い方、走り方を変えることはできません。

けれど人間は生き方を変えることが出来ます。それは、人間だけがいのちに終末があることを初めから知っているからです。限りあるいのちをどう生きようか、と生き方を考えることができるのは、人間にだけ許された特権なのです。

年と共に肉体は衰えても、心は常に生きる意味を探求しながら前進できることは、なんと有難いことでしょうか。
posted by 田村 季山 at 03:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする