2018年06月29日

本当の悟りとは・・・

悟った状態というのは、すべてのことに感謝できるということでしょうね。

そして、いつもいつも「今」を懸命に生ききることでしょうね。

過去や未来に意識を飛ばさないことです。
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2018年06月28日

不動心を得る・・・

運命、環境が悪くても、それは今の自分が悪いからではありません。また運命が素晴らしくよくても、それは今の自分が善いから、偉いからというわけではありません。

それはすべて過去からの想念行為の蓄積が、現われて消えてゆく姿なのです。

ですから運命や環境が悪いから、といって今の自分を嘆き悲しみ、責め卑下することはありません。また運命、環境がよいからといって、感謝こそすれ、自惚れたり威張ったりしてはいけません。

それもみな消えてゆく姿なのです。

現われてくるものはすべて消えてゆく。

このことがはっきり理解できると、生き死にの恐怖、不安に捉われなくなり、何事が起こっても動揺しない不動心を得ることができるのです。
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2018年06月27日

神様(宇宙)を信じる

まわりの者が病気になったり、苦しがったりしている時、「これは大変だ、是非治さなきゃ」と、力んではいけません。

神様(宇宙)が生かすものは生かすのだし、往生さすものは往生させるのだ。

神様は愛なんだからその人に悪いようにするはずがない、と深く深く信じることです。
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2018年06月26日

おおらかな温かい人になりましょう

何があっても驚かない人間、

何があっても憎しみの出ない人間、

何があっても常に愛情深い人間、

大らかな、ゆったりした暖かい人間になりましょう。

そうすると、自分自身が生きやすくなります。
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2018年06月25日

当たり前の言葉でほめることの大切さ

熟年離婚されたある奥様に、理由を伺うと、「ご主人が何も言ってくれないこと」でした。「私は[キレイだよ]とか[愛してるよ]と言って欲しかった訳ではないんです。人間として当たり前の言葉を言って欲しかっただけです。

たとえば風邪をひいたときに[大丈夫か]とか、ご飯がおいしかったら[おいしかったよ]とか[ありがとう]とか、そんな当たり前の言葉でもいいから言って欲しかったのに、主人は何も言ってくれませんでした」それを聞いたご主人は「もう何十年も一緒にいて何を言ってるんだ。俺がお前の料理を食うのはうまいから食っとるんじゃ。それがわからんのか」と言ったそうです。奥様は「言ってもらわなければわかりません」と答えて、結局、離婚を決意されたそうです。

皆さんも心当たりはありませんか、気をつけてください。「風呂・めし・寝る」しか言わない三言亭主(みことていしゅ)じゃ熟年離婚につながります。

当たり前の言葉を口に出して褒めること、感謝することがいかに大切か、気づいていない男性があまりにも多すぎます。
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2018年06月24日

悪いことにとらわれないこと

人間は本来、神の分霊(わけみたま)であって、業生(ごうしょう)ではありません。つまり、人間も神と呼ばれる意識を持った原子・分子でできていて、神と呼ばれる高級な意識体と質は同じでレベルに差があるだけです。

世の中のすべての苦悩は、人間の過去世から現在に至る誤った想念、行いが原因となってその結果がその運命に現われて消化されていく時に起こる姿であるといわれます。

どんな苦悩であっても現われれば必ず消えていくもの、つまり業(カルマ)が消化されているということ、・・・であるから、消え去るものであるという強い信念と、今からよくなるのであるという想いを起こし、どんな苦難、困難の中にあっても、自分を赦(ゆる)し人を赦し、自分を愛し人を愛す、愛と真(まこと)と赦しの言行をし続けていくと共に、すべてのこと、モノ、人に常に感謝し、日々、人々の平安を祈り続けてゆけば、心穏かに毎日を過ごせます。

今ある苦悩に捉われているとその想いがまた悪想念となって未来に悪影響を与えていくので、絶対に今起こっている困難や苦悩をつかんでいてはいけません。
これらは消えてゆく姿であると捉え、これから善行、善念だけを抱いていればいいのです。
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2018年06月23日

有っても無くても有難い・・・

物が増えたり、お金が儲かったり、地位が上がったりすることだけに幸福を感じ、喜びを感じ、感謝の心をおこしたりしていると、物やお金が減り、地位が下がったりすると、不満の思い、不足の思い、恨みの思い等が起こってきて不幸感に陥ります。

常に、そうした事物の変化や環境の変化だけに心をとらわれず、生命の輝き、生きていること、生命を生かし切って生きていることに重点を置いている人は、事物の変化や、環境の変化だけで、不幸感を味わうことはなくなってくるのです。

生きても死んでも有り難い。有っても無くても有り難い、ただ神仏のみ心のままに生きてゆき、生かされていく。こういう心境になれば素晴らしいですね。
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2018年06月22日

物に感謝する・・・

必要なものが必要な時に入ってくる、平均したお金や物の入り方が一番いいんです。

あんまりだぶついたら困ります。

モノを頂いたり、多くを持ったりした時は、まわりに配る。自分だけ貯めておいたらそれは大変です。物に殺されちゃう。

頂くものは有難く、その物をうまく使い、生かします。

要するに感謝です。

たとえば自分がやっと食べられても、食べられない人より有り難い、人よりちょっと余っていたら、ああ人より余って有り難い、なんでも物を大事にして、物に感謝すること、これが一番大事です。
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2018年06月21日

どんどん良くなっている・・・

いかなる事態が起こっても、病気が来ようと、災難が来ようと、どんなことが起ころうと、心を動揺させないことです。

ああ私は「大いなるもの」に守られているのだから、この状況は一番いい立場で現われているんだな、というふうに観念できるようになることが人生を不動心で生き切る極意なんです。

悪いことは業(カルマ)の解消になっていて消えていくものです。

実際、長期的に広い目で眺めると起こってくることはいつも必要、必然、ベストなのです。

悪いことにいつまでも捉われないで業が消えて、どんどん良くなっていくことを喜びましょう。
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2018年06月20日

天に導かれて・・・本当は常に最善に導かれている

私たちは「大いなる存在」に見守られ、導かれているのです。

たとえ壁に突き当たったり、失敗したりしたとしても、実はそれすらも天の導きであって、私たちに大きく目覚めさせ、ワンランク上の人生に導いていこうとされているのです。

一見不利に思われることも、自分の取り組み方次第で益となって働くものです。

だから憂えることはありません。

どんな状況におかれようと、それを感謝して受け止め、最善の努力をすれば道は必ず開けていくものです。
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2018年06月19日

不条理を認め乗り越えて行く

この世は、自分たちが思っている、ある種の「正義」なり「道義」なりの通りにできているのではありません。

自分が、ある「正義」や「道義」をもっているのは自由ですが、必ずしも、自分以外の人たちも同じ考えを持っているとは限りません。

では、そのような「理不尽」なことをしている人を見かけたときに何も糾弾しなくていいのか、ということになりますが、実は「人を裁かない」「人を糾弾しない」ということは、とても重要なことなのです。

では何もしないのか、という話になりますが、何もしないのではなく、「ああいうことは、自分はしない」と決意することが、最も重要なことなのです。

自分が「道義」として許せないものは、それに反する人を糾弾するのではなく、「自分は絶対にしないようにしよう」と決意することです。

自分たちの「正義」を押し付けたり、それに反する人を糾弾することから、いつも争いや戦争を引き起こしてきたのですから。

「自分は絶対にしないようにしよう」と決意すること、それが遠回りのようでも、結局は温かで穏かな社会をつくっていくための近道なのです。
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2018年06月18日

親に自らを厄介者だと思わせてはならない・・・

子供としては、どんな親であれ、やはり最期の瞬間まで、親が生きていてよかったという喜び、生き甲斐を持つことができるように仕向けるのが、子供としての務めではないでしょうか。

親に、自分は子供にとって厄介者だ、生きていて申し訳ない、という心を抱かせるそのこと自体が誤りです。

そういったことをいっさい感じさせないで老後を送らせることが、子供の責任ではないでしょうか。
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2018年06月17日

肉体を大切に扱いましょう

私たちは自分の肉体を大切に取り扱わなければいけません。

その人がどういう人か、肉体を眺めれば、大体の判断はつくのではないでしょうか。

中に入っている魂とか性格を考えなくとも、その人の体つきを眺めただけで、この人は大らかな人だとか、この人はだらしない人だとか、この人は真面目な人だとか、嫉妬深い人だとか、機敏な人だとか、緊張感の強い人だとか・・・、おおよその見当はつくものです。

常に髪をボサボサにして手入れをしないで、汚れたままのだらしない人を見ると、その人の生き方は大体その外見に現われているような生き方をしてきたに違いないと想像がつくものです。

私たちは、精神の手入れと共に肉体の手入れもしなければなりません。肉体も大事にしなければならないのです。

肉体は軽蔑すべきものではなく、自分自身の肉体を尊敬し大切にし、自分の精神を表現する器として扱わなければなりません。

心さえ良ければ、魂さえ磨けば、肉体はどうあっても構わないというのは間違いです。

肉体の状態をみれば、その人の心がけがわかります。

肉体というものはその人の生きる姿勢、精神の現われの一種の姿なのです。

だから肉体の状態を一見して、ああこの人はこういう程度の人だ、こういう生き方をした人だと見当がおおよそつくわけです。
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2018年06月16日

全ての原因は自分にある・・・

人間は真実を知らなければなりません。

自分の上に起こってくる悲しみや苦しみや痛み、病、不幸のすべての原因は、他人にあるのではなく、すべて自分自身にあるのだということを。

すべての原因は自分にある、自分こそがすべての原因であると、この真理をはっきりと認識しなければなりません。

自分の夫や、妻や、子供や、姑や、自分を取り巻く友人知人との間が調和せず、いつも怒りや不平不満や嫉妬に充ち溢れているとしたならば、その原因はあなた自身にあります。

あなたの心がいつも不平不満のみで感謝の心を忘れたり、他の人の幸せを羨み、他の人が自分のためにこうあって欲しいと望むからです。

けれどもどんな状況であれ、自分自身がその苦しい悲しい不調和、不幸、病を引き付けているのだということに気づかなければなりません。

不幸も不幸自体があなたの上に飛び込んでくるのではありません。苦しみ自体があなたに向かって飛び込んでくるのではありません。

あなた自身の心がその不幸や不調和や不健康を引き付けているのです。
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2018年06月15日

すべてのものに感謝できる心

人間はあらゆるものの犠牲の上に成り立っています。

しかしそれも、ああこの魚によって私は生かされている、「ありがとうございます」。この肉によって生かされている、「ありがとうございます」。この野菜によって生かされている、「ありがとうございます」。ああ天地の恩恵が有難いなと、そういうように有難うございますって感謝して食べれば生きてきます。

ところがなんだこんなのまずい、なんでぇ、なんていいながら食べています。

ちっとも感謝しないで食べていれば、これは殺していることになるんです。悪いことしてることになります。

あらゆることに感謝して生きられて、しかも日常茶飯イイコトをしていれば本当に悪いことしていない。そういう人は滅多にいませんが、そういうふうにすべてのものに感謝できる心を持って生きていきたいですね。
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2018年06月14日

子供はいつか・・・


一生の間には、子供と別れることもありますし、子供が先に死ぬこともあります。

いろいろのことが人生には起きてくるでしょう。

しかし、世の中は、そんなものなのです。

自分の子供が生まれたら、「一生、一緒に住めたらいいなあ」と誰もが思いますが、いつか必ず子供は「反乱」を起こして独立していきます。

しかし、「それでいいのだ」と思わなければなりません。

「子供は親に反乱を起こして独立するものなのだ。それを親が押さえ込もうとするのは、やはり間違っているのだ。世の中は、そういうものなのだ。

これが真理であり、前提なのだ」そう思って、不必要に苦しんだり悲しんだりしないことです。

人間関係においては、愛というものを梃子(てこ)として、苦しみや悲しみを増大させないことが大事なのです。

まぁ、しかし、これも一つの思い込みで、人生何があるかわかりません。

子供も自分の体もすべて借り物と考え大切にしてゆくことが肝心です。
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2018年06月13日

泥水が汚いほど蓮の花は美しく咲く・・・

私たちはいろいろな悲しみ・つらさ・大変なことなどを経ない限り、美しい悟りの花を咲かせることはできないのかもしれません。

逆に花を咲かせるために、そういうものが必要であるということがわかれば、そういうものが来たときに、「ああ、私は美しい花を咲かせることが出来る」と思えるのではないでしょうか。

つまり、それを辛いこと・不幸なこと・悲劇的なこと、というふうにとらえるのではなく、「ああ、この結果として私は大きな悟りに、美しい世界に導かれていくのだな」と思うことができれば、そのときの辛さをまともに受けることなく未来を明るくとらえられ気持ちをいくぶん平静に保てるでしょう。

美しい蓮の花を咲かせるためにどうしても泥水が必要なように、私たちの人生にも泥水が必要なのかもしれません。

その泥水が濃ければ濃いほど、汚ければ汚いほど、美しく大きな花を咲かせることができます。そのことに気がつけば、一般に不幸や悲劇・悲しい出来事と言われていることが、実は自分自身にとって、とてもうれしく楽しく、幸せで素晴らしいこと、そして、ありがたいことだと思えるかもしれません。
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2018年06月12日

意識の密度が現象の密度・・・意識は具現化される

鏡を見るとき、自分の顔を見ながら、「ここもシワが寄っている、ここも老化している」と、老化しているところばかりを見い出していると、そこに意識が集まるので、老化という意識が現実を引き寄せ、結果として老化の進行度合いが早まります。

「ここも若々しい、あそこも若々しい」と言っていると、若々しいところに意識が集まり、そういう現象を引き寄せ、本当に体全体が若々しくなっていきます。

意識の密度が現象の密度です。
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2018年06月11日

親のエゴで子供に重荷を負わせないこと

「世間では、オトナのいいなりになる子や、オトナの考え方の枠から飛躍しようとしない子がいい子であり、自分の意志を堂々と主張したり、個性的な考え方や行動をする子を悪い子というレッテルを貼りがちである。けれども逆だ」本田宗一郎氏はこう言っています。

世間で悪い子と言われるような子どもこそ、個性にあふれ、可能性に満ちた本当の意味での「いい子」だというのです。

とすれば、親の言いつけをよく守り一生懸命に勉強するからと喜んでいる親は、実は「悪い子」を育てているのかもしれません。それだけでなく「いい子」になるはずの子を「悪い子」として扱い、その成長の芽を摘んでいるのです。こんな教育をしていれば、今日のように、子どもがどんどん劣化していくのは当たり前です。

子どもの幸せを願わない親はいません。だったら、もう少し子ども自身の立場で考えてあげたらどうでしょうか。変化の激しい時代は価値観が急速に変わっていきます。自分の時代に通用しても、次の世代には通用しないこともあります。

親が自分の考えを述べるのはかまいません。「こうあって欲しい」と親の願望を伝えるのもいいでしょう。しかし、決して無理強いしてはいけません。それは、子どもに価値のない重荷を背負わせるようなものだからです。
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2018年06月10日

自己向上を怠らないこと・・・悪い面に意識を向けない

孫ができて、ひ孫でも出来ると、すっかりおじいさん、おばあさんになってしまって、何の意欲もなくなり、「ただもう、お寺参りでもするのが楽しみで・・・」とかいう。

何を言ってるんでしょう。いくつになっても、いかなる場合も、自己向上を怠らないようにすること、これが自分の生命の本来の理想的な生き方なのです。

そういう気持ちを持っていると、いつまで年老いても、極めて壮健で元気よく、人並み以上の若さと溌剌さに満たされ、その生命というものは、活躍してくれるのです。

どんなに齢をとろうと、私たちは進化向上の自然法則の中で生きています。特に、現在、病気のある人、あるいは運命のよくない人も、決して、その病気や、運命に、心をこだわらせないことです。
posted by 田村 季山 at 03:37| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする