2018年07月31日

自己暗示は大切です

自然治癒力というものは、みな、自分の気持ちによって、あるいはその力が強くなったり、まったくなくなったりします。

自分の気持ちというものは、自分の心にかける暗示のことで、この病気は治る、と思えば自然治癒力が強く働くし、この病気はとても治らない、と思えばその力は弱くなるか、全く失くなるかするものです。

自分の心にかける暗示。これくらい強く、また他愛もなく、困ったものはありません。
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2018年07月30日

誰の人生にも意味はある・・・

生きることに内容、つまり理由がある人は、ほとんどどのような状態にも耐えることができます。

言い換えると、生きることに意味・目標を堅持している人、つまり生き甲斐の揺るぎない理由を持っている人は、いかなる苦難の生活状況にも耐えることができる、ということです。

どんな人生にも必ず意味があります。意味への意志をもちましょう。

避けられず逃げられない事態に直面しても、その事態に対する態度のとり方によって、人生を意味に満ち、価値に輝くものとすることができるでしょう。
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2018年07月29日

クロクヨしないこと

行かれなかったら行かなかったほうがいいんだし、人に会えなかったら、会えなかったほうがいいんです。ありとあらゆることが、みんなそれでいいんだ、ということになるとそれは悟りでしょうね。

一生懸命自分のできることをする。

起こってきたことは病気でも事故でも悪いことでも善いことでも、死さえ素直に受け入れる。

すべて自分に起こることは、自分の運命に一番ふさわしい善いことが起こっているんだ、と受け止め不必要な心配はしない。クヨクヨしないことです。
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2018年07月28日

生死にとらわれない不動心を得る


運命や環境が悪いから、といって今の自分を嘆き悲しみ、責め卑下することはありません。また運命環境がよいからといって、感謝こそすれ、自惚れたり威張ったりしてはいけません。それら悪く思えることも善く思えることもどちらも消えてゆく姿なのです。

私たちは一つの個性を持った神と同じ永遠の生命なのです。現われてくるものはすべて消えてゆく姿です。
この信仰に徹すると、生き死にの恐怖不安にとらわれなくなり、永遠に生き続ける生命がある、という不動心を得ることができます。
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生死にとらわれない不動心を得る


運命や環境が悪いから、といって今の自分を嘆き悲しみ、責め卑下することはありません。また運命環境がよいからといって、感謝こそすれ、自惚れたり威張ったりしてはいけません。それら悪く思えることも善く思えることもどちらも消えてゆく姿なのです。

私たちは一つの個性を持った神と同じ永遠の生命なのです。現われてくるものはすべて消えてゆく姿です。
この信仰に徹すると、生き死にの恐怖不安にとらわれなくなり、永遠に生き続ける生命がある、という不動心を得ることができます。
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2018年07月27日

「もう十分」と感謝して生きる・・・

感謝の気持ちを忘れた時、その人は手に入れたすべてのものを失います。

「もっと、もっと」と求めた時に、すべてのものを失うのです。

「もう十分」と感謝する人は、ますます幸せが訪れます。

足るを知る者は幸せでいられます。
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「もう十分」と感謝して生きる・・・

感謝の気持ちを忘れた時、その人は手に入れたすべてのものを失います。

「もっと、もっと」と求めた時に、すべてのものを失うのです。

「もう十分」と感謝する人は、ますます幸せが訪れます。

足るを知る者は幸せでいられます。
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2018年07月26日

己に足ることを知る・・・

私たちは自分の心を早く取り戻し物質経済から解放されることが必要です。

己に足ることを知れば、自ら心は広くこだわりがなくなり、あらゆる面に恵まれた環境が完成されていきます。

足ることを知らない人間は、ただ日夜あくせくと物にとらわれ、心の休まる時がありません。

やがて身体も不調和になり、周囲の人々とも調和されることなく淋しい人生を送ることになります

末はその人の心の状態に相応した、同様の苦しみが、またあの世で待っていることになります。
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2018年07月25日

愉快にしている事は義務である・・・

年をとったら、なおいっそう、愉快でいることを義務と思いましょう。

快、不快の気持ちは周りに必ず伝染します

明るい心のものは繁栄を引き寄せます。

愉快な心を持つことは何をしなくともそれだけで大変良いことをしていることになります。

自分が楽しい顔をしていれば、自分の周囲の人がその顔を見るだけでも楽しくなります。
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愉快にしている事は義務である・・・

年をとったら、なおいっそう、愉快でいることを義務と思いましょう。

快、不快の気持ちは周りに必ず伝染します

明るい心のものは繁栄を引き寄せます。

愉快な心を持つことは何をしなくともそれだけで大変良いことをしていることになります。

自分が楽しい顔をしていれば、自分の周囲の人がその顔を見るだけでも楽しくなります。
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2018年07月24日

心まで悩やませない・・・

おおよそ自身に降りかかってくる事柄は、病気であろうが、事故であろうが、すべてのことは、天の計らいとして謹んでこれをお受けする。

そうすることが、私たちにとって最善の人生態度です。

なぜ自分だけ、どうして自分がと悩んだり、他に責任を転嫁しないこと。

今の状況を受け入れる、そのことでことさら悩むことはしないこと。

自分に解決できないことは自分には起こらないようになっています。

淡々と今ある状態を受け入れて出来ることをしてゆくだけです。

すべて起こってくることは必然で、必要なのです。

いつも自分に最善のことが起こっていると受け止めて、心を動かされないで、不平不満、愚痴、文句、泣き言は言わず、穏かにしていましょう。

それが大人というものです。
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心まで悩やませない・・・

おおよそ自身に降りかかってくる事柄は、病気であろうが、事故であろうが、すべてのことは、天の計らいとして謹んでこれをお受けする。

そうすることが、私たちにとって最善の人生態度です。

なぜ自分だけ、どうして自分がと悩んだり、他に責任を転嫁しないこと。

今の状況を受け入れる、そのことでことさら悩むことはしないこと。

自分に解決できないことは自分には起こらないようになっています。

淡々と今ある状態を受け入れて出来ることをしてゆくだけです。

すべて起こってくることは必然で、必要なのです。

いつも自分に最善のことが起こっていると受け止めて、心を動かされないで、不平不満、愚痴、文句、泣き言は言わず、穏かにしていましょう。

それが大人というものです。
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2018年07月23日

善いことが出来るしあわせ・・・

大きな欲望を持つと心が荒(すさ)みます。

自分を自分のためだけに使うと心身を消耗します。

自分を人のために使うと心に余裕がでてきます。

人に何かよいことをしてあげるとき、そのことが出来ること自体が大きな報酬なのです。
posted by 田村 季山 at 03:27| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月22日

何でも「思い通りにしよう」というのをやめてみる・・・

「思い通りにしよう」とするのをやめ「受け入れる」

自分の論評、評価、思いが、結局全部自分の苦悩や煩悩につながっています。

「思い通りにしよう」とするのをやめ「受け入れる」

受け入れた瞬間から悩み、苦しみはなくなってしまうのです。

そうすると毎日が平安に穏かになり、何の憂いもなく生涯幸せになります。
posted by 田村 季山 at 03:24| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月21日

心に苦悩を作らないように人の話を聞く・・・

自己中心の心を改め、他人があって自分があり、大自然の中で互いに生かされ、生きているように、相互の調和が大切です。

そのためには、他人の言葉を正しく聞き、いやしくも、自己の感情でそれを受け取り、曲解してはならないということです。

また、どんなことを言われても、怒りの心、そしりの心、恨みの心、愚痴の心、情欲の心、虚栄の心、増上慢の心など作らないことです。

作った時は、心の中に毒を飲んだことになり、また新たな苦悩の種を蒔いていることになります。
posted by 田村 季山 at 03:20| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月20日

良縁を結び、正しく聞き、正しく語ろう・・・

よい縁により、良い原因をつくり、良い果を得る道を実践することが安らぎの心を得る道だと言えるでしょう。

そのためには、苦しみの因を断ち、生死を超越することでしょう。

まず、相手の言われることを正しく聴くことです。

自己を中心としていては正しく聴くことができません。相手の言葉で怒りの心が生じたり、へつらい、うらみ、ねたみ、そしりの心が出たりすることは、自己中心の心で聴いているために起こるのであり、苦しみの原因となるでしょう。

次に、正しく語ることも大事です。

言葉によって他人を傷つけると、その傷ついた心が自分に返ってきます。また、自分の言葉によって誤解の原因をつくると、自分自身の心に苦しみをつくることになります。

言葉は正しく、相手の心に調和を与えるように心がけることが大事です。

心を外に向ければ欲望をつくり、苦しみの原因となり、心を内に向ければ正しくものが見られ、苦しみをつくりません。
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2018年07月19日

自己偏愛が愚痴を生む・・・

愚痴る心は、自らの想念行為を、横道に歩ませる原因を作ります。

相手の心と行いについて、理解を示し、寛容な心を持っていれば、愚痴る心も湧いてこないでしょう。

自己偏愛が愚痴になったり、怒りになったり、そしり、ねたみ、足ることを忘れる欲望の亡者になってゆくことを、悟らなければなりません。
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2018年07月17日

五感の欲望に振り回されないこと

人間の魂が肉体に宿ると五官に振り回されてきます。五官とは眼、耳、鼻、舌、身の五つです。

この五官に魂・意識が幻惑されるのです。美しいものを見ると欲しいと思う。気持ちの良い香りには心がひかれる。自分の都合のよい話には、つい乗ってしまう。舌ざわりのよい物は食べすぎてしまう。苦役より楽なほうに身を置きたい。肉体五官はこのように、人の心を動かして行きます。

五官が働かなければ肉体の維持は難しくなります。さりとて、五官に心を奪われると欲望がつのってきます。欲望の源は五官に振り回される心の動きにあったのです。

諸々の欲望、争い、不調和、悪の根源は、五官に心を奪われる六根という煩悩にあるのです。

さまざまな不幸は、肉体にまつわるこうした心の動き、業(ごう)の想念行為によって生み出されていくのです。

業は執着です。執着は五官から生まれる肉体的想念が、魂に根を張ることによって作り出されていくのです。

地位、名誉、金、情欲、その他さまざまな欲望が、人間の神性、仏性を侵して行きます。
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2018年07月16日

祈るよりも感謝の生活が大事です

神社仏閣に行って神仏に祈ることが信仰ではありません。

祈りの心を持ち続けることが本当の信心であり、神仏の心を己の心として生活する中に初めてこの心の尊厳を悟り、心の眼が開かれるのです。

神仏は、森羅万象を、人間修行の場として与えているのですから、祈るよりは感謝の生活を具現することが大切です。
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2018年07月15日

調和した人間関係を作り上げていくこと・・・

夫婦、親子、兄弟、友人などは、それぞれの因縁、あるいは約束のもとに、結ばれています。だから我欲にもとづいた自己主張をしないで、調和ということを目標に、感謝と報恩の毎日の生活を送ることが大切です。

なかには、自分は調和をはかりたいのだが、妻が、夫が、友人がなかなか言うことを聞かないという人もあり、別れたほうが良いと思う人もあるでしょう。

しかし、本来は、片方がゆずる心を持って態度を変えれば、相手も変わってくるものです。意思疎通がないというのも、何か原因があるからで、不調和な根を探し出して、良く反省することが大事でしょう。
しかし、それでも調和できない人もあるでしょう。相手の暴力や毒舌が、休まず攻撃してくることもあるでしょう。

だが私たちは、本来あるべき道から逸脱した相手の姿を感じたら、争ってはなりません。争わずに、「この哀れな者に、どうぞ神さま、安らぎをお与えください」と心から願うだけの余裕が欲しいものです。
posted by 田村 季山 at 03:27| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする