2018年09月30日

揺るがない心で生きていればいい・・・

人間、どういう立場に立とうと、その人の心が少しも動じなければ、不動の心であれば、どういう生き方をしようとどういう死に方をしようと、形の問題ではありません。

形の問題だけを捉えて、早死にしたからいけないとか、病気で死んだからいけないとか、いうけれど、形の問題ではなくて心の問題なのです。心が泰然自若としていれば、どんな生き方をしようと、どんな死に方をしようと、貧乏をしようと、それは問題ではありません。

ところで、今のところは、過去世の因縁が渦巻いて、今生の運命ができているのですから、過去世の因縁を離すことが大きな役目になります。過去世の因縁を消しながら、しかもこの世の中に光の足跡を残してゆく、そして、いい仕事をしてゆく。いい生き方を示してゆく、ということが大事です。

一生懸命生きて、満足していると、自然と道が開いていって、いい環境に移ってゆけます。
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2018年09月29日

いつもいつも機嫌よくしていましょう

自分自身が「機嫌よくいられるようにする」ことは、幸せな毎日を送るために、必要不可欠なことです。

人は機嫌がいいと、それだけで自分自身の感情や体調を守れることはもちろん、他者との関係やかかわる物事を、よい状態に保てるからです。

機嫌の良さは、最もシンプルで、最も効果のある「運気アップの鍵」です。なぜなら、物事は「機嫌がいい」というそれだけでうまくいくことが多いからです。

明るく心地良い状態にあると、エネルギーを乱すものが一切ないので、すべてがスイスイとうまくは運ぶのです。
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2018年09月28日

いつもいつも感謝を忘れないこと

私たち人間はすべて生かされて生きています。

誰が私たちに、炊き立てのご飯を食べられるようにしてくれたか。

誰が私たちに冷えたビールを飲める体制を作ってくれたか。

そして何よりも、誰が安らかな眠りや、週末の旅行などを可能にしてくれたのか。

私たちは誰もが、そのことに感謝を忘れないことです。
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2018年09月27日

「自分は変わらなければ」と思う気持ちが不幸の元(もと)

アメリカの哲学者、エリック・ホッファーは「幸福になろうと思うことが不幸の始まりだ」と言っています。
つまり、何かになろう、もっとよくなろう、人の上を行こうという気持ちを持つことが不幸になるきっかけを作るのです。

「ほうっておこう」という気持ちになってみませんか。そうすれば、急に楽になれます。

今のままの自分はダメだ、変わらなくてはいけないと思う気持ちが不幸を生み出しているのです。
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2018年09月26日

人間味を深く濃くする要素・・・

人は誰もが、自分の好みとは違う人たちの行動に巻き込まれ、それに関わらされることが、つまり生きるということなのでありました。良いことにも願わしくないことにも、双方に関わることが人間を作ってきました。よいことだけでは、恐らく人間の性格は複雑には形成されないでしょう。

もしこの世に悪の匂いがなかったら、どんなに世の中は浅薄なものになるでしょう。悪の概念こそ、人間に陰影を与え、人間に責任を取らせ、人間を解き放し、人間を共同の罪の意識で温かく結びつけるのです。
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2018年09月25日

いつも微笑みを忘れずに人に接すること

人とのつき合いの中で微笑がいかに大事か。同じことを言うのでも、苦い顔をして言うよりもニコニコしながら言う方が聞くほうも楽でしょう。

やっぱり人間同士は「和」が大事です。そのためには笑顔で人に接するとか相手の言葉をよく聴くことが大切です。いつもほほ笑みを忘れず、人と接していく、なんでもない小さなことですがとても、とても大事なことです。
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2018年09月24日

自分のための幸せなど大したものではない・・・

「私」と「公」なら、「公」が上であり、その逆はありません。「公」のために生きることは「私」の繁栄につながりますが、「私」のために生きることが「公」の繁栄につながるという考えは、本末転倒です。

「私」より先に、「公」を主体的に考えてこそ、「私」が活きるのです。「公」のために生きるのであれば、「私」は放っておいても栄えるのです。

自分のための幸せなど、大したものではありません。個人がいくら大きい幸せをつかんだところで、あるいは不幸を嘆いたところで、この無限なる大宇宙の空間的広がり、時間的な流れの中では、まったく問題にならないほど小さいものに過ぎません。

少しでも「公」のために生きることで、もっともっと有意義で、大きな幸せに近づくことができます。その幸せこそ、永遠に亡びぬホンモノの幸せなのです。
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2018年09月23日

自分のことは自分ですること

人間は、老年になったら、いかに自分のことを自分でできるか、ということに情熱を燃やさねばなりません。それは、その人のかつての社会的地位、資産のあるなし、最終学歴、子供の数などとは、まったく無関係の、基本的人間としての義務でしょう。

つまり泥棒をしないとか、立ち小便をしないとか、いうのと同じくらいの、社会に対する義務でしょう。
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2018年09月22日

健康を保つのに時間をかけ過ぎず片手間にやることが粋(いき)

年を取ると、健康を維持することに、たくさんの時間をとるようになります。朝から健康にいい、と言われていることしかしていない人までいます。

老人になると、いや老人でなく中年後期でも、健康保持を最大の仕事にしている人は昨今どこにでもいます。健康であるということは人に迷惑でないという点で素晴らしいものです。

しかし、できれば片手間でそれができたらもっと粋(いき)なのですが。
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2018年09月21日

試練は魂を磨く絶好の機会です

様々な苦楽を味わい、幸不幸の波に洗われながら、息絶えるその日まで、倦まず弛まず一生懸命に生きてゆく。その日々を磨き砂として、人間性を高め、精神を修養し、この世にやってきたときよりも少しでも高い次元の魂を持ってこの世を去っていく。

これが人間が生きる目的ではないでしょうか。

昨日よりましな今日、今日よりよき明日であろうと、日々誠実に努め続ける。その弛まぬ営みこそ私たちが生きる目的や価値が、確かに存在しているのではないでしょうか。

生きていくのに、苦しいことの方が多いかもしれません。しかし、そのように苦しい人生だからこそ、その苦は「魂」を磨くための試練だと考える必要があるのです。

人生における労苦とは、己の人間性を鍛えるための絶好のチャンスなのです。

試練を、そのように絶好の成長の機会としてとらえることができる人、さらには、人生とは心を高めるために与えられた期間であり、魂を磨くための修養の場であると考えられる人、そういう人こそが、限りある人生を、豊かで実り多いものとし、周囲にも素晴らしい幸福をもたらすことができるのです。
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2018年09月20日

不幸とはカルマ(業)を解消している現象です

不幸現象は、カルマによって起こされている場合が多いものです。というより、何らかのカルマが必ずかかわっていると見るべきでしょう。カルマ(悪業)を持たない者は誰一人いません。

このカルマを受け入れ、そこに込められたメッセージを読み取り、これを解消すべく対処していかなければ、何度でも同じことをくり返してしまいます。嫌がって逃げたりはねのけたりしても、また元に戻ってきます。不幸のように見えているのは、カルマを解消しようとする現象なのです。

今世でカルマを解消できなければ、来世に持ち越してまた同じ目に遭います。それでもダメなら次の世、それでもダメならまた次の世と、気付くまで同じことをさせられるといいます。

カルマには、真正面から立ち向かうしかないのです。自分の身から出たサビと受け止めて反省し、キチンと対処していくことで初めて解消に到ることになります。
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2018年09月19日

人の運は食にあり・・・水野南北

人の運命は食によって左右されます。日本一の観想家・水野南北の唱えた節食開運説の要点の一部を現代語訳したものを挙げてみます。

一、食事の量が少ない者は、人相上不吉な相であっても、運勢は吉で、それなりに恵まれた人生を送り、早死にしない。とくに晩年は吉。
一、食事が常に適量を超えている者は、人相学上から見ると吉相であっても調いにくい。手がもつれたり、生涯心労がたえないなどして、晩年は凶。
一、常に大食・暴食の者は、たとえ人相上は良くても運勢は一定しない。もしその人が貧乏であればますます困窮し、財産家であっても家を傾ける。大食・暴食して人相も凶であれば、死後入るべき棺もないほど落ちぶれる。
一、常に身のほど以上の美食をしている者は、たとえ人相が吉であっても運勢は凶、美食を慎まなければ、家を没落させ、出世も成功も覚束ない。まして貧乏人で美食をする者は、働いても働いても楽にならず、一生苦労する。
一、常に自分の生活水準より低い程度の粗食をしている者は、人相が貧相であっても、いずれは財産を形成して長寿を得、晩年は楽になる。
一、食事時間が不規則な者は、吉相でも凶。
一、少食の者には死病の苦しみや長患いがない。
一、怠け者でずるく、酒肉を楽しんで精進しない者は成功はない。成功・発展しようと思うならば、自分が望むところの一業をきわめて、毎日の食事を厳重に節制し、大願成就まで美食を慎み、自分の仕事を楽しみに変える時には自然に成功するであろう。
一、人格は飲食の慎みによって決まる。
一、酒肉を多く食べ太っている者は、生涯出世栄達なし。

以上、また、食の面以外にも、強運をもたらす秘訣として、
一、毎朝、昇る太陽を拝む
一、朝は早く起床し、夜は早めに就寝する
一、夜に仕事をすることは凶
一、衣服や住まいも贅沢すぎるものは大凶
一、倹約は吉であるが、ケチは凶
などといったことを挙げています。
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2018年09月18日

五十歳になったら次の転生に備えよ・・・

播いた種に応じて果実を収穫する。善い行いをした人は、良い報いを得る。悪い行いをした人は、悪い報いを得ます。自分のなしたことの結果は全部自分に降りかかってきます。

善い行いをする人は、人から好かれ、尊ばれ、祝福されて、喜びの中にいる自分を見出します。人を好きになると人から好かれるという報いを受けます。人にいつも優しくすると、その人が不運の時、または勢力がなくなった時、困った時に、良い果報が返ってきます。

今生、存命中に投げたものが返ってくるだけでなく、次生、また次に人として生まれた時に、前世の因縁の結果として、幸運、不運、チャンス、不遇等々の形になって、私たちの来世の人生を襲います。

だから四十歳を過ぎた頃から、そろそろこの生でなした宿題が次の生に影響してくることに気づき、五十になったら次の転生に備えた生き方をした方がいいでしょう。自分が人に与えた苦しみを許してもらいたいように、人が自分になした苦しみを赦してあげましょう。

この生の残り時間少ない中で、罪の荷を少なくし、罪の積み残しのないように。人々に善と良き行為をあげましょう。
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2018年09月17日

長寿への道は、少食と野菜食にあり・・・

他の動物の肉は、それぞれの業(心の記憶)を持っており、その業(悲しみの思い)を自分の体に移入することを覚悟して、口にしましょう。
おいしいというだけで食べてはいけません。珍しくて高級だからといって食べてはいけません。

食べる行為は、「聖なる行為」と知って野菜を多くし肉・魚類は手を合わせつつ、少なく、少なくいただく方がいいのです。粗食と菜食は「長寿組織」にスイッチを入れると言われています。

野菜をたくさんとる食事とベジタリアンライフに切り替えてみましょう。そうすることで健康と長寿とを得ると約束できます。
長寿への道は、少食と野菜食にあり。脂物、肉物と加工されたものを少なくすることが一番の近道です。今ある病も治るでしょう。
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2018年09月16日

悪いところには目を向けない

自分の欠点、人の欠点をほじくり出すような生き方をしないで、大きく生きることです。

わざわざ悪いところばかりさがして、ひねくりまわすことはやめましょう。

それよりは人や自分の特長の良い点をどんどんさがして伸ばしてゆくことが大事です。
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2018年09月15日

いつも良きものを投げかける

いつも、いつも良きものを投げかけることが大切です。

良き感情、良き思い、信用してあげること、やさしい心、楽しい思い・・・こうしたイメージを投げかけるようにいつも心がけて生きることが大切です。
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2018年09月14日

投げたモノが返って来る

人の世は投げたものが返ってきます。人生のどの部分においても必ず投げた心が返ってきます。自分が怒ると相手も怒り、相手を信用しないと相手もこちらを信用しません。人の悪口を言うと、まわりから悪口が返ってきます。好意を持つと好意が返ってきます。

世の中すべての出来事は、自分が投げたものが必ず自分に返ってくるのです。良きも悪しきも自分が投げかけたものが返ってくる。これは大事な「銀の法則」です。世間が悪い、社会が悪い、他人が悪いのではなく、すべての現象は自分が投げかけたものが自分に返ってきているだけです。
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2018年09月13日

言葉の力・・・

毎日の生活の中で否定的な言葉を吐かないで暮らしましょう

否定的な言葉は、その言葉を吐く本人に否定的な人生を引きつけます。

いつも嘆いている人は、毎日紙に良き言葉を書くといいでしょう。良き言葉というのは、「相手を励ます言葉」「その人の生き方を認める言葉」「魂を清め心をきれいにする言葉」「相手の運を高めるような言葉」「病気の人でしたら病気が治るような言葉」「相手の健康に役立つ、病気が治るような励ましの言葉」などです。

心から吐く言葉は現実の世界で実際に形となって現われてきます。
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2018年09月12日

人は見ているものに自の気持ちも似て来ものです

人は見ているものに自分の気持ちも似てくるものです。雑然としたものに囲まれていては、頭も心も整理できません。姿のあるものを掃除したり整理整頓したりすることによって、頭の中や心の中が同じように掃除され、整理整頓されるわけです。

イギリスの思想家、トーマス・カーライルという人に、
「人生の問題を解決するには、まず針箱を整頓せよ」
という言葉があります。

いまどきの家庭に針箱があるかどうかわかりませんが。
いまなら、さしずめ、「針箱」を「机の引き出し」と言い換えれば、もっとわかりやすいかもしれません。雑然としたものに囲まれていては、頭も心も整理できないということです。
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2018年09月11日

手を抜こうと思わないこと・・・

人間は、手を抜いてラクをしはじめると、努力や誠意、忍耐、工夫といったものが、何も必要でなくなってしまいます。それはつまり、人間の心が虚しくなる、ということです。そして、やがて精神の崩壊が始まってくるのです。

他人が手を抜こうがどうしようが、自分だけは、常に努力や、誠意や、忍耐や、工夫を惜しまず実行する、そんな気構えを持って生きていたいものです。
posted by 田村 季山 at 03:25| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする