2018年11月30日

行動する・・・

感動は誰でもできます。感動しても行動しなかったら、ただ知っただけ。感動を行動に変える。

五十、六十になって「もう人生は決まってしまった。こんなものだ」と自分の人生に見切りをつけているあなた、こんなもののまま死んでいいのですか?

せっかく、もらった命なのだからやりたいことをやって「これでよかった」と笑って死ぬ方がいいですよ。

これからでも、自分次第で、人生はどうにでもなります。
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2018年11月29日

オシャレをして人に喜びを

オシャレは、自分のためにするのだが、人のためでもあります。オシャレは、人を喜ばすことができます。

つまり、オシャレは他人に対するサービスなのです。
会合など、オシャレをしてくる人は、人に喜びを与える人なのです。
「わたしは目立つのが嫌いで地味な格好が好き」と、かまわない服装で来る人がいますが、好みの問題ではなくサービス精神の問題なのです。若いときと違い、五十代にもなったら、少しは人を喜ばせることを考えてもいいのではないでしょうか。

オシャレは最も手軽に人に喜びを与えるものです。オシャレは高齢者になればなるほど必要です。オシャレな五十代が六十代になり七十代になり八十代になれば、日本は素敵な老人国になります。みんながオシャレを心がけると、日本中お花畑のようになるでしょう。オシャレして社会の花になって暮らしましょう。
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2018年11月28日

綺麗な暮らしが心を整える

外で会っている時はわからなくても、家の中を見るとその人がわかります。家はその人の生き方を表します。

部屋のゴミは心のゴミを表します。年寄りだから、ひとり暮らしだから、汚いのではなく、生活は若いときからの習慣です。年齢のせいにしてはいけません。

年寄りでもこぎれいに暮らしている人はたくさんいます。
つまり問題は、その人が人生を楽しんでいるかどうかなのです。
テレビで片付けられない人の特集をよくやっています。片付けられない人は、心に問題を持っている場合が多いのです。つまり、家の中のゴミは、心のゴミを表しているのです。

明るく、毎日を楽しんでいる人たちはみんなこぎれいですがすがしい人が多いようです。

掃除、洗濯、炊事などの当たり前の作業こそが、心を安定させることにつながるのです。何か問題があっても、いつも掃除、片付けをして部屋をきれいにしておくと心も落ち着き整えられ、すべてが良い方に向かうものです。

年を取って来ると何事もおっくうになってきますが、きれいに暮らすことを心がけたいものです。
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2018年11月27日

人生最後の日まで心の鍛錬を・・・

定年になると急に老けてしまう人がいます。お金もあるし、住む家も立派、子供や孫もしっかりしているのに、何か満たされないのです。

今のような時代に年寄によい仕事をさせるような場はないでしょう。またそのようなことを無理にやれば、体を壊すことにもなりかねません。無理をする、いわゆる年寄りの冷や水です。

そんなことをするより心を磨くこと、仏様のような心に近づくことに時間を使うべきです。現役の時には時間に追われて、心を磨き高めることはできなかったのではないでしょうか。本をじっくり読んだり、名曲や名画といった芸術に触れる時間もなかったのではないでしょうか。

しかし、今は誰もその試みを妨げるものはないのです。ですから今こそ、今までできなかった心を磨くことをする時期だと思うべきなのです。最後の一歩をどのようにするのか、それはすべての職業、すべての道に通ずるもっとも重要な判断だと思われます。
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2018年11月26日

心が乱されないことが一番・・・

ガンになったり、夫や妻が認知症になったり、遺産相続のことで家族が憎しみ合うようなことがあると、何のために働き、何のためにお金を貯めたのか、何のために勉強してきたのかと、今までの努力が無意味に感じられ、そんなことよりも、病気にならない、家族仲がよい、仕事も続けられるということの中に本当の幸せがあることを痛感します。

大金を儲けたり、地位が上がったり、大きな家に住んでいても、心の平安がない時には、そんなものよりも、心が乱されないことの方が大事であることがわかります。

財産、地位、名声など、持っているもの、理解しているものなどは結局意味がなく、心が乱されないということが一番大事なのです。

年をとって体も病に冒され、家族にも問題がおこります。このような問題ができるだけ少ない、あるいはないということがもっとも大事なことで、そのことがわかるようになることが一種の悟りなのです。
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2018年11月25日

とらわれない・・・

この世には絶対に正しいということはありません。同じことをしても正しいこともあれば、正しくないこともあります。

自分の作った人生観に固執し、これを変えることができないと、何か起こったときに心を傷つける感情が生まれます。仕事なども、自分はこの仕事でなくてはだめだなどという仕事はないのです。何でも自分の考えを変えられれば、問題はないのですが、どうしても固執すると心を傷つける感情が生まれるのです。

「これでなくてはだめだ」などという考えはないのと同じように、「この意見は常に正しい」という意見もありません。一つの考え、一つのやり方にとらわれてはいけません。ある考えにとらわれると自由が効かなくなります。

そのことは結局私たちを苦しめるような結果になります。
私たちは「正しい」と思うことにはとらわれがちです。何ごとにもとらわれてはなりません。
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2018年11月24日

言 霊

言葉は、力を持っています。

人を動かします。自然を動かします。言っているとその通りに成ってきます。

朗らかな言葉を語っていると、境遇は喜びに満ちてきます。

言葉は常に選んでしゃべることです。
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2018年11月23日

賜生(しせい)・・・天から頂いている生を大切に生きる

自分の身体、自分の命は自分のものと私たちは思っています。しかし、すべては天地から借り受けたものです。天地から借り受けたものならば、粗末にしないで、その価値を十分に発揮させ、時期がきたらお返しする。それこそが天地の心にかなう生き方でしょう。

天地から賜った自分という人格を年とともに成熟させ、もっとも完熟した形で生を終える・・・・そういう人生を歩みたいものですねぇ。
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2018年11月22日

いくつになっても変化し、成長する・・・

真に道を求める人、一流の人達はいくつになっても変化し、成長しています。

四十、五十で人生がわかったように言う人は、すでに心がマンネリになっているのかもしれません。

自己自身を修め成長させることは一朝一夕にはできません。静々と人知れずやるといいでしょう。それを三十年、四十年、五十年と続けていくと、風格というものができてきます。命ある限り変化成長していくことこそ、すべての人の課題でしょう。

お釈迦さまの最期の言葉はこうです。

「すべてのものは移りゆく、怠らず努めよ」
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2018年11月21日

無財の七施

仏法には「無財の七施」という教えがあります。財産がなくても誰でも七つの施しができる、喜びの種を蒔くことができるという教えです。

「雑宝蔵経(ぞうほうぞうきょう)」に「仏(ほとけ)説(と)きたもうに七種施あり、財物を損せずして大果報を得ん」として、七つの方法を示しています。

一は「眼施(げんせ)」・・・優しいまなざしで接すること。
二は「和眼悦色施」・・・慈愛に溢れた笑顔で人に接すること。
三は「言辞施」・・・あたたかい言葉をかけること。
四は「身施」・・・自分の身体を使って人のために奉仕すること。
五は「心施」・・・思いやりの心をもつこと。
六は「床坐施」・・・自分の席を譲ること。
七は「房舎施」・・・宿を貸してあげること。

以上、七つ、大きなことでなくてもいいのです。人は日常のささやかな行いによって喜びの種を蒔き、花を咲かせることができるのです、とお釈迦様は教えています。自らのあり方を整えよ、という教えでもあります。

どんなに年をとっても人を喜ばせることはたくさんあるものです。
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2018年11月20日

脳内秘薬・・・「セロトニン」

歩くことが身体にいいということは広く知られています。この歩くという行為は、脳科学の観点から見ても単に身体の調子を整えるだけでなく、やる気が出て若々しく元気になり、うつの症状も改善されるなど、様々なよい効果があることが分かってきています。

その鍵を握るのは、「セロトニン」という脳内物質です。歩くだけで脳内にセロトニンという物質が分泌され、大脳、心、自律神経、筋肉、感覚をも活性化することができるそうです。

脳内のセロトニンが分泌されると以下の五つの効果があるといわれます。

1、大脳が変わる
2、気分が爽快に、元気になる
3、姿勢がよくなり顔つきが引き締まる
4、体がよく動ける状態になる
5、痛みを緩和する

以上、脳と心を元気にして若返りにもなるセロトニンを脳内に分泌させるように毎日できるだけ歩くようにしましょう。
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2018年11月19日

最後の最期まで前向きに

「浜までは海女も蓑(みの)着る時雨(しぐれ)かな」

これを詠んだのは江戸時代の俳人、滝瓢水です。
これから海に潜(もぐ)る海女が、雨を避けるために蓑を着て浜に向かう。どうせ海に入れば濡れてしまうのに、なぜ蓑を着る必要があるのでしょうか。

浜までは濡れずに行きたい、というのが海女の気持ちなのです。
つまり人間は、少しでも自分を愛(いと)おしみ、最後まで努力を重ねていかなければならないのです。

この句の「浜」を「死}と捉えれば、一層味わいが深まります。

どうせ仕事を辞めたんだから、どうせ老い先短いんだから、と投げやりになるのが年寄りの一番よくないところです。死ぬ時までは、とにかく蓑を着る。日が照り付ければ日傘を差す。

そうして最後の最期まで前向きに、少しでも美しく立派に生きる努力を重ねていくべきではないでしょうか。
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2018年11月18日

愚痴を言って生きるか笑顔で生きるか?

「人生で理不尽な出来事が起るのは当たり前のこと」と現実を受け入れて、その状況に押し潰されることなく、逆に晴れやかに、にこにこ暮らしていく。大切なのはそのことです。

私たちは問題にぶつかった時、生きる姿勢を自分で選び取ることができます。愚痴を口にせず苦しみを心の中で転がしながら笑顔で歩いていく生き方も選べます。

反対に愚痴ばかり言って坂道を下降していくことも一つの選択肢です。

どんな時でも愚痴を言わない、いつも笑顔で生きていく。そう決意さえすれば、後ろから大きな温かい手で支えてくださる方はいらっしゃるものです。
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2018年11月17日

人生は楽しむためにある・・・不安になることは考えない

私たちの人生は、自分自身が楽しむためにあります。
そうであれば、どんなことが起っても、どんなことに遭っても自分の心が楽しくなるように考えていった方がいいのです。つまり、プラス思考をした方が、人生は圧倒的に楽しいのです。

起きてもないことを心配するのはやめましょう。解決策の見つからないことは考えるのをやめましょう。考えることが解決につながると、思い込んでいるときがありますが、不安になるだけでちっとも答えの出ていないときがあります。

不安になるだけだったら、考えないほうがずっといいのです。
不安な気持ちを残していると、関係ないことにイライラしたり、運の悪いことが続いたりするものです。「不安」という心にぴったりのことを引き寄せるからです。
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2018年11月16日

与えたものが与えられる(作用反作用の法則)

私たちが人を憎めばその憎しみが自分に戻って来て刈り取られるのです。私たちが肉体を大切にしないならば、肉体は私たちを大切にしないでしょう。私たちが金銭を大切にしないならば、金銭は私たちを大切にしないでしょう。私たちが他人を大切にしないならば、他人は私たちを大切にしないでしょう。

私たちは、与えた所のものが与え返されるのである、ということを知らなければなりません。誰かを傷つけるならば、その報いはその人から返って来ないことがあるかもしれませんが、他の人から同じような害を自分に与えるように返ってくるのです。私たちがAさんに対して出し惜しみするならば、Bさんは私に対して出し惜しみすることでしょう。

多くの富める人の生活につきまとうものが、家族の病気や、家庭の不調和や、団体と団体との面白くない葛藤などによって起る不幸であるということは、その富が他から幸福を奪った結果得られたような部分があるからです。人の幸福を奪うものは又、自分の幸福を奪われるものです。
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2018年11月15日

捨てる

外にみえている立派な「かぶりもの」に、だまされてはいけません。

大会社の社長とか、一流大学の教授と名のると、立派な人格者だと思われます。

しかし、それらは所詮「かぶりもの」で、中身は普通の人間かもしれません。人間に必要なことは、外の「かぶりもの」ではなく、内の心の清らかさです。

心の清らかさとは、嫉妬・憎しみ・怒り・貪りなどで心が汚れていないことです。仏教では、「捨てなさい」と言いますが、それは「かぶりものへの執着を捨てなさい」ということです。
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2018年11月14日

「今、ここ」を充実させる

新入社員の時は苦しい。しかし、中堅になればなったで責任があって苦しい。出世しても、次の世代を育てるのは苦しい。退職したら、「今日は何をしようか」と退屈で苦しい。老いて、体が動かなくなれば苦しい。病気になればさらに苦しい。死ぬのは苦しい。

このように、生きること自体は、決して楽ではありません。苦しいのです。

お釈迦様が悟ったように、この世に生きることは苦しいものであると覚悟するしかありません。

だから大切なのは将来ではなく、「いま」の行為に充実感と喜びを感じられるか否か、ということなのです。
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2018年11月13日

感謝して生きる・・・

自分の目の前に現われる人はみな、「自分にとって何かの役割があるのだ。自分に真理を教えてくれているのだ。学びを与えてくれているのだ」と思って対処すると、必ず「感謝」に行き着きます。

そう考えて、目の前に現われる人を嫌ったりすることなく、有難い存在として、感謝して受け入れていくことが大切です。
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2018年11月12日

自然治癒力で病気の9割は治せます

日本では企業や医療施設が儲けるために、薬を必要以上に投与する傾向にあります。病気のほとんどは薬に頼らず自己治癒力で治すことができます。

薬自体、体にとっては異物ですから、本来長く飲み続けていいはずはありません。薬を短期間に限って飲む場合はそれほど心配する必要はありませんが、数ヶ月、年単位にわたって飲み続ければ確実に自己治癒力が損なわれていきます。

医者にすべてを任せないで、病気は自分で治すという気概を持って、自己治癒力を高めていく必要があります。そのために毎日の生活の中で簡単にできることはたくさんあります。

その一部で、医学博士の岡本裕先生が勧めているいくつかを下記に紹介します。

1、前かがみの姿勢をやめる
常日頃から胸を張る姿勢を意識し、気がついたら
上半身を反らせたり、視線を高くして空を見上げたりして姿勢を正す。
ずっと同じ姿勢を続けないことが大切だそうです。

2、ゆっくりと深呼吸すること
3、食にこだわる
脂肪分や塩分をできるだけ抑え、加工食品を出来るだけ避け、野菜、果物、穀物、海藻類、きのこ類、発酵食品を積極的に摂取することがポイントで、これは、日々の食事を和食中心にするだけで簡単に改善できるそうです。

4、薬は控えめに
薬はすべて「有毒」ですから、必要最低限の期間に限って用いること。
不要になれば速やかに服用をやめるようにすべきです。薬が常に必要な場合は実際にはごくまれにしかありません。くれぐれも薬の長期服用は避けましょう。

5、二十四時間のリズムを大切に
規則正しい生活。決まった時間に起き、昼は仕事、夜は十二時前には眠りにつくことです。規則正しい生活が自律神経もホルモンも順調に働かせ、免疫力を高めるのです。

以上、参考にして自分の治癒力を高め、薬に頼らない体質を作りましょう。
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2018年11月11日

信仰は力なり・・・

真の信仰を持つ人は強いものです。心が強いし、運も強い。こういう人は信念があるし、ある意味では死を怖れないところがあります。だから腹がすわっています。ちょっとやそっとのことでは動じません。目先の細かいことにはとらわれません。直感的にトラブルを避けます。意識しなくても、不幸などはね返す力を備えています。

さらには、己が小さな存在であることをわきまえているので謙虚です。基本的に真面目で他人に優しい。だから人に慕われ、信頼されます。色々な助力を受けてますます栄えます。好運に恵まれやすくなります。

誠に、「信仰は力なり」です。
posted by 田村 季山 at 03:24| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする