2019年01月31日

「ダメ男としか付き合えない女」「ずるい女ばかりにつかまる男」

ダメな男ばかりと恋に落ちてしまう女性がいます。ずるいところがある女に、何度もだまされている男性もいます。
このような異性関係で失敗する人には、ある共通したものがあるように思われます。それは、相手に、多くのものを「求め過ぎている」のです。

異性関係においても「求めない」という気持ちを持っておくことが大切です。

相手により多くのことを求めずに、お互いに自立した者同士として、自分のことは自分の責任においてやる。人から「何かをしてもらう」のではなく、相手に「してあげる」ことに喜びを感じる者同士でいること。そのような「求めない人」が、より良い女性、よりステキな男性をゲットできるのです。
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2019年01月30日

人間関係には効率を求めないこと

人間関係には効率を求めてはいけません。無駄な時間の無駄話が関係をつくります。

あらゆる人間関係は、話をきちんと聞いてさえいれば、うまくいくものです。謙虚になって、相手の話にひたすら耳を傾けましょう。急がずに、じっくり、ただ聞いてみましょう。そうすれば、お互いの間に流れる空気は確実に変わります。

たとえ仕事でも、人間関係に効率を求めててはいけません。あくせく急いでうまくいく仕事など、ないものと思っていいでしょう。
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2019年01月29日

「してあげた」「やってあげている」とは思わないこと

相手が応えてくれようとくれまいと、自分の幸せとして親切にしましょう。一方、相手から何かしてもらった時は、感謝と報告をお返ししましょう。

たとえ大変な苦労だったとしても、それをやると決めたのは、あなた自身です。そもそも自分がやさしくしたいから、その人に何かしてあげたいから、その表れとして行動したはずです。だったらそれだけで、十分ではないでしょうか。

相手が応えてくれようとくれまいと、自分の幸せとして親切にする。尽くす。力を貸す。このスタンスが守れない人は、いっそ何もしない方がいいくくらいです。

「してあげた」「やってあげてる」という言葉、思いは自分の中から消してしまいましょう。なにがあってもそれに対して、相手からの見返りを求めてはなりません。
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2019年01月28日

長い友情・・・本当の友情

一緒に何かをすることでもなく、しょっちゅう会うことでもなく、お互いのすべてを分ち合うことでもありません。何があろうと、すっと友達でい続けること。これが最高の友情ではないでしょうか。仲の良さとは、距離を縮めることではないと考えます。

つかず離れず、相手に侵入していかないこと。親しいからこそ、礼儀を忘れず、相手を尊重するのです。諍(いさか)いや考え方の違いでも距離は変わりますし、とりたてて理由もなく、距離ができることもあります。ずっと大切にしたいつながりであれば意識的に、遠ざかれば近づき、近づき過ぎたらちょっと退くことも必要です。

つかず離れず、ちょうど良い距離を意識する。それが、長い友情の秘訣です。
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2019年01月27日

気負わず送りましょう・・・なんでもない日のプレゼント

特別な日のプレゼントは、どこか習慣的で味気ないもの。

「誕生日だから・・・」 「クリスマスには・・・」すなわち、贈る動機が「特別な日」であり、「自分の贈りたいという気持ち」ではないということです。受け取る相手も、意外性はありません。

だからこそ、普通の日に気負わない贈り物をしたいのです。ちょっとしたものでも十分です。大切なのは、面倒くさがらないこと、照れないことです。さりげなく、無造作でもいいのです。
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2019年01月26日

翌日の「ありがとう」

食事の時は、できるだけ楽しさをわかちあう話をし、「一緒に食べられて、うれしい」と態度で示しましょう。

食事を終えたとき、みんなが「ああ、楽しかった。またご一緒したい」と思えるように気を配りましょう。

もう一つ心がけたいのは、「昨日はすごく楽しかった」と、翌日きちんと伝えること。
別れ際の「ありがとう」に、翌日の「ありがとう」を重ねるのです。

人に食事をごちそうになったら、翌日にお礼の電話を一本いれるのは当然、と思いましょう。

「昨日はありがとうございました。おいしい食事と楽しいひととき、ほんとうに嬉しかったです」と簡単なお礼の手紙を出すようにしましょう。

たったひと言でいいから、感謝を伝える。この小さなひと手間を続けると、人間関係は密になっていきます。ここで大切なのは「続ける」ということです。

「ありがとう」という言葉は、いくつ重ねてもかさばらないし、嫌な気持ちになる人はいません。
手紙でも、電話でも、メールでもいいのです。大切なのは「続ける」ことです。
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2019年01月25日

取り扱いは慎重に

言葉というのはたいそう強い道具です。だからこそ慎重に取り扱わなければなりません。いのちを救う薬にも、いのちを奪う毒にもなります。相手を傷つける言葉は決して口にしてはなりません。

言葉はたいそう難しくほんのちょっとも悪気がないのに、人を傷つけてしまいます。自分では愛情表現のつもりが、相手にとってはたいそう不快なものになったりするのです。

一度言ってしまった言葉は、取り返しができません。思わず言いたくなることというのは、たいてい言わなくてもいいことだったりします。
「これを伝える必要があるのか?言葉にしていいのだろうか?」
注意深く立ち止まること。どんな些細な言葉でも、十数えてから口にすること。どれだけ気をつけても、気をつけ足りないくらいのことだと思います。

言葉にはそれ自体に強い力があります。だから取り扱いは慎重に。
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2019年01月24日

「こちらから」を心掛ける

家族でも、友人関係でも、仕事でも、声をかけられるのを待たずに、自分から声をかけてかかわっていくことが大切です。
その勇気があってはじめて、人との出会いに恵まれます。大切な人と、深いつながりを持てます。仕事であれば、チャンスも巡ってくるでしょう。

「待たない」こと、いつも先手を打つこと、能動的になることが大事です。いささか勇気はいりますし、慣れないうちはためらいや恥ずかしさがこみ上げてきますが、果敢に挑むだけの価値はあります。

誰かが声をかけてくれるのを待つのではなく、自分から声をかける。

相手が変わってくれるのを待つのではなく、まず自分から変わるのです。
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2019年01月23日

愛情を伝える・・・

あらゆる人間関係において、コミュニケーションはとても大切です。ところで、コミュニケーションの目的とは何でしょうか?
お互い伝えたいことを、きちんと伝え合うことでしょうか。思いやり、気遣い合うことでしょうか。それとも、みんながそれぞれ自己主張することでしょうか。馴れ合いにならないように、気持ちを正直に言葉にすることでしょうか。

いろいろありますが、コミュニケーションの目的とは、相手に自分の愛情を伝えることではないでしょうか。
男女の恋愛に限ったことではありません。家族や友人、職場の人であっても、愛情を伝え合うことなしに成立する関係はないでしょう。

物に対してでも、自然に対してでも、愛情を伝えなければ、つながりを築くことはできません。
たとえば、お皿を割ってしまったのなら、その原因は自分の愛情不足です。お皿に対してたっぷりの愛情があれば、気にかけるし、大切にするでしょう。割ったりしないように、ていねいに洗います。お皿は自然に「割れた」のではなく、自分が「割った」ということです。手がすべったからではなく、自分の愛情不足がぞんざいな扱いにつながり、結果としてお皿を「こわした」ということです。

同じように、人間関係がうまくいかなかったり、宝物みたいだった絆がほどけてしまいそうなときは、たいていどちらかの愛情不足に原因があります。

「自分は愛情を伝えているだろうか?」
立ち止まって考えてみることが必要です。人生は自分の力で歩んで行かなければなりませんが、「自力」でできることはいかに少ないか、「他力」によって生かされていることがどれほど多いかを考えてみるべきです。

他力とは、目の前の相手、まわりにいる人たち、そして社会です。自分以外の人たちに私たちはもっと敬意を払い、尊重しなければなりません。それにはまず、自分から愛情を伝えることです。おしみなく、もったいつけずに伝えることが大事です。
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2019年01月22日

どんなことについても「善きこと」とは何かを自分の力で選ぶ

「おいしい蕎麦が食べたいなら、あの店へ」「今、読んで面白いのは、この本」というように、情報があふれる現在、私たちは自分の感覚ではなく、無意識的に、他の誰かの選んだものを選びがちになってしまいます。それは失敗やはずれが少ないことかもしれませんが、とても淋しいことです。

なぜなら、すでに他の誰かが選んだものを選ぶことが当たり前になってしまったら、私たちは知らないうちに自分らしさがなくなってしまうからです。人との本当のつき合いというのは、自分の目で相手を選び、相手にも自分をしっかりと選んでもらうことで生まれるものです。

「友達になるなら、この人がおすすめ。とてもいい人ですよ」
そんな口コミなど関係なく、人と人は友達になります。
「なんであんな人とつきあうの?ちょっと変わっているんじゃない?」
たとえ誰かにそう言われても、「自分がいいのだからイイ」というのが友人であり、恋人であり、生涯のパートナーでしょう。

友達でも、恋人でも、仕事を通してかかわる人であっても、誰と付き合うかを選ぶとき、決して損得を差し挟んではいけません。「この人とつき合えば、淋しさを倦めてくれる、人脈ができる、メリットがある」そんな見返りを求めて人とつきあうのは、正しくありません。

どんなことについても「善きこと」とは何かを、自分の力で選ぶことです。
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2019年01月21日

徳積みのチャンスを逃すな・・・

もし道にゴミが落ちていたら拾いますか?お店の商品が倒れていたらなおしますか?
自分が捨てたり、倒したりしていないのだから関係ないと多くの人は思うかもしれません。

でも、あなたの心に余裕があって、その事態に気づいたのならば、拾えばいいし、倒れているのを直した方がいいでしょう。
そうするだけで、あなたの心は気持ちよくなり、次にその場面に出くわした人にとっても、不快な気持ちを起こさせず、気持ちがいいはずです。

「どうして道に平気でゴミを捨てる人がいるんだろう?」とか、「なんで倒れているのに直さない人がいるんだろう?」とか、そんなことを考える必要はありません。

道のゴミや倒れた商品は、あなたに徳を積ませたくて、神さまが用意してくれたものなのです。そういう場面に出合ったら、「これでまた一つ徳が積めました。ありがとうございます」と、喜んでササッとやればいいんです。
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2019年01月20日

心が出来たところまで片付けは出来る

なかなか物を捨てることができない方がいらっしゃいます。

このような方たちは過去をひきずって生活をしておられる方たちです。

私たちは心のできたところまでの片付けをすることができるようです。

この時に、頭の中もすっきりと片づき、難しく物事をとらえていくことがなくなっていくのです。
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2019年01月19日

弱さがプラスに

人間はしばしば健康からではなく病気から考え深くなり、順境からではなく逆境にあって耐える力をつけ、褒められることからではなくけなされることから自分を発見することがあることは、ほとんどの人が恐らく体験済みのことでしょう。

そういう訳で病人、不運な人、才能がないと思い込んでいる人々も、社会にとっては貴重な財産なのです。

そして極く自然に、自分に与えられている状況がどんなものであるか正視し、そこに意味をみつけることができれば、この世に失敗した人生などということはなく、どの人も各々の才能を生かし、社会でなくてはならない人となります。そこで初めて、すべての人々が、競争の対象や敵対者になることなく、あらゆる人々の存在を評価し、感謝し喜ぶことができるようになるでしょう。
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2019年01月18日

信頼される人でいる

「徳は孤ならず、必ず隣あり」といいますが、徳がある人とは、なにも賢者や碩学でなければならない、ということはありません。

普通の人でも、人より少しだけ思いやりが深い人、そう考えればいいのです。

大事なのは「信義を守る」「嘘をつかない」「親切を施す」というモラルでしょう。この三つを守る人には、人は信頼を寄せるものです。
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2019年01月17日

自分に甘い分、相手にも甘くすること

自分が相手を嫌いなら、相手も自分をうとましく思っているでしょう。けれど、自分から親しくなろうと努力すれば、相手も心を開いてくれるでしょう。そうすると、思ってもみなかった世界が開けるかもしれません。だから、目の前の人を喜ばせると、徳につながります。

人に良いことをすること自体が幸福であり、幸福がめぐりめぐって自分に返ってくると考えるといいでしょう。
人の心を動かすにはその人を認めることが第一です。相手のことを考えていれば、必ず他人は力を貸してくれるものです。

人を喜ばせることは、相手を尊重すること。「私にとってこの人は特別」と考えれば、それが態度に表れますから人間関係は発展します。自分に甘くてもいいけど、その分、相手にも甘く接すること。それが人間関係の基本になります。
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2019年01月16日

自業自得(善因善果)

「禍福はあざなえる縄のごとし」という言葉があります。人生はいいことばかりが続くものではないし、また悪いことがあっても、それがいつか、いいことに変わっていくものだという教えです。

だから、苦しい時こそ嬉しいと考えるようにする。苦しいことはいつまでも続くはずがない、どん底まで行ったら、それ以上、落ちようがありません。あとは一歩ずつ上がっていくだけ。そう思えば、苦が少しやわらいできます。嘆くことはありません、未来は明るいはずなんだから、と自分にそう言い聞かせましょう。

大事なのは、どんなときにも自分の身の不運を嘆かないことです。「なんで自分ばっかり」と悲嘆にくれる気持ちはわかりますが、「苦しい」と思えば余計に苦しくなってしまいます。

自分の身に起ったことは、本当はすべて自分が蒔いたタネなので、他人がつくった原因が自分に及んでいるわけではありません。これを仏教では「自業自得」といいます。この言葉は「悪行の報い」という意味ばかり強調されていますが、いいことだって同じです。つまり、「善因善果」です。

逆境に立たされたときに、「自分は何も悪くないのに」と泣き言をいっても、問題が解決するわけではありません。それどころか、泣き言は自分を弱くするから、逆境から逃げ出したくてたまらなくなります。それがますます自分を窮地に追い込んでしまいます。

反対に、どこかに自分の責任があると甘んじて受け止め、それが運命だと考えてみましょう。そうすれば困難に真正面から立ち向かっていけるようになります。「逃げてはいけません。そこに踏みとどまって運命に立ち向かいなさい」と、仏教は教えています。
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2019年01月15日

「ありがとう」「おかげ様」で生きる

人間は弱い生き物です。だから他人と共存し、また神仏の声を聞きながら生きていかねばなりません。けれど、わがままや欲望が頭をもたげると、相手を思い通りにしたいと考えるし、自分自身も世間の評価や他人の意見に翻弄されていきます。
ほんとうの自分を見失って、そこに苦しみが生まれてきます。

だから、素朴に考えればいいのです。素直な心で生きればいいだけなんです。思いやり、謙虚さ、それから親切の心を持つようにすること。「いつもありがとう」「おかげさまで、なんとかやってます」の気持ちで生きていけばいいだけなんです。

素直な気持ちで生きていけば、自分勝手な欲望や煩悩に気づくことができ活力がよみがえってくるということです。
「ありがとう」「おかげさまで」で生きられないのは、自分自身が謙虚さを忘れてしまってるせいなんです。

「いつでも神仏が見守っていてくれる」と思えば、ただそれだけで、ゆったり生きていけます。
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2019年01月14日

無理しない・・・何事もほどほどに

我慢強く、働き者で、親や上司の命令をよく聞く、責任感が強く、何事も完璧にしないと気がすまない人は要注意です。
真面目な人ほど心に柔軟性がないことがあるので壁にぶち当たるとどうしていいかわからなくなって、苦しんでしまいます。

失敗や挫折からうまく身をかわすためにも、何もかも頭に詰め込み過ぎないで、多少、頭の中をからっぽにしておくことが必要です。その精神で生きれば心に余裕が生まれ、世間の荒波をたくましく生き抜いていかれます。

天台宗大阿闍梨の酒井雄哉師のモットーは、「むりせず、いそがず、はみださず、りきまず、ひがまず、いばらない」だそうです。
何事も精一杯やることはいいことだけど、やり過ぎはよくありません。無理してやり過ぎるから、プレッシャーがかかり、ストレスになります。人間の運命には浮き沈みがつきものですが、その波に逆らわず、ゆったり構えて生きればいいんです。そうすれば、よりよく生きられるはずです。

「はみださず」も同じです。「俺が、俺が」の気持ちが強いと社会のルールからはみ出しがちになります。だからおかしくなります。社会のおかしなことや犯罪は、みんなこれが原因になってるようです。
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2019年01月13日

人生(運命)は必ずあなたを通して出てきます

「現実」はそれ自体が意識や意志を持っているわけではありません。
私たちがそれに選択を与えなければ、現実が勝手に変わっていくことはありません。

「私がなにも知らないうちに、こういうことが起きてしまった」ということは、本当はあり得ません。
人生は「降りかかってくるもの」ではないのです。人生は必ずあなたを通して出てきます。

自分自身が持っている、あるいは決断した波動以外のものはあなたに近寄って来ることはありません。
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2019年01月12日

何事にも感謝

太陽・水・空気など自然の恵みに感謝。
衆生の恩、つまり社会から受けている恩、すなわち衣食住が足りていることに感謝。

毎日、家でお風呂に入れることに感謝。安い服であっても、毎日着る服があることに感謝。三度の食事ができることに感謝。家の中でお湯をわかし温かいお茶が飲めることに感謝。自分の目が見え、耳が聞こえること、自分の足で歩けることに感謝。

感謝の念に満ちていると幸運を招き寄せます。

「足ることを知れば、貧といえども富と名づくべし、財ありとも欲多ければ、これこそ貧と名づくべし」 平安時代の僧、源信のことば。

感謝の念は、時間や空間を超越して、あらゆる対象物に伝わり、それを受けた対象物は、その人が良い気分でいられる方向に動いてくれるようになります。
posted by 田村 季山 at 03:31| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする