2019年04月30日

小さなしあわせを見出し日々穏やかに過ごしましょう

寒い日にも暖かい布団の中に包まれて眠れることに感謝。

そのうえ安眠できたことに感謝。安眠は神の恩寵です。

寒い日にストーブやエアコン、こたつで暖がとれることに感謝。

三度の食事がいただけること、おまけに温かいままいただけることに感謝。

蛇口を回せば水が出て、スイッチ一つで明るくなる。

家にお風呂があることにも感謝。

自分で歩け、見え、聞こえ、しゃべれ、口から食べられることに感謝。

小さな幸せは数え上げるとたくさん見つけられます。
ないものや出来ないことに目を向けるのではなく、今ある多くの恵みを見つめて日々感謝して心穏かに暮らしましょう。
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2019年04月29日

ものごとはすべて「中立」である

仏教では出来事は無記、つまり善悪は記されていないと考えます。
それぞれの出来事をどう受け止めるかによって善悪が決まってくるといいます。

どんな出来事も善と受け止める努力を続けていくと事態が良くなる方に繋がっていきます。
そうしていると、あらゆる事象はすべて善につなげられ、困ったことはなくなり、何が起こっても穏かに平常心でいられます。
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2019年04月28日

裕福な人とは・・・

裕福な人とは、地位や財産、お金や大きな家、車など、多くのものを持っている人ではなく、わずかのものしか必要としない人です。

人は心が豊かになればなるほどモノや地位・名誉に執着しなくなります。

他人の喜びを自分の喜びとして喜び楽しめるようになります。

他人と自分を比べて卑下したり羨んだりもしなくなります。
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2019年04月27日

心のレベルにふさわしい「果」をいただける

この世はすべて因果関係で動いておりますが、その人の心のレベルにふさわしい「果実」をいただいております。

心のできていない者が同じことをされたとしても、心の出来ている人と同じ「果」をいただくことはできません。

毎日、毎日、生涯にかけて出来る限り努力しましょう。

世のため人のためになることを出来る限り心がけましょう。

生涯にかけて徳を積むよう心がけましょう。
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2019年04月26日

若い人に慕われる大人になる・・・

若い人はつねに大人の背中を見ています。子供のころと違って、大人のやり方を理屈抜きに受け入れてマネをすることはないにせよ、生き方の参考にしたいと思っているものです。

若い人は年長者の姿を通して、自分がどう年を重ねていくかを考えるものなのです。

そういう意味で、部分的にでも若い人から、「あの人のようになりたい」と思ってもらえる大人であることが、敬愛につながると思います。逆に、「あの人のようにはなりたくない」と思われる大人は反面教師にはなれても、敬愛されることは望めないでしょう。

なぜ敬愛される必要があるのか。それは。若い人が将来に向かって、希望を持って頑張って生きていく「良い世代の循環」が生み出されるからです。

残念ながら、近頃は「敬愛される大人」が減ってきているようです。未来を担う若者を失望させてはいけません。特に中高年以上の大人たちは、若者に、「年をとるって、素晴らしいことだな」「自分もあの人のように年を重ねていきたいな」と思ってもらえる存在になるようにしなければなりません。

目指すべきは、「若者に敬い慕われる年寄になる」ことです。それが明るい未来を創るための世代のバトンタッチの正しいあり方ではないでしょうか。
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2019年04月25日

どんな時も頭からすぐ否定的な言葉を使わないこと・・・

どんな時にも頭からすぐ否定的な言葉を使わないで、笑顔で「そうだね」と言ってあげましょう。

どうしても出来ないと思われましたら、「努力してみましょう」と応えることです。

これを続けておりますと、相手は無理をいわれなくなってまいります。

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2019年04月24日

悩みのない心

「悩み」のないときは、心頭に取り越し苦労というような思念現象も、またその他の消極的情念もいささかも発生しておりません。そういう現象から察すると、明るい朗らかな人生に生きるには、まず悩みという心理現象を心に持たせないよう、平素から正しい準備を施すことが、何よりも肝心な人生の要諦であると言えます。

何事も比較をしない。自分と他人、現在と過去、現在と未来。

過去の失敗ばかり思い出さない、未来の結果ばかり心配しない、思いを過去や未来に置かない。今だけに意識を集中させ、今を精一杯生きる。今だけに生きる。

さらに一歩すすめて、「思い」を持たない。その都度、その都度、目の前に現われた現象に淡々と対処していく。
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2019年04月23日

足し算の幸福を・・・

私たちは、生まれてきた時は皆ゼロです。それを考えたら、わずかなものでもあれば有難いと思う。あぁ〜こんなこともしていただいた、あんなこともしていただいたという足し算で考えれば不満の持ちようがありません。しかし、あって当然、もらって当然と思っていると、わずかでも手に入らなければマイナスに感じて、不服や不満を言い始めます。

これを、引き算の不幸と言います。

今の日本は皆の意識が「引き算型」になっているようです。豊かさであれ、安全であれ、すべて世の中が与えてくれるのが当たり前、と百点満点を基準にして望むものですから、不満ばかりが募って、どんどん不幸になっていくわけです。

老人にも大きく分けて二つの生き方があるように思えます。

得られなかったものや失ったものだけを数えて落ち込んでいる人と、幸いにももらったものを大切に数え上げている人です。
さまざまなものを失っていく晩年こそ、自分の既に得ているもので幸福を創り出す才覚が必要なのです。
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2019年04月22日

人生は心であり、観念である・・・

人生は心であり、観念です。

心が観念が私たちの人生を極楽にもし、また地獄にもすることができるのです。

よく考えてください。今の生活が、今の状況が「極楽だ、地獄だ」と感じているのは心なんです。

心が地獄と感じれば地獄になってしまうんです。私たちの人生が。今の状況が。

ですから何かがあれば、「ああ、楽しいな〜」「ああ、うれしいな〜」って思うようにすればいいんですよ。
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2019年04月21日

往生際はいかにあるべきか・・・

よく、往生際が悪いという表現をしますが、どのような姿であれば、往生際がよかったということになるのでしょうか。

臨終の場にあって、見守ってくれている家族に向かって、ニッコリしながら、「それではお先に逝かせてもらうよ。長い間お世話になったね。皆も仲良くいい人生を送ってくださいね」。このようなお別れがお勧めですが、そう簡単にできることではありません。

しかし、それなりの覚悟を持って臨終の時を待つ心境を培うことです。急病とか事故であれば時間的な余裕はありませんが、少しずつ弱っていく場合であれば、自分の過去を振り返り、よかったことや悪かったことなどを思い出すことが大切です。

そこで、自分のいたらなかったことや申し訳なかったことなどを、きっちりとそう言いたかった家族や周りの人に誤っておくこと、ちゃんと感謝の言葉を言っておくことはとても大事なことです。
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2019年04月20日

「幸せ」と「自分の居場所」は目の前の人を大切にした時に得られる

自分の幸せというのは、自分ひとりが大儲けすることでも、自分ひとりだけが美味しいものを食べることでもありません。

自分の前にいる人が幸せになること。目の前にいる人を幸せにすることが自分の幸せなんです。

人に喜んでもらうと、今の世の中でなかなか得られない「自分の居場所」という、とても大切なものが得られます。

人は誰かに喜んでもらった時、自分の居場所を見つけることができるのです。世の中はそうなっているのです。

いま目の前の人が幸せになったら、自分も幸せになれるのです。
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2019年04月19日

笑顔・うなずき・よい言葉

この世の中、案外厳しい。どんなに一生懸命がんばっても認められなかったり、否定されたりすることが多いものです。だから苦しい。

そういう人の話を笑顔で、うなずいて聞いてあげる。すると、相手はそれだけで救われます。認められたように思い、居場所が見つかったような安らぎや安心感を抱けます。分かってくれる人がいるっていうだけで心が軽くなれます。

そういう訳で、人にはいつも笑顔で接して、話を否定したり意見をはさんだりしないでうなずきながら聞いてあげること、そして、相手を受け入れ励まし、応援する言葉、喜ばせる言葉、楽しくさせる言葉、安らぎを与える言葉、勇気を与える言葉など良い言葉を投げかけることは大切です。
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2019年04月18日

出会いは遠くにではなく今、目の前にある

出会いというのは、何も遠くの人に会いに行くことなんかではなく、日常で目の前にいてくれる人、来てくれる人を大切にしていた時に向こうからやって来るものなのです。

今、目の前にいる人に自分の力を出し切って喜んでもらうこと。目の前に来てくれた人を大切にすること。

そうやって目の前の人に喜んでもらおうと本気で付き合っていくなかで人は考え方を改めたり、今までの生き方を変えながら成長していくのです。

笑顔が足りないとか、もっと相手を幸せにするにはどうしたらいいだろうとか。本当に自分を成長させてくれるのはそこなのです。

わざわざ、遠くに出会いを求めてうろうろする必要はありません。
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2019年04月17日

当たり前のことに感謝すればするほど幸福度が増す

世の中で当たり前だと思っていたことが、実は当たり前ではなく、とても有難いことであったのだ、という気づきが必要です。

たとえば、目が見えること、口から食物が食べれること、自分の足で歩けること、耳が聞こえること、雨露をしのげる家があること、三度三度の食事ができていること、毎日布団の中で寝ていること、蛇口から水が出ること、ほとんど毎日自宅でお風呂に入れることなどなどです。

日常生活の中で当たり前と思っていたことにどれだけ感謝できるかで、その人の幸福度が決まります。
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2019年04月16日

人生(毎日)が充実していれば、恐れることなく最期の瞬間を迎えられる

人を愛し、人に対して思いやりの気持ちを持ち、自らさまざまなことを学び、知識を増やし、信じることができるように努力し、さらに、折々に心を見直しながら反省していくことを繰り返すことによって、明るく生きていくこと。

そうして知り得た知識なり経験を、後半生には惜しみなく若い人々に伝え、社会に還元していことく。

これこそが、充実した素晴らしい毎日、満ち足りた素晴らしい人生につながる秘訣ではないでしょうか。

そして、充実した素晴らしい毎日を送ることによって、最期の時を迎えても必要以上に死を怖れることもなくなり、微笑みながらその瞬間を受け入れることができるようになるのです。
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2019年04月15日

健全で健やかな人生を送れるようにポジティブな言葉だけ使う・・・

心の思いである言葉で、マイナスの言葉を述べたてることは、その影響が他人にも自分にも及んできます。自分の言葉を一番よく聞いているのは自分の耳であることを忘れてはなりません。

健全ですこやかな人生を送りたいと望むのであれば、言葉の力を意識して、善きことを多く言い、悪しきことをできる限り言わないようにしましょう。

愚痴・泣き言・文句・不平不満・悪口は厳禁です。他の人が聞いて不快な言葉、周りを暗くする言葉も厳禁です。

他人が聞いて嬉しくなる言葉、幸せな気持ちになる言葉、元気になる言葉、楽しくなる言葉、励みになる言葉だけを常日頃から使うように心がけましょう。

そうしていると必ず素晴らしい人生(運命)になります。
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2019年04月14日

まず心の健康から・・・

身体にとって強い影響を与える心や精神の働きには、プラスの作用とマイナスの作用があります。

プラスの思いを持つことで体調は良い方向に向かい、マイナスの思いを持つことで体調は崩れる方向に向かってしまいます。

健康というと、とかく身体のことばかり気にしてしまいますが、心の健康を気にかけるところから始める必要があります。

それを端的に表したのが「病は気から」という言葉です。

心が変われば人生(運命)が変わります。

全ては捉え方次第、解釈次第です。
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2019年04月13日

病気(病人)になっても明るくしていること

病人は、老人と同じように「労わってもらって当たり前」という精神構造に陥りやすいので、自己中心になりがちです。体が辛い時はやはり不機嫌にもなるし、「なんで自分の辛さがわからないんだ」と腹も立つでしょう。それは仕方ないことだと思います。

しかし、当然だからといって、そのまま、そのような顔をしていていいということはありません。
長く生きてきた者としての強みがあれば、そこで少しばかり、周囲の人達が不愉快にならないように、内心はどうあろうと、明るく振る舞うという配慮をしなければなりません。

たとえガンなどの死病になっても、できる限り明るく振舞いたいものです。たとえ心は不安でいっぱいであろうと、うなだれずに背筋を伸ばして歩き、見知らぬ人に会えば微笑する。そういう風にできればいいですね。

不幸を伝染させないように・・・
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2019年04月12日

病気も込みで人生だ、という心構えで居る・・・

できるだけ病気はしないと決めて、あらゆる予防処置をした方がいいでしょう。しかし充分気をつけていたつもりでも病気がない人生は、非常に少ないでしょう。

そうであれば、「機能とか五感が正常であるのが人間だ」という考えを変えた方がいいでしょう。つまり病気も込みで人間、いいことも悪いことも込みで人生だ、という心構えをしておく必要があるでしょう。

病気は決定的な不幸ではありません。それは一つの状態です。病気になると、なかなかそうは思えませんが、決して悪い面ばかりではありません。病苦が人間をふくよかなものにするケースはよくあります。それは、その時まで自信に満ちていた人も、信じられないくらい謙虚になるからです。謙虚さというものは、その人が健康と順境を与えられている時は身につけることがなかなか難しいものです。
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2019年04月11日

他人への気配りと忍耐力を養うこと

老齢を重ねると利己的になったり忍耐力がなくなっていく人が少なくありません。年を重ねることの特徴、あるいは悲しさと言ってもいいのですが、程度の差こそあれ、この二つは誰にでも見受けられます。

老齢にやや意図的に逆らって自分を若々しく保ちたいなら、まず利己心を戒め、忍耐力を養うことです。

他者への配慮がなくなったら、若くてもそれが老人なんです。他者への気配りがあれば七十代でも八十代でも壮年そのものです。

「江戸しぐさ」と言われるものに、後から来た人が座れるように腰をこぶし分だけ浮かせて少しずつ席を詰める「こぶし浮かせ」や、道を歩いていて人とぶつからないよう肩を引く「肩ひき」、雨の日はしずくをかけないように外側に傘を傾けてすれ違う「傘かしげ」などがあります。日常、そういう他人へのちょっとした心遣いを忘れないことが大切です。
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