2016年07月08日

陰徳は耳鳴りの如し

仏教では私たちの思うこと、言うこと、行うことのすべては業(ごう)という貯金通帳に蓄えられることになっています。
特に、人に知られずに行う良いことは、大きな利子がついて、その貯金が多くなり、その結果もたらされる幸せの程度も大きくなるといいます。
「陰徳は耳鳴りのごとし」とは、まさにそれを表す言葉で、「耳鳴り」とは自分だけがわかり、人にはわからないという意味です。

年をとってくると徳を積む、徳を失わないということが心の安定、幸せにどんなにか大事かは、いくら述べても述べすぎることはないくらいです。
もし、幸せになりたいなら、心が楽になりたいなら、今からでも遅くはありません。他人に親切にし、他人の心を傷つけないようにすること、それも誰にも自慢せずにやる、という生き方に切り替えてください。

山岡鉄舟は、「この世は人のためなどということはありませんぜ」と言いました。他人のためにやれば、業の貯金が積まれ、結局自分のためになるということです。よいことをするということは、結局は自分のためなのです。

ところで、良いことをしたから今後何かよいことがあると執拗に見返り(報酬)を期待してはなりません。
よいことをした時点で報酬は既に与えられていると、考えましょう。なぜなら、あなたにはよいことができる高貴な精神性と優しさが与えられたからです。
posted by 田村 季山 at 08:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック