2016年08月27日

モノに囚われないこと

臨済宗の高僧、仙涯和尚は無欲の人と知られていました。八十八歳で臨終を迎え、弟子たちに最期の言葉を求められると、「死にとうない」と言ったそうです。

この話を聞いて、「なあんだ、無欲の人といっても、やっぱり死ぬのはイヤなんだ。我々凡人と変わらないじゃないか」という人がいます。つまり、無欲の人というのはウソで、死ぬまで「生きたい」という欲を捨て切れずにいたのだろうというわけです。

もしそうだとしても、それはそれで人間らしいし、我々凡人に近く、かえって親しみが持てます。

だいたい、僧侶だから「死にたくない」と思ってはいけないとか、高僧だから立派な言葉を残さなければいけないということが、モノにとらわれている証拠なのです。

肩書や地位などモノにとらわれなければ、人から何といわれようと平気でいられます。だから、死に臨んでも、高僧だから何か立派な言葉を残さなければいけないということもなく、心のままに「死にたくない」と言ってもなんら恥ずかしいとも思いません。

仙涯和尚は、モノにとらわれない真に無欲の人だからこそ「死にとうない」と言えたのです。

posted by 田村 季山 at 03:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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