2016年09月20日

苦しみにもとは「我」である

同じ人生でありながら、一方には、これを妙味津々(しんしん)として見る人もあるかと思えば、他方には、これを苦しみの連続と見る人もあるのは何故でしょうか。

これはまあ色々と考え方もありましょうが、一面から言いますと、この人生が苦の世界と見えるのは、結局のところは、まだ自分の「我」に引っ掛っているからでしょう。
posted by 田村 季山 at 03:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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