2016年10月28日

死に目を向ける

およそ九割の人が最期を病院で迎えるようになった今日、死は私たちの家庭の日常からすっかり姿を消してしまい、それとともに死を切実に感じることも、死の意味を自らに問う機会も少なくなってしまいました。

もちろん、誰もが頭ではいずれ自分にも死が訪れることを理解しているでしょうが、実感として死をとらえ、あえて死に目を向けることをしているでしょうか。

生まれた瞬間に死が始まり、つねに生とともに死があるということを、生きていることを実感するのと同等に感じているでしょうか。そのいずれもが希薄になっているようです。

死を実感しないということは、死と表裏をなす生の実感も薄いということにほかなりません。呼吸をし、食べ、働き、たしかに動いてはいるけれど、はたして「生きている」といえるでしょうか。

死を感じ、翻って生をたしかに実感することが、生を充実させ、同時に死に大きな実りをもたらすのだということに、気づいてください。

posted by 田村 季山 at 03:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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