2018年08月18日

魂は不滅です・・・

この世のものはすべて、われわれに、内に埋もれている魂の不滅性を掘り起こさせるための試練としてあるのです。それを克服することが人生の冒険であり、人生の唯一の目的です。そして、その冒険は人によってそれぞれ異なり、また、独特です。

どんな健康的、精神的、霊的問題にぶつかっても、魂は生死を通じて不滅であることを思い出して、つねに常識的手段と神仏に対する信仰とをもって対処することを心がけましょう。
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2018年08月17日

死は終わりではない・・・

私たちは夢を見ているとき、自分が夢を見ていることを自覚していれば、夢の中で不幸な出来事に出会っても苦しめられることはないでしょう。しかし、夢に浸り切っているときは、その夢の中で誰かが殺されたりすると、目が覚めてそれが真実ではなかったと気づくまで、夢の死が恐ろしい事実として感じられます。

死んだときも同じです。ひとたび肉体から抜け出ると、私たちは死んではいないことに気づき、悪夢から解放されたと感じます。ですから、死は終わりではありません。

死は、私たちの意識が肉体という夢のからだに閉じ込められていた状態から解放されることです。それは大きな解放感を感じさせてくれます。
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2018年08月16日

たまにはジュースだけの断食で身体を浄化しましょう

ふだん肉を大量に食べている人はとかく不機嫌になりやすく、いつもいらいらしがちです。

もし一週間、ぶどうジュースだけの断食をすれば、気分が高揚したようになり、周囲の誰とも調和したくなるでしょう。

食べ過ぎや、適正を欠いた食事は体内に多量の毒素を生じさせ、それが精神の働きを鈍らせ、また怒りやすくする原因となります。

ときどき、ぶどうやオレンジのジュースだけによる断食をすると、体内の器官が浄化され、そのために脳が活性化されます。

一週間に一日、または、ときどき三日間連続の断食をすることは、体内の不純物を除去してカラダを清浄に保つうえで有効であることがわかっています。

しかし、連続三日以上の断食は、医学的知識と経験のある指導者の監督のもとで行わなければなりません。
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たまにはジュースだけの断食で身体を浄化しましょう

ふだん肉を大量に食べている人はとかく不機嫌になりやすく、いつもいらいらしがちです。

もし一週間、ぶどうジュースだけの断食をすれば、気分が高揚したようになり、周囲の誰とも調和したくなるでしょう。

食べ過ぎや、適正を欠いた食事は体内に多量の毒素を生じさせ、それが精神の働きを鈍らせ、また怒りやすくする原因となります。

ときどき、ぶどうやオレンジのジュースだけによる断食をすると、体内の器官が浄化され、そのために脳が活性化されます。

一週間に一日、または、ときどき三日間連続の断食をすることは、体内の不純物を除去してカラダを清浄に保つうえで有効であることがわかっています。

しかし、連続三日以上の断食は、医学的知識と経験のある指導者の監督のもとで行わなければなりません。
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2018年08月15日

誠実に生きること

何かを「させていただいている」という感謝の思いで物事に取り組んでいったなら、いつか必ず花が開きます。

人生はすべて自分持ちです。

悪いことをすれば、悪いことが返ってくるし、よいことをすれば、よいことが自分に返って来ます。誠実な生き方こそが自他ともに豊かになる道です。
posted by 田村 季山 at 03:30| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

誠実に生きること

何かを「させていただいている」という感謝の思いで物事に取り組んでいったなら、いつか必ず花が開きます。

人生はすべて自分持ちです。

悪いことをすれば、悪いことが返ってくるし、よいことをすれば、よいことが自分に返って来ます。誠実な生き方こそが自他ともに豊かになる道です。
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2018年08月14日

自分も人も許す・・・

西郷隆盛の「南洲翁遺訓」の中に、「男子は人を容れ、人に容れられては済まぬものと思えよ」という言葉があります。人を許してやるのはよいが、人から許されるような人間になってはいけない、ということです。

ところで、人を許す、許さないという問題以前に「自分自身」を許せていない・・・つまり自己肯定感のない人がいま非常に多くなっています。

その結果、自分を責めてばかりか、その裏返しで、人を責めてばかりいるかの、どちらかに偏る人が増えています。まず自分自身を許せなければ、人を許すことはできません。自分自身を許し、その結果、まわりの人も許してあげることができる人になります。
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2018年08月13日

世の中は案外と公平なものです

世の中が不公平であると見えるのは、その人の見方が社会の表面だけで判断したり、あるいは短い期間だけ見て、判断したりするせいです。

つまり自分の我欲を基準として判断するからで、もし裏を見、表を見て、ずっと永い年月を通して、その人の歩みを見、また自分の欲を離れて見たならば、案外この世の中は公平で、結局はその人の真価通りのものになっています。

長い目で人様の人生を見させていただくと、やっぱり収まるところに収まってくるなと、感じます。
posted by 田村 季山 at 03:24| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月12日

過去への執着心を手放す・・・

いくら家族が大勢いて楽しくても、年をとっていくと子どもは巣立っていき、一人また一人とだんだん周りに人がいなくなります。過去の家族の思い出と比べると、未来はいつも寂しく、孤独で、不自由なものでしかありません。

つまり過去への執着が、その不幸を生み出しています。

物がなくても、病気であっても、心が常に神様の中にいて、自分はさらに進歩すると信じましょう。今の苦痛を受容し、乗り越えることによって、自分は磨かれ、立派に、愛深き人になれるという、その喜びが自分の老後を築き上げていくはずです。

どんな状況にあっても過去は過去、未来は未来、今の瞬間を一生懸命諦めないで努力して生きることが、老後を豊かなものに導いてくれます。
posted by 田村 季山 at 03:16| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

過去への執着心を手放す・・・

いくら家族が大勢いて楽しくても、年をとっていくと子どもは巣立っていき、一人また一人とだんだん周りに人がいなくなります。過去の家族の思い出と比べると、未来はいつも寂しく、孤独で、不自由なものでしかありません。

つまり過去への執着が、その不幸を生み出しています。

物がなくても、病気であっても、心が常に神様の中にいて、自分はさらに進歩すると信じましょう。今の苦痛を受容し、乗り越えることによって、自分は磨かれ、立派に、愛深き人になれるという、その喜びが自分の老後を築き上げていくはずです。

どんな状況にあっても過去は過去、未来は未来、今の瞬間を一生懸命諦めないで努力して生きることが、老後を豊かなものに導いてくれます。
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2018年08月11日

心次第・・・

ほんのわずかな注意が、健康をよくし、病気を未然にふせぎ、寿命を長くし、いつまでも若く元気に保たせることになります。
その健康をよくする道は、心にちょっとした注意をして、正しい生活の法則を守ることです。

心で考えることは、それが形の世界に現われるもとになるものです。
心の中に病的想念を忍びこませてはいけません。暗いことを語ってはいけません。

明るい言葉、楽しい語調、晴れやかな表情は、楽しい感情を呼び起こし、全身の血行をよくし、心臓の運動を軽快にします。
同じ言葉を使っても明るい調子でハキハキと歯切れいい語調で語ることです。

ほんのちょっと心の持ち方やしゃべり方に注意するだけで周りに現われて来る状況まで違ってくるものです。
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2018年08月10日

心をやわらかくして笑いましょう

多くの人は、あまりに自己批判や、自己反省が強すぎて、常に自分自身を批評しすぎ、自分をまるで悪人のように思って、自分自身を苦しめています。これは決してよいことではありません。自己批判や自己反省はある程度までは必要ですが、あまりに過ぎた自己批判や反省は一種の心の病気です。

こういう心の癖で、心があまり窮屈になり、暗くなり、押し詰められたような感じで、窒息しそうになる人は、出来るだけ笑うことを稽古することです。

笑いは心の窮屈さを取り去り心の固まりをとり、悲しみや、屈辱や、怒りを忘れさせ、心をやわらかくして、心の中につまっていた毒ガスの息抜きをさせます。

それよりもなお一層大切なのは、笑いは、本来人間の心の中にある喜びの感情を外にあらわす迎え水になることです。もっともっと笑いましょう。面白くないことがあって笑えない時は、鏡を見てわざと笑い顔してでも笑いましょう。

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2018年08月09日

心を高めるよう一日一日しっかりと生きる・・・

自分のしたいことをして、本能のおもむくままに自分の我や欲をみたすためにだけ生きていたのでは、心の成長がありません。

よいことをしたら、よいことが返ってくるし、悪いことをしたら、悪いことが返ってきます。

やったことは必ず自分に返ってくるので、あの世とやらに行くまでの間に、少しでもよいことをして、心を高めておかないと、自分に見合った世界にしか行けません。

そう思いますと、一日一日をしっかり生きていかなければならないと思います。
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2018年08月08日

「いま」「ここ」を大切に生きる・・・

現代は不安の時代とも言われています。どうして不安になるかといえば、未来のことを考えるからなんです。

たとえば、年金はどうなるんだろうか、病気になったらどうしようとか。親の介護が心配だとか、未来を考えると、暗く不安になってしまいます。

明日はこう生きたい,未来はこうありたいと計画を立てない。
人生って、いつになったらラクになるとか、いつになったら好きなことができるかとかいうふうに待っていても、その日は結局、やってきません。

「どこかへ行く自由」ではなく、どこにも行かなくても得られる自由、幸せもあります。

明日や未来のことを考えて不安な気持ちを抱えるんじゃなくて、「今」「ここ」をしっかり大切に生きるようにすることです。

それが、唯一穏やかに人生を過ごす極意です。
posted by 田村 季山 at 03:25| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月07日

感謝報恩の人生を歩む


「我々は天地の恩、人間の恩、道の恩、教えの恩など、あらゆる「恩」の中にあります。これに絶えず報いていくのが生活であります」と安岡正篤師は仰いました。

たとえ恵まれない環境の中にいても、感謝して感謝して感謝して生きていると、高い意識になって、素晴らしい運命を歩んでいけます。
感謝報恩の人生を歩みたいものです。
posted by 田村 季山 at 03:19| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月06日

いつも上機嫌を保つこと

人間にとって最善とは、できるだけ上機嫌で人生を送ることです。上機嫌は幸福の秘訣です。自分自身にもまわりの人々にも害になる不機嫌は、れっきとした罪悪です。

気分というものは、成るがままに放置していると不機嫌に傾いていきがちです。ですから、シニアは、自分の気分に関心を払い、怠惰をしりぞけ、上機嫌を保つような努力をすることが大事です。
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2018年08月05日

親しいほど「上機嫌の礼儀」が大切です

たとえば夫婦でも、お互いの信頼と心安さが過ぎると、張り合う声がいつしかけんか腰となり、家庭は嫌な場所になってしまいます。いつも始終,狎れ合っていると、一方が怒ったり不機嫌になったりすると、相手もたちまち怒りだし不機嫌になります。初めはちょっとした怒りや不機嫌なのに、とんでもなく、ふくらんでしまいます。

「親しき仲にも」というより、「親しき仲ほど」親しい仲であればこそ、いっそう「上機嫌の礼儀」を大切にすることが幸福を保つのには必要です。
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2018年08月04日

手中にある楽しみを十分に味わう・・・

何かが失われ。たからといって、失われたものを残念がるばかりで、失われずに済んだものを喜ばないというのは、賢い大人のすることではありません。
現に今、手元にあるものを最大限に気持ちよく活用する人こそが、暮らし上手というものです。

愚かな人は、将来のほうにばかり熱心に目を向けるので、何か良いものが今、目の前にあっても見過ごしてしまいますが、賢い人は、過去にあったが現在、既にないものまで記憶をたぐり寄せて、懐かしみ、楽しみます。
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2018年08月03日

他人と比較しない・・・

妬みは、つねに自分を他人と比較することと関係があります。比較のないところには妬みはありません。
妬みの本質は、モノをそれ自体として見ないで、他との関係において見ることにあります。自分よりも幸福だと思っている人たちとの比較さえやめるならば、妬みから逃れられます。

妬みによって、人は、われとわが身を不幸にしています。自分の持っているものから喜びを引き出す代わりに、他人が持っているモノから苦しみを引き出しているのです。他人と比較してものを考える習慣は、致命的な習慣です。
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2018年08月02日

最後に評価されるのは・・・優しさや思いやりです

人それぞれの人生、それぞれに日々やらなければならないことをしっかりやって、よい人生成績を残さなければなりません。五段階評価で、やさしさ5、素直さ5、謙虚さ5、正直さ5、思いやり5・・・。最高の人生の通信簿をもってあの世に行って、神さまに、「よくがんばってきましたね」と、おほめの言葉をいただかなければならないと思います。

地位、名誉、財産、仕事、業績よりも優しさや思いやりや謙虚さのような、この世では形に現わしにくい精神的なものがあの世では評価されるようです。

閻魔(えんま)さまの前を無事に通過するためにもこのことはよく頭に入れておく必要があります。
「愛」です。与えきりの愛です。後半生では、できる限りの愛を放射して生きたいですね。
posted by 田村 季山 at 03:21| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする