2017年11月19日

人生、トライしなければ後悔することに・・・

人生、トライしなければ意味がありません。

平均寿命九十年という長い人生を考えたとき、お金も大事でしょうが、もっと大事なのは自分が自分の存在理由を示せる場、すなわち自分が活躍できる場、自分を必要としてくれる場、そして自分が生き甲斐を感じられる場を確保することではないでしょうか。

実際、生き甲斐を持たないで、いつの間にか老後を迎えてしまったときの悲劇度は、お金がないよりずっとみじめなものです。年齢よりずっと老け込んでしまったそういう人がたくさん見られます。

だからこそ、一度は思った通りの生き方にトライしてみたほうがいいのです。多少ハメを外してもいいじゃないですか。

そのためには、まず固定観念を捨てることでしょう。いわゆる「常識」を疑ってみることです。空飛ぶ鳥のように自由に生きたいと思ったら、まず自分の気持ちを自由にしなければなりません。

人はとかく慣例とか常識といったものにとらわれ、その行動や判定を一定の枠にはめてしまいます。気持ちが縛られてしまうと簡単には自分を変えることができなくなります。

恥ずかしいと思うから、人生は小さくつまらなくなります。怖じ気づいたり恥ずかしいと思う気持ちを退散させましょう。

とにかく問われるのは「実践」です。その違いが大きくモノを言います。

「理屈より実践」モノは試し、自分の思ったことをとにかく行動に移せば、その先に思いもよらぬことが実現する可能性がある、ということです。
posted by 田村 季山 at 03:41| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月18日

周りを嫌な気分にさせないこと

いい気持ちでいたいのは、みんなの共通の願いです。

だから、まわりの人びとをけっして嫌な気持ちにさせてはいけません。

怒っている人がいたら、怒り返してはいけません。

その人の気持ちを和らげてあげることです。

機嫌が悪かったら、「まあ、そんなこともありますよね・・・」と、できるだけ気持ちを和らげてあげましょう。
posted by 田村 季山 at 03:16| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月17日

自分も人も喜ぶことをしましょう

自分には喜びであっても、他人に迷惑をかけるのは、よいことではありません。

また他人には喜びであっても、自分が苦しむのも、よいことではありません。

「よいこと」とは、「自分が喜び、他人も喜ぶ」行いです。そして、「あとで後悔しない」ことです。

「悪いこと」とは、「自分が苦しみ、他人も苦しむ」ことです。そして「あとで後悔する」のです。

だから行動を起こす前に、その行動によって、わずかでもあとで後悔することになると思うならば、そういう行動はやめましょう。

結果もよくて、あとで思い出したときもよかったと思える行動をすることです。

「よいこと」をすれば、「よい結果」がでます。これに例外はありません。

「そこそこの結果」しかないというのは、「そこそこのこと」しかしていないからです。
posted by 田村 季山 at 03:26| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月16日

心に良い癖をつける

ほんとうに自由な心とは、「どんなことがあっても波立たない、こだわらない心」です。しかし、人は長年にわたって形成されてきた心の癖のために、なかなか真の自由というものを得られません。

自由になる道は遠いものです。しかし、よいことを繰り返し行い、心によい癖をつけていけば、必ずそこにたどりつけます。

水が一滴ずつしたたり落ちて、やがて瓶を満たすように、少しずつ、ゆっくりでもよいのです。

道を歩いていて、落ちている空き缶を拾ってゴミ箱に入れるとか、汚れていたらちょっと拭いてきれいにするとか、そんな小さなことからやればいいのです。それが習慣になって心によい癖がついていきます。

反対に「悪いこと」は、どんな些細なことでもやってはいけません。些細なことでも放置しておくと、やがて心に悪い癖がついてしまうからです。

心についた癖は、そう簡単には変えられません。いったん癖がつくと、またそのとおりに行動し、癖はさらに強化されていくのです。ですから、正しい癖をつけるようにしなければなりません。

いったん悪い癖がついたら、どんどんそれが強化されていくので、不幸になってしまいます。よい癖をつけた人びとは幸福になっていきます。
posted by 田村 季山 at 03:21| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月15日

些細なところから落ち着く

ゆっくりと丁寧に食事をしていると、最初はいらだちが出てくるかもしれません。

しかし諦めないで、実践してみましょう。

丁寧な食事ができるようになれば、人生のさまざまないらだちも、消えてしまいます。

日常の些細なことから、ひとつずつ落ち着きを体得していけば、人生はいつでも落ち着けるようになるのです。

人生は、落ち着いていられること、平安でいられることができていれば成功です。
posted by 田村 季山 at 03:07| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月14日

昨日の失敗をどうするか?  つかまない、気にしない。

昨日は大失敗したと思って悩むのは、「今日も失敗したい」という計画を組んでいるようなものです。

昨日の失敗は、どうなるものでもありません。

今日という日は新しい。その今日のことだけを、ただしっかりやればいいのです。
posted by 田村 季山 at 03:20| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月13日

「いいことは」生きているうちに

人は「いいこと」をしたくないわけではありません。

ただ、「今日は楽をして、明日から」という心が起きてしまうから、なかなか「いいこと」を実行できないのです。

けれども、人はいつ死ぬかわからないのです。

いいことは、生きているうちにやっておくべきなのです。

だから、「いま」いいことをして、悪いことをしない。悪いことをどうしてもしたいなら、「いつかそのうち」やればいいのです。
posted by 田村 季山 at 03:27| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月12日

人生は瞬間瞬間の連続です

人生とは、瞬間、瞬間の連続です。私たちは、瞬間、瞬間にしか生きられません。

いまの瞬間になすべきことは、つねに「具体的」です。

それは、話を聞くことであったり、ものを片付けることであったり、つねに「具体的」にあるものです。

いまこの瞬間になすべきことをよく知り、それをきちんとやる。

それで、何の問題もなく人生はうまくいくのです。
posted by 田村 季山 at 03:39| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月11日

「私は正しい」が問題を作る

「私は正しい」という心から、怒りも嫉妬も、落ち込みも傲慢も、舞い上がりも、あらゆる感情が生まれてきます。

その心が、いろいろな問題をつくるのです。

「私は正しい」というのは、客観的に成り立たないことなのです。それは、わがままな恐ろしい思考です。しかし、みんな、「私が正しい」病に感染しているようです。
posted by 田村 季山 at 03:31| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月10日

人をどうこう言えるほど自分は立派なのか?

自分というものは、人のことを、どうこう言えるほど立派ではありません。

「あの人はまちがっている」と指摘しても、自分がその立場になったら、同じことをする可能性があるのです。

「あの人は嘘をつく、けしからん」と言っても、自分だって不利になったりその場を逃れようとすると、思わず嘘をついてしまうんじゃないでしょうか。

「あの人は頼りにならない」と言っても、自分が同じ立場になったら、人から信頼される振る舞いができるでしょうか。
posted by 田村 季山 at 03:31| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月09日

問題を解決するためには・・・

問題解決するためには、まず自分のエゴに気づくところが出発点です。

「あなたのためにやっている」と思っているところに、問題があるのです。

「人のため」といいながら、「自分のため」にやっていることが多いでしょう。

「やらせてもらって、ありがたいです。充実感が得られて幸せです」という気持ちがあれば、うまくいきます。

結局、すべては自分のためにやっていることなのですから。
posted by 田村 季山 at 03:33| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月08日

周りと調和して生きる

生きるとは、互いに協力しあうことで成り立っています。「お互いさま」なのです。

生きることは他人の世話になることであり、自分も人の役に立っていることです。

そこがはっきりわかっていれば、成功をおさめることができます。
うまくいかなくて充実感を得られない人生は、自分に対してもまわりに対しても、嫌な気分をつくります。

そういう人は、自分の失敗を他人や社会のせいにします。そうしてまわりの調和を崩し、反作用で自分が苦しむことになるのです。

個人が充実感を感じるか不満を感じるかによって、社会の平和は左右されるのです。
posted by 田村 季山 at 03:33| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月07日

依存症のキャリア・・・ではいけない。

私たちは、みな何かの「依存症」にかかっていると言えます。

今は依存症でなくても、次の瞬間に依存症にかかることもあります。
いわば依存症のキャリア(保菌者)なのです。

お酒や賭け事に依存するのは悪いと決まっていますが、「いいこと」に依存していることがあります。それはどうでしょう。

例えば、ボランティア活動、平和活動、地域活動などはいいことです。

しかし、いかに「いいこと」でも、それに依存すれば、やはり自分を見失っていくのです。

いいことでも、依存して行えば、いい結果にはなりません。
posted by 田村 季山 at 03:35| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月06日

何事にも固執しないこと

「私は菜食主義で肉は絶対に食べない」などと固執していると、そのことが強いストレスになります。

また、肉や魚を食べる人に対して、軽蔑する心が出てしまいます。

それは、「自分が正しくて相手が悪い」という「怒りの心」なのです。

最良の食品を摂取しても、それを毒にしてしまいます。それは、愚かなことです。
posted by 田村 季山 at 03:29| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月05日

一瞬を充実させて「生」を愉しむ

雑事に忙殺されて慌しく過ごした時間も、反対に漫然と無為に送った時間も、共に永久に失われます。

内的に充実した、いわば「生けるしるし」を刻んだ時間は、永遠なるものにつながり、永遠の相をおびます。

時間は、一年も一日も瞬間、瞬間から成り立っています。過去は、既に去って今ここにないもの。未来は、まだ来なくて今ここにないもの。

ですから、時間を大切にする方法は、現在のこの一瞬を大事に扱う以外にありません。

内的充実を図るとは、具体的にどうすることか。自分にとって真に有意義なものにすること。自分の一生にとって意味と価値のあるものにすることです。

こういう生き方の継続、蓄積によってのみ、死は必然の有限なわが生涯に永遠性を宿らせることができます。

吉田兼好の有名な一文、「存命の喜び、日々に楽しまざらんや」で言う楽しみは、もとより、つまらない享楽ではなくて、実存的な「生」の充実の喜びをあざやかに実感し、ありがたく思い、満喫する楽しみです。

この喜び、この楽しみは、閑暇をみずからの意志で獲得し、確保し、その閑暇を自覚のもとに自由に使うことによって感得され、維持されるものです。
posted by 田村 季山 at 03:37| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月04日

短い人生に憂いをいだくことはない

人生は普通、百歳にも満たない、たいていの人が百歳までは生きられません。

それなのに、どうして人は千年分もの「憂い」を心にいだくのでしょう。どうして、楽しみを先に延ばして、まさに「今」という時を逃すのでしょう。

あてにならない未来を待っても何にもなりません。

シニアから老年期となるにつれ、心配性、取り越し苦労の傾向をおびる人が少なくありません。寿命の何倍もの年月の憂いを背負い込む、一人で十人分くらいの憂いを引き受けるようなことは、やめましょう。

考えてもどうにもならないこと、埒が明かないことは考えない。考えるのは、しばらくお休みとする。取るに足りないこと、どう転んでも大事でないことは、パッと放念する。成り行きに任せても済むことは、任せる。

憂いごとの材料を自分の心の中で次々に生み出さない。自分の心を憂いごとの生産工場にしないことです。
posted by 田村 季山 at 03:37| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月03日

足るを知る者は富む

仏教では「三垢(さんく)」(人間に生きている限りついて回る三大煩悩)の筆頭に「貪欲」を挙げています。

「金銭欲や物質欲は、生まれつき具わっている以上、致し方ないさ」「そういう欲があるからこそ、ヤル気も出てくるのだ」という見方もあるかもしれません。

しかし、欲望の本質をなす「際限のなさ」は、終局には人を悩まし苦しめることを仏教は熱心に説きます。

光武帝もまた、「人は足るを知らざるに苦しむ」と喝破しています。苦しむという点に注目し、この一事に深く思いを致すことが肝要でしょう。

壮年期、働き盛りの時期であれば、まあ、百歩譲って「致し方ない」と認めるとしても、現役引退の年代となったら、断乎、「足るを知る」べきでしょう。

これは、苦を避け幸いを招く必須の条件なのですから、一生のうちの後半生は足るを知る生活をしましょう。

満足することを知っている者は、たとえ金銭面・物質面で貧しくても、精神的に豊かで富んでいます。
posted by 田村 季山 at 03:26| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月02日

シニアになったら楽しみが伴う努力を

奮闘努力、刻苦勉励、歯を食いしばり、克己心を奮い起こして頑張るのは、壮年期まででいいんです。シニアになったら、楽しみが伴う努力をする。

楽しみが含まれている努力をする、楽しみながら努力をする、楽しみの欠けた、または楽しみの乏しい努力はしないという基準を設けておくといいでしょう。

もちろん、努力は必要です。全然努力なしの楽しみだけ、ということでは、当人の成長に役立たないし、ただの「暇つぶし」「気晴らし」「慰み」にすぎないもの、しがない「すさび事」に堕してしまうかもしれません。が、楽しみ抜きのガンバリズムは、感心できません。
posted by 田村 季山 at 03:35| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月01日

人生は完結させなくていい

何かしていないと落ち着かない。何もしないで、ぶらぶらと時を過ごしていると、罪悪感のようなものを覚える。前もってスケジュールを決めておかないと気がすまない。スケジュール通り取り運んでいる最中に、予期しない人が来るとか、何か邪魔が入るとイライラする。

どのくらい時間が経ったか、今、何時何分かが気になる。チラチラと視線が時計に行く。いつでも腕時計がはなせないし、腕時計をしていないと不安になる。

無駄な時間を空費してしまうと、そのあと、翌日とかには格別に頑張って、無駄の埋め合わせをしておかないと気がすまない。几帳面で、責任感が強い・・。

いかがでしょう。あなたの周りに、こういうタイプの人はいませんか。

ひょっとしてあなたご自身に、あてはまるところはないでしょうか。
もし該当するなら、どうしたらいいのでしょうか。

それは、人生というものは未完成の作業、仕事、出来事から成り立っているという真実を認識し、それを受容することなのです。

そうなのです。人生とは元来、未完成のもの、未完成のまま閉じるものなのです。
物事、特に時間の迅速さに動揺しないで、平然として、泰然自若さ、のどかさを心に養っていきましょう。
posted by 田村 季山 at 03:25| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月31日

夫婦間でも多角的な見方で偏見や思い込みをなくす

長年、連れ添ったシニアの夫婦では、「俺の女房は、こういう性格」、「私の亭主は、いつもこう」と決めてしまう傾向をおびます。

そうなると、相手が味気なく、つまらなく思えてきます。

そこで、パッと視点を転じ、いろいろな角度から伴侶を眺めてみましょう。

「おや、こんな一面もあったのか」と意外な発見をし、新鮮な驚きを覚えます。
posted by 田村 季山 at 03:45| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする