2019年02月18日

意見は違って当たり前・・・

じっくり比べてみたら右手と左手は違います。指のかたち、爪の大きさ、関節の太さやしなり具合。自分の手ですらちがうのですから、人がみんな違うのは自然なことです。意見が違う、意見が合わない、というのも当然のことです。
家族だから、同じコミュニティに属しているから、友達だから、恋人だから、同じ会社で一緒に働く者同士だから。たったそれだけの理由でみんなの意見が一致するなど、あり得ない話です。

自分一人だけ、意見の違いを指摘されたとしても、気にする必要はありません、無理に合わせるほうが不誠実で、関係を歪ませてしまいます。
人はみな違い、それぞれ意見も違います。この前提をつくってしまうほうが、コミュニケーションはうまくいきます。意見が食い違ったとき、一大事のごとくあわてふためかずとも済むでしょう。

注意したいのは、たとえ意見が対立しても、そのことで相手を嫌ってはならないということです。くれぐれも過剰反応してはいけません。その人の意見と人格はわけて考えれば、過ちを防ぐことができるでしょう。

仲良しではなく、気も合わないけれど、つきあいは続けていく。そんな間柄を受け入れるのも、大人の知恵だと思います。
posted by 田村 季山 at 03:23| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月17日

どうでもいいことに過剰反応しないこと

日常のどうでもいいことにいちいち惑わされて、心の波動を下げたり、心の平安を乱さないようにしましょう。
今の人生で人間としての時間は一応限られているのですから、余計なことでイライラしている暇はありません。もっと、あなたが楽しいと思えることや考えてワクワクする夢に時間を使ってください。

思わずイライラしそうになったときは、一拍おいて、「これが自分の人生に影響あるかな?」と考えてみてください。自分の人生がひっくり返されそうなことだけに反応すればいいのです。「こういうときこそ平常心、どうでもいいことだ」と思い、一瞬はムッとしても、「アッ、今のはナシ」と思えばいいのです。

強運の人は小さなことには動じません。いつも意識を明るい方へ集中させています。
大きな開運アクションをするよりも、日々の小さなイライラをなくすほうが流れはずっと良くなります。
posted by 田村 季山 at 03:24| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月16日

常に体調を整え、身体をケアしましょう

体は今の人生に与えられた「借りもの」なので、ケアして美しく維持することが大切です。そうすれば、運も良くなります。

肌の手入れをしたり、理想のプロポーションに近づいたりすると、自然と気持ちが盛り上がって自分のことが好きになります。これは女性でも男性でもある程度おなじでしょう。

与えられている体をほったらかしにして粗末にしたり嫌がっている人よりも、一生懸命磨こうとしている人の方が運気はあがります。
posted by 田村 季山 at 03:32| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月15日

若い人に慕われる大人になること

若い人はつねに大人の背中を見ています。子供のころと違って、大人のやり方を理屈抜きに受け入れてマネをすることはないにせよ、生き方の参考にしたいと思っているものです。

若い人は年長者の姿を通して、自分がどう年を重ねていくかを考えるものなのです。

そういう意味で、部分的にでも若い人から、「あの人のようになりたい」と思ってもらえる大人であることが、敬愛につながると思います。逆に、「あの人のようにはなりたくない」と思われる大人は反面教師にはなれても、敬愛されることは望めないでしょう。

なぜ敬愛される必要があるのか。それは、若い人が将来に向かって、希望を持って頑張って生きていく「良い世代の循環」が生み出されるからです。

残念ながら、近頃は「敬愛される大人」が減ってきているようです。未来を担う若者を失望させてはいけません。特に中高年以上の大人たちは、若者に、「年をとるって、素晴らしいことだな」「自分もあの人のように年を重ねていきたいな」と思ってもらえる存在になるようにしなければなりません。

目指すべきは、「若者に敬い慕われる年寄になる」ことです。それが明るい未来を創るための世代のバトンタッチの正しいあり方ではないでしょうか。
posted by 田村 季山 at 03:21| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月14日

尊敬される高齢者に成っていく

「老」の字は、中国では「尊敬する」という意味で使われています。日本では、ただ「年をとった」というふうに捉えられています。だから、イメージがあまりよくありません。

中国流に、老人、イコール尊敬できる人、と思われたいものです。

一人ひとりがそういう「老人」になることを目指して、いくつになっても衰えないクリエイティブな能力を発揮できるように努めましょう。


それが、「老人を尊敬する社会」を醸成することにつながります。八十、九十になってもなお、冒険心を持っていろんなことにチャレンジして、社会の「老人観」を変えていきましょう。
posted by 田村 季山 at 03:25| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月13日

困った時の経験を定年後の人生に活かす

困った人の役に立ったときは、とても生き甲斐を感じるものです。

立ち直るヒントになるちょっとした言葉をかけたり、慰めの手紙を書いたり、気の晴れる場所へ誘いだしたりしてあげると、相手の表情にみるみる生気がよみがえってきます。そんな表情をみると、役に立ててよかったと心底嬉しくなります。

そういうことが出来るのは、自分にも困った経験があるおかげだ、という見方もできます。人の気持ちが思いやれるようになるからです。それで、定年後は困った経験を糧に、ボランティア活動をしてみてはいかがでしょうか。現役のうちにみなさん、たくさんの困った経験を積んでいるものです。その分、どうすれば困った状況を打開できるか、あるいは困ったことにならないようにするためにはどうすればいいかを学んでいるはずです。そうして得た「生きる知恵」を、さまざまな問題で困っている若い世代に伝えてあげましょう。

定年後にやることがなくて困っているシニア世代が多く見受けられます。「もはや食べるために働く必要がなく、何かボランティアをしてみたい」という人も多いでしょう。ただ、何をしたらいいのかわからない、という人は、どうか、自分の困った経験や、長い人生の中で学んだ知恵などを若い世代に教えてあげてください。そうすればきっと、「困っただけの甲斐はあった」と実感できる人生が開けるでしょう。
posted by 田村 季山 at 03:25| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月12日

若さは姿勢と歩き方から・・・

背中を丸めて、すり足で歩くと、いかにも「老人」です。

背筋をピンと伸ばして大股でスタスタ歩くことを心がけましょう。こうすれば、若々しく見えます。

まず、姿勢。頭に籠を載せて花を売る大原女(おおはらめ)をイメージしてください。アゴをちょっと上げて、顔は上向きかげんで。背筋がピンと伸びています。

次に、歩き方。足はカカトからつけて、すっすっと大股で運ぶようにしましょう。ちょこちょこ爪先歩きをしたり、スリッパを引きずるようにすり足で歩いたりするから、段差でつまずくのです。住まいをバリアフリーにするより、歩き方を変えるほうが先です。

こうして背筋を伸ばして、大股歩きをすれば、自分の気持ちが外に向かってバン!とはじける感じになるし周囲からも十歳は若く見えます。
posted by 田村 季山 at 03:16| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月11日

「健康感」を持って生きればいい

最近は検査の機械が精密になってきて、健康体にもどこかしら不具合があることが見つけられてしまいます。もっと言えば、百人いたら百人が、遺伝子レベルでは病気の因子をもっているのです。皮肉なことに、医学が進歩すればするほど、病人が増えてしまう、という見方もできます。

検査の結果がどうであれ、そんなに落ち込むことはありません。まして、病気を敵と見なして戦う決意をする必要はありません。病は人間の属性ですから、健康に百点満点を求めることはしょせん無理な話なんです。検査して「アラ探ししたら病気が出てきた」くらいに受け止めましょう。そして、「さて、これから病気とどう上手につき合って、生きていこうか」というふうに考えましょう。

たとえば、高血圧の人は降圧剤で血圧をコントロールしながら、元気に働くことが出来ます。糖尿病の人だって、食事療法や運動療法を取り入れて、何も差し障りなく健康に暮らしていけます。
それに、八十、九十という老人と呼ばれる年齢になれば、脳に多少の梗塞(血管の閉塞」があるものです。「四肢が麻痺するかも」とか「認知症のような症状が出るかも」といったことを、必要以上に心配する必要はありません。いたって健康な人でも小さな血栓ぐらいあります。

病気を「あって当たり前」と受け入れれば、健康人として生きていく道が開かれるでしょう。つまり、病気になっても、病人にはならず、「健康感」を持って生きることが大事なのです。

病気はないにこしたことはありませんが、いちいち気に病んでいると心が休まりません。いつもビクビク、オドオドしていたのでは、生きる喜びも半減してしまいます。病気と共に上手に生きる・・・「有病息災」を目指すことこそが、健やかに生きることにつながります。多少健康に問題があると指摘されても、「健康感」を持って生きることを心がけましょう。
posted by 田村 季山 at 03:31| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月10日

人のために長生きして下さい・・・

日本人の寿命はずいぶん延びました。ここ五十年で十年以上も延びました。寿命は時間です。その延びた時間を、たとえば寝てばかりで過ごすのと、たくさんの人に会ったり、いろんなところへ行ったりして過ごすのとでは、まったく違います。

大事なことは、自分の使える時間に何をするか、なんです。若いうちは、ほとんどの時間を自分のために使っています。
大人になれば家族や誰かのために使う時間が増えてきます。が、それは素晴らしいことです。いのちが輝きます。

私たちは八十、九十歳と長生きでき元気だったら、人のために使う時間をたくさん持てます。自分のためにではなく、人のために長生きして下さい。
posted by 田村 季山 at 03:26| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月09日

悪しき習慣を変える

健康診断を受けて、数値が正常か、そうでないかをチェックして一喜一憂しているだけでは意味がありません。
必要に応じて治療を受けることはもちろんですが、それ以外に一番大切なのは、少々問題アリのデーターを改善するために習慣を変えることです。

生活習慣を変えることがデーターの改善につながる、と明言できます。健康診断はそのきっかけとすべきものです。
それまでの悪い習慣の軌道からはずれて、良い習慣で新しい軌道をつくりましょう。そのために行動することが大切です。

もう一つ付け加えると、新しい生活習慣を選択するのは自分自身でなければならないことです。「お医者さんに言われてやらされる」のではなくて、「自分で行動パターンを決めてやる」のでなければ長続きしません。「生活を改善する行動は、自分自身で選択することから始まる」ということを忘れてはなりません。
posted by 田村 季山 at 03:26| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月08日

百歳以上の人口も何年か前に4万人突破・・・

何歳以上を老人と呼ぶかはさておき、これからの高齢者は早々にリタイヤするのではなくて、どんどん仕事もして人の世話にならず、元気に生きていく存在にならないといけません。

糖尿病や心臓病、高血圧症などの持病があっても、足腰が弱くても、何の障害にもなりません。薬でコントロールしたり、自動車や車椅子などをうまく利用したりすれば、十分元気に活動的に暮らしていくことは可能です。

体にどこか具合が悪いところがあっても、果敢に活動する気概を持って、輝いて生きていきましょう。
平均寿命の数字に惑わされて、いたずらに死に怯えることなく、そこで寿命が尽きるのではなく、そこから寿命がグングン延びていくんだと考えて、「元気に輝いて生きる」ことに専念しましょう。
posted by 田村 季山 at 03:52| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月07日

簡単な健康法・・・「腹六分」

深夜二時ごろまで仕事をすることのある聖路加病院の日野原重明先生は、これまで特別な健康法を行ったことはないそうです。気をつけていることは、たった二点。「少しの運動」と「少しの食事」だけだそうです。

運動については、百歳も近くなると、激しい運動は到底無理です。普段の生活において多少気をつける程度、たとえば階段の上り下りを心がけるといったことくらいだそうです。だから、実際に注意を払っているのは食事だけのようです。高齢になればなるほど、一日の摂取カロリーに気をつけなければならないことが、最近の医学では明らかにされてきています。

アメリカのウィスコンシン大学の研究チームがアカゲザルを使って二十年にわたって行った研究では、加齢と関係の深い糖尿病やガンなどの原因の死亡率は、摂取カロリーを三割減らすことで三分の一まで減少されたそうです。

人間は食べなければ元気が出ないというのは、とくに高齢者にとっては正しくないのではないでしょうか。たくさん食べることはむしろマイナスです。

食べる際の戒めとして「腹八分目」と言われますが、これも年齢によって違ってくるようで、七十歳を越えると、腹八分目は多いように感じはじめたと日野原先生は仰っています。日野原先生は七十歳を越えてから、それまでの腹八分を意識的に「腹七分目」に心がけ、八十歳を過ぎてからは、「腹六分目」を目安にするようにしたそうです。

こう言っても、実際に食べはじめると、なかなか「六分目」も「八分目」もわからず、ついつい「十分目」まで食べてしまいがちです。そこでどの程度が「六分目」かという、自分なりの感覚を覚えておくといいでしょう。「空腹が消えたな」と思うあたり、若い人なら「もう少し食べたい」と思うあたりが六分目にあたります。

ある日の日野原先生の食事は次のようなものだそうです。

朝食は牛乳、それに砂糖を入れないコーヒーミルクを一杯。この中に大豆のレシチンを大さじ一杯とかします。。そして果物ジュース(一四0cc)の中にはオリーブオイル大さじ一杯(十五グラム)を混ぜてあります。これだけだそうです。

昼食は、牛乳一杯とクッキーを二、三枚。

夕食は、ご飯を茶碗半分、脂身のない肉を百グラム、魚と大豆、それにかなりの量の緑黄色野菜にオリーブオイルのドレッシングをかけて食べます。夕食ではタンパク質をとるように心がけているそうです。

人間はそんなに食べなくても生きられるようになっています。あまりカロリーに捉われることなく長生きしたかったらできるだけ少食を心がけることです。
posted by 田村 季山 at 03:23| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月06日

家も生き方も「段差」をなくすな!

日野原重明先生は「楽を嫌う健康法」というのを提唱されています。日常生活をする上で、常に楽な方を選ぶか、多少なりとも負荷のかかる楽のできない行動や動作を選ぶかという選択の問題に関心を持っている、と言われます。

人は、年齢を重ね体力に自信がなくなると、つい楽をしたくなるものです。ちょっとした買い物でも配送してもらうとか、出かけるのが億劫になって通信販売になってしまうとかの生活をしている人も多いのではないでしょうか。

また、はやばやと家の中の段差をなくして、バリアフリーにしたという人もいることでしょう。しかし、家の中に段差をなくしても、外に出れば段差ばかりで、ますます家に引きこもることになってしまいます。
こうして自分を甘やかして、楽をすることばかり考えていると、体はさらに衰え、腰痛や膝痛という苦痛に悩まされることになります。つまり、楽をしたいと思って楽な道を選んだばかりに「苦」を招いてしまうわけです。

日野原先生が「楽を嫌う健康法」を提唱されるのは、こうした「苦」を招かないためだそうです。

しかし、だからといって、すべての人にスポーツや外出を勧めることは出来ません。

日常生活の中で自分に合ったもので自分でできるちょっとした運動なり体操、歩くだけでもかまいません。掃除や草抜きなど体を動かすことが大切です。あまりはやばやと家の中の段差をなくして楽をすると、生きる上での「段差」まで越えられなくなってしまうでしょう。
posted by 田村 季山 at 03:34| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月05日

師を持つ人は幸せ・・・

齢(とし)をとるとどんどん世の中に甘え、尊大になる老人がいるのも事実です。高齢者への誤解の多くは、このような老い方をする人によって引き起こされたのでしょう。

八十歳になっても九十歳になっても人を尊敬し、自立心を保ち、謙虚に勉強するなら、間違いなくいい老い方ができるでしょう。

常に年齢に関係なく、心の底から「この人のように生きたい」という「モデル」や「師」がいれば決して人から嫌われるような老い方はしないでしょう。
posted by 田村 季山 at 03:35| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月04日

ただ長生きすればいいってもんじゃないんです

現代では八十代、九十代は当たり前の高齢社会になってまいりました。が、「ただ長生きをすればいい」というものではありません。

人それぞれ長短のある第二、第三の人生を、いたずらに歳を重ねるだけで終わらせるのではなく、「長生きしてよかった!」と言えるものにしてゆくことがとても大事です。

それには体と心や頭の健康に気を配るだけではなく、誰もが自分の最大の財産である「今まで生きてきた自分だけの人生」をいっそう深めながら、自分のためにも、世の為人の為にもなる「生き方」を工夫していかなければなりません。

年齢だけ見られて「すごい」とか「すばらしい」とか言われても、ただ長生きすればいいっていうもんじゃありません。
posted by 田村 季山 at 03:16| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月03日

「つられない」・・・感情的にならず、いつも淡々と接す

初対面であっても、何度か会っていても、感じが悪い態度をとる人はいます。愛想がない、つっけんどん、ていねい過ぎる、傲慢。少なくとも、好意的でないとはっきりわかるような態度です。
悪意があるのか無意識なのか分かりませんが、やりにくいことは確かです。

こういう人に出くわした場合、道は二つあります。
相手と同じ態度をとるか、それとも自分の基本スタンスを貫くかです。

いくら感じが悪い相手でもそれにつられないで、自分だけは愛情を伝え続ける。つまり、コミュニケーションを破綻させない。
負担が大きいように感じるかもしれませんが、これこそが自分を守る方法です。

なぜなら、いやな態度につられると、嫌な人間関係の連鎖がはじまります。相手の感じの悪さと同じくらい、自分も感じ悪くふるまうと、相手はもっと感じが悪くなるでしょう。二人の間の感じの悪さが高まっていくと、周りの雰囲気までどんよりします。そんな中で、幸せに心地良く過ごせる人は、滅多にいません。

相手の「感じの悪さ」には、さまざまな事情があります。それなのに過剰反応して、「なんだよ」という態度をこちらもとるのは、あまりに短絡的ではないでしょうか。どんなに嫌な態度をとられても、愛情を伝えるとは、相手におもねったり、へつらうことではありません。感情的にならず、淡々と、いつも通りに普通に接すること。これだけで、波だっている相手の心を鎮める愛情表現になります。
posted by 田村 季山 at 03:36| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月02日

今の生活の中の沢山の幸せに気付くこと

仲のよさそうな夫婦であっても多くの夫婦は一つや二つ、相手への不満はあるでしょう。
しかし多くの夫婦は不満がありながらも、「今、手の中にある幸せ」に満足しながら生活しているのです。

「夫婦というものはたいていそんなものなのだ。不満があるのは自分だけではないのだ」ということに気づけば、相手に対してもっと寛容な気持ちになれるはずです。欲張って相手にたくさんのものを求めると、今ある幸せをみずから壊すことになってしまいます。
posted by 田村 季山 at 03:34| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月01日

自分の生活を愛す

「貧しくとも、あなたの生活を愛しなさい」と、アメリカ、十九世紀の思想家、H・D・ソローという人が「森の生活」という著書の中で述べています。

人生は、人それぞれです。お金持ちもいれば、貧乏な人もいます。偉い人もいれば、そうでない人もいます。
しかし、貧しいからといって、地位が低いからといって、その人は不幸なのではありません。

不幸は、自らが「私は不幸だ」と思う心から生まれるのです。

お金持ちになるのを求めてアクセクするよりも、「自分の生活を愛する」ことができれば、幸福な人生になります。
posted by 田村 季山 at 03:20| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月31日

「ダメ男としか付き合えない女」「ずるい女ばかりにつかまる男」

ダメな男ばかりと恋に落ちてしまう女性がいます。ずるいところがある女に、何度もだまされている男性もいます。
このような異性関係で失敗する人には、ある共通したものがあるように思われます。それは、相手に、多くのものを「求め過ぎている」のです。

異性関係においても「求めない」という気持ちを持っておくことが大切です。

相手により多くのことを求めずに、お互いに自立した者同士として、自分のことは自分の責任においてやる。人から「何かをしてもらう」のではなく、相手に「してあげる」ことに喜びを感じる者同士でいること。そのような「求めない人」が、より良い女性、よりステキな男性をゲットできるのです。
posted by 田村 季山 at 03:24| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月30日

人間関係には効率を求めないこと

人間関係には効率を求めてはいけません。無駄な時間の無駄話が関係をつくります。

あらゆる人間関係は、話をきちんと聞いてさえいれば、うまくいくものです。謙虚になって、相手の話にひたすら耳を傾けましょう。急がずに、じっくり、ただ聞いてみましょう。そうすれば、お互いの間に流れる空気は確実に変わります。

たとえ仕事でも、人間関係に効率を求めててはいけません。あくせく急いでうまくいく仕事など、ないものと思っていいでしょう。
posted by 田村 季山 at 03:23| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする