2018年12月12日

「食」の自由の境地

世間には、同じ物を食べることを嫌がったり、それがいけないように思ったりする向きがあります。

ことさらに同じ物ばかり食べる必要はありませんが、違うものが得られない時は、何日でも同じ物を食べて、少しもあきません。(差し支えありません)

それでも、少しも体にさわらないという食べ方が、本当なのです。

お米のご飯。味噌汁、お茶、つけもの。年がら年中、同じものを同じ方法で煮炊きし、同じように食べます。そして、いよいよおいしく、いよいよ栄養になります。これが、食物に対する真の自由の境地と言えます。
posted by 田村 季山 at 03:29| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月11日

「むりせず、いそがず、はみださず、りきまず、ひがまず、いばらない」・・・酒井雄哉さんのモットー

千日回峰行を二度も成し遂げた比叡山飯室谷不動堂長寿院住職・酒井雄哉さんのモットーだそうです。

何事も精一杯やるのはいいことでしょうが、やりすぎてはよくありません。無理してやりすぎるから、プレッシャーがかかり、ストレスになります。人間の運命には浮き沈みがつきものですから、その波に逆らわず、ゆったり構えて生きればいいんです。そうすれば、よりよく生きられるものです。
posted by 田村 季山 at 03:06| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月10日

ことさら「老い」を意識しない

どんなにあがいても、努力しても、老います。肉体は衰えます。老いは自然の現象で誰も食い止めることはできません。その絶対に食い止めることが出来ないことに、食い下がるのも愚かなことではないでしょうか。五十代、六十代になったら、老いを受け止めることも大事でしょう。

アンチエイジングで老いと戦うより、自然の流れにのる。自分や人の目をごまかして生きる選択もありますが、年なりの顔で美しい人を目指すほうがいいように思います。
posted by 田村 季山 at 03:27| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月09日

求めすぎると「苦」になる・・・ほどほどで満足を・・・

自分という存在は宇宙からの借り物、いま、どんなにいい生活をしていても、あの世でいまと同じ生活ができるとはかぎらない。またどんなお金持ちになっても、あの世にお金は持っていけない。いつかは自分の心と身体を宇宙にお返ししなければなりません。だからこそ、いまを精一杯生きなければならないし、反対に必要以上に執着し、こだわってはいけません。

地球にあるパイは一定だから、必要以上に欲しがることは、他人の領域を荒らしていくこととイコールになります。それに、欲は悩みの根源、「求むるところあるは、みな苦なり」といい、もっともっとという気持ちには歯止めがきかないので、そこに悩みが生まれます。

それで、持てなくてもよし、持てればなおよしの気持ちで暮らしたらどうでしょう。欲しい、満たされないという欲はほどほどにして、与えられたもので満足する。

苦しいことこそ楽しいと思ってしまうこと。つらいときにつらいと思うと、ますますつらくなりますが、なぁに、明日になれば風が変わると思えば、楽しくやっていけます。それで人生は楽しくなるんです。
posted by 田村 季山 at 03:24| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月08日

少欲・知足

「小欲知足」の精神は、欲望を抑えろということではなく、そのありがたさを知ることなのです。欲をなくしてしまえとはいいません。少しだけ減らせばいい、「ほどほど」に物事を考えて、それを繰り返していくうちに、やがて「これでもう充分だな」と思えるようになってくるんです。

「足るを知ること」は、己を知ることでもあります。人は案外、自分という人間がどういうものか、わかっていないものですから、自分がどんな個性の持ち主で、どんな性格なのかがはっきりわかれば、自分にとって、何があれば充分で、何が足りないかを知ることができるのです。

物質的な富は決して、人に満足を与えません。心の充実だけが満足の源になるのです。
posted by 田村 季山 at 03:16| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月07日

健康は正しい心から・・・

病気とは、気=精神が、自然の状態を失っていることです。

まばらな竹林に風が吹き込んで来ると、枝も葉も、ざわざわと動きます。しかし風が過ぎると、さっと止んで、元の静けさに戻ります。人の心も必要のある時には、活発に動き、それが去ると、元の静けさに帰って、何も残しません。これが人の正しいあり方だと、古人は教えます。

そういう訳で、正常な体を得ようとするには、何も残さない明るい心が、その根元です。肉体の健康と道徳上の正しい心、それはきっちりと一致するのです。
posted by 田村 季山 at 03:19| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月06日

定年後は自分で変化を創り出す

定年前と定年後で何が大きく変わったかといえば、現役時代は、仕事が進むことで場面が切り替わり、別の行為に移ることができ、次々とシーンが転換していきました。つまり、外からの力によって動かされていました。

しかし、定年後はそうはいきません。自分が動かない限り、場面は変わらず、無為の状態が続いていきます。

単調な日が単調な日を追う。どこって違わない日。
違わぬことをする。またする。
違わない瞬間が我らを捉え、放つ。
ひと月にひと月が続く。
何が来るか、ほぼ見込み済み。
退屈も、昨日と同じ退屈ばかり。
明日が「明日」になってくれぬ。

これはギリシャの詩人カヴァフイスの詩です。

こういう状態の単調な日々からどのようにして抜け出すか?
方法は一つしかありません。そうです、自分自身で変化をつくり出す。これしかありません。
posted by 田村 季山 at 03:22| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月05日

持たない暮らし・・・

「持たない暮らし」というのは、ただどんどんモノを捨てようということではありません。それとは逆で、できるだけモノは捨てたくない。そのために、長くつき合えるモノを選びましょう、ということです。

誰かを真似てみたり、流行ばかりを追いかけるのではなく、自分にとって心地良いモノを選んでいく。そういうモノに囲まれて暮らしていく。若い頃ならいざ知らず、熟年期にもなれば、そんな自分らしい暮らしを心がけたいものです。

古いモノでも安価なモノでも、自分が美しいと思っていればそれが一番です。
posted by 田村 季山 at 02:31| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月04日

「不自由」は心の迷い

目の前の対象に、時に、所に、不自由を感じているのは、実は己のわがまま根性が写ってそうさせるのです。

いかなる環境にも事柄にも仕事にも、不自由は何一つないのです。

時のせい、所のせい、人のせい、環境のせいだと考えていることはすべて心の迷いです。
posted by 田村 季山 at 03:17| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月03日

人生の後半では「何をする」かではなく「誰とする」かを考える

旅をするときは、「どこに行くか」ではなく「誰と行くか」

食事をするときは「何を食べるか」ではなく「誰と食べるか」

話をするときは「何をしゃべるか」ではなく「誰としゃべるか」

人生の半分を越えたと思える人は「物」や「中身」を選ぶよりも、「人」を選ぶことです。

「何をするか」ではなく、「誰とするか」を考えてみましょう。


「同じ方向を向いて、同じ価値観で生きている仲間」「同じ話題を、同じように笑顔で話せる仲間」「お互いありがとうと言い合える仲間」を見つけることに「幸せの本質」があります。
posted by 田村 季山 at 03:33| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月02日

「笑う」と健康になる

ガンになりにくい人や、ガンが治ってしまう人は、穏かで、和やかで、温かい雰囲気に囲まれている人が多いそうです。

ガンに限りません。近代医療を突き詰めると、「穏かで、和やかで、温かい雰囲気に囲まれている人ほど、病気になりにくい」ということがわかってきました。

「穏かで、和やかで、温かい雰囲気」をつくるには、まず自分自身が「笑顔になる」ことです。それも、「面白いことがないときでも、いつも笑う」「なんでもいいからとにかく笑う」ようにするのです。

いつも、どんなときも、「笑顔」を絶やさないことで「穏かで、和やかで、温かい雰囲気」がつくられます。
posted by 田村 季山 at 03:32| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月01日

苦難は幸福に入る門・・・

苦難は、生活の不自然さ、心のゆがみの映った危険信号です。ここに幸福に入る門があるのです。

これがはっきりわかれば、もう苦難を恐れ嫌うことはなくなります。

そうすれば、喜んで苦難に立ち向かえ、笑ってこれに対処できます。

そして苦難の原因になっている生活の誤り、心意の不自然さを取り去ると、かつ然として幸福の天地が開けて来ます。
posted by 田村 季山 at 03:13| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月30日

行動する・・・

感動は誰でもできます。感動しても行動しなかったら、ただ知っただけ。感動を行動に変える。

五十、六十になって「もう人生は決まってしまった。こんなものだ」と自分の人生に見切りをつけているあなた、こんなもののまま死んでいいのですか?

せっかく、もらった命なのだからやりたいことをやって「これでよかった」と笑って死ぬ方がいいですよ。

これからでも、自分次第で、人生はどうにでもなります。
posted by 田村 季山 at 03:22| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月29日

オシャレをして人に喜びを

オシャレは、自分のためにするのだが、人のためでもあります。オシャレは、人を喜ばすことができます。

つまり、オシャレは他人に対するサービスなのです。
会合など、オシャレをしてくる人は、人に喜びを与える人なのです。
「わたしは目立つのが嫌いで地味な格好が好き」と、かまわない服装で来る人がいますが、好みの問題ではなくサービス精神の問題なのです。若いときと違い、五十代にもなったら、少しは人を喜ばせることを考えてもいいのではないでしょうか。

オシャレは最も手軽に人に喜びを与えるものです。オシャレは高齢者になればなるほど必要です。オシャレな五十代が六十代になり七十代になり八十代になれば、日本は素敵な老人国になります。みんながオシャレを心がけると、日本中お花畑のようになるでしょう。オシャレして社会の花になって暮らしましょう。
posted by 田村 季山 at 03:32| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月28日

綺麗な暮らしが心を整える

外で会っている時はわからなくても、家の中を見るとその人がわかります。家はその人の生き方を表します。

部屋のゴミは心のゴミを表します。年寄りだから、ひとり暮らしだから、汚いのではなく、生活は若いときからの習慣です。年齢のせいにしてはいけません。

年寄りでもこぎれいに暮らしている人はたくさんいます。
つまり問題は、その人が人生を楽しんでいるかどうかなのです。
テレビで片付けられない人の特集をよくやっています。片付けられない人は、心に問題を持っている場合が多いのです。つまり、家の中のゴミは、心のゴミを表しているのです。

明るく、毎日を楽しんでいる人たちはみんなこぎれいですがすがしい人が多いようです。

掃除、洗濯、炊事などの当たり前の作業こそが、心を安定させることにつながるのです。何か問題があっても、いつも掃除、片付けをして部屋をきれいにしておくと心も落ち着き整えられ、すべてが良い方に向かうものです。

年を取って来ると何事もおっくうになってきますが、きれいに暮らすことを心がけたいものです。
posted by 田村 季山 at 01:03| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月27日

人生最後の日まで心の鍛錬を・・・

定年になると急に老けてしまう人がいます。お金もあるし、住む家も立派、子供や孫もしっかりしているのに、何か満たされないのです。

今のような時代に年寄によい仕事をさせるような場はないでしょう。またそのようなことを無理にやれば、体を壊すことにもなりかねません。無理をする、いわゆる年寄りの冷や水です。

そんなことをするより心を磨くこと、仏様のような心に近づくことに時間を使うべきです。現役の時には時間に追われて、心を磨き高めることはできなかったのではないでしょうか。本をじっくり読んだり、名曲や名画といった芸術に触れる時間もなかったのではないでしょうか。

しかし、今は誰もその試みを妨げるものはないのです。ですから今こそ、今までできなかった心を磨くことをする時期だと思うべきなのです。最後の一歩をどのようにするのか、それはすべての職業、すべての道に通ずるもっとも重要な判断だと思われます。
posted by 田村 季山 at 03:25| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月26日

心が乱されないことが一番・・・

ガンになったり、夫や妻が認知症になったり、遺産相続のことで家族が憎しみ合うようなことがあると、何のために働き、何のためにお金を貯めたのか、何のために勉強してきたのかと、今までの努力が無意味に感じられ、そんなことよりも、病気にならない、家族仲がよい、仕事も続けられるということの中に本当の幸せがあることを痛感します。

大金を儲けたり、地位が上がったり、大きな家に住んでいても、心の平安がない時には、そんなものよりも、心が乱されないことの方が大事であることがわかります。

財産、地位、名声など、持っているもの、理解しているものなどは結局意味がなく、心が乱されないということが一番大事なのです。

年をとって体も病に冒され、家族にも問題がおこります。このような問題ができるだけ少ない、あるいはないということがもっとも大事なことで、そのことがわかるようになることが一種の悟りなのです。
posted by 田村 季山 at 03:40| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月25日

とらわれない・・・

この世には絶対に正しいということはありません。同じことをしても正しいこともあれば、正しくないこともあります。

自分の作った人生観に固執し、これを変えることができないと、何か起こったときに心を傷つける感情が生まれます。仕事なども、自分はこの仕事でなくてはだめだなどという仕事はないのです。何でも自分の考えを変えられれば、問題はないのですが、どうしても固執すると心を傷つける感情が生まれるのです。

「これでなくてはだめだ」などという考えはないのと同じように、「この意見は常に正しい」という意見もありません。一つの考え、一つのやり方にとらわれてはいけません。ある考えにとらわれると自由が効かなくなります。

そのことは結局私たちを苦しめるような結果になります。
私たちは「正しい」と思うことにはとらわれがちです。何ごとにもとらわれてはなりません。
posted by 田村 季山 at 01:06| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月24日

言 霊

言葉は、力を持っています。

人を動かします。自然を動かします。言っているとその通りに成ってきます。

朗らかな言葉を語っていると、境遇は喜びに満ちてきます。

言葉は常に選んでしゃべることです。
posted by 田村 季山 at 03:15| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月23日

賜生(しせい)・・・天から頂いている生を大切に生きる

自分の身体、自分の命は自分のものと私たちは思っています。しかし、すべては天地から借り受けたものです。天地から借り受けたものならば、粗末にしないで、その価値を十分に発揮させ、時期がきたらお返しする。それこそが天地の心にかなう生き方でしょう。

天地から賜った自分という人格を年とともに成熟させ、もっとも完熟した形で生を終える・・・・そういう人生を歩みたいものですねぇ。
posted by 田村 季山 at 03:29| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする