2017年12月16日

あらゆることに気を遣うことはやめましょう

自分の心を広げ、許容量、寛容度をあげましょう。

あらゆることに、気を遣うのをやめましょう。

多くの人は、自分の価値観の中に相手を連れてこようとして苦しみます。

その人の良いところも悪いところも踏まえた上で、そのまますべてを受け入れてしまえばいいのです。

「世の中には、そういう人もいるよね」と、自分の価値観を押し付けないで、何でも自分の思い通りにならなくても「気にならない人」に自分がなればいいのです。

相手を変える必要なんかありません。自分が「気にならない人」になったら、それですべて終わりです。
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2017年12月15日

この世には素直に受け入れなければならないこともある

自分の力で変えられることと、変えられないことをわけ、そのうえで、自分の力でどうしようもないことは、素直に受け入れましょう。

いま、自分の努力で変えられることだけに力を入れてみましょう。

過去や未来に意識をもっていかないこと、心配になったり不安になったりするからです。
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2017年12月14日

謙虚に生きて品性を高めましょう

物質的に豊かになったからこそ、恵まれないところを振り返って謙虚に生きる。

「ありがたい」「うれしい」「おいしくいただける」という謙虚な気持ちを持ち続けることが大切です。

品性は、食べ物を贅沢にし、高級なものを身につけたからといって、備わるものではありません。また、高い学歴や社会的地位、肩書によって身につくものでもありません。

謙虚な生き方が、言葉やしぐさや人相としてそのまま表れ、その人の品性を高めます。

私たちは衣食の豊富さに見合った品性の向上に努めなければなりません。
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2017年12月13日

明日の死を前提に今日を生き抜く

「いかに永く生きたかでなく、いかに良く生きたか」が大事です。
長寿者の話を聞くと、別に長生きの目標を立てたわけではないそうです。毎日を思い煩うことなく楽しく、規則正しく過ごしてきた積み重ねが、つまり良く生きた結果が長寿に結びついたわけで、これは素晴らしいことだと思います。

「長生きしようと食べ物や健康法に凝るのは、それ自体がストレスになりやすい。どんなに注意して生活していても、人間には寿命がある。だから、明日死んでもいいくらいの気持ちで今日一日を充実して過ごしていれば、いつ寿命がきても満足して旅立てる」と斉藤茂太さんは言われます。

自分を成長させ、お金を稼いで子供を育てていく第一の人生には目標も必要ですが、第二の人生まで目標を立てて明日に期待するのはどうかとも思います。

それよりも、今日一日をどう充実して過ごすかという覚悟を身につけていく方が大切な気がします。そうすれば、明日もきっと楽しく過ごせるはずです。
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2017年12月12日

要は「接し方」次第

人間というものは、こちらが陰気に心を閉ざしていると、相手も同じように心を閉ざしてしまいます。逆にこちらが明るく心を開くと、相手も心を開いてきてくれるものです。

この世の中には悪い人間はいません。自分と気が合う人間と、気が合わない人間がいるだけです。

要は接し方です。

気が合わないときほど相手をほめてみること。そうすると相手も気分がよくなって話しかけてくれるし、自分もその気になって話も弾むはずです。

敵を好んでつくるものではありません。敵と思われている人を、どう自分の中で消化するかです。

そうすれば、人生はもっと楽しいものになるはずです。
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2017年12月11日

のんびりしていると若年寄になる・・・?

若さとは、目標のある人生から生まれます。

若さとは、明日の行動目標から生まれます。

若さとは、不可能の理由よりも、可能性を追求する精神から生まれます。

若さとは、暦年齢ではなく、精神の溌剌さから生まれます。

人生をバラ色に染めるのに、若さは欠かせません。

しかし、七十の若者もいれば、三十の年寄りもいます。

あなたはどちらに属するでしょうか。
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2017年12月10日

善いことも悪いことにも感謝する

災難や病気は「お前に期待しているぞ、これを通してそれに気づけよ」という天からの何らかのメッセージだと受け取る。

現在の現象も、人と人とのご縁も必然。すべては成ってきたものであると受け止め、どんな時も愚痴や文句、不平不満を言わないで陽気に暮らしていく。

そういう心境になることが、目指すべき境地でしょう。

困難に出遭っても、そこで反省し心が変わると、今度はそれが節となって、そこから芽が出ます。

だから楽あれば苦あり、苦あれば楽あり、その反動を最小限に食い止めるには謙虚になって、いいことがあればあるほど謙虚になることが大切です。
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2017年12月09日

「おかげさま」と受け止める

本当は、待ち望んでいたことがやって来た時よりも、困ることがやってきた時に、人間は人間になれるものです。

人の世には悲しみを通さないと、見せていただけない世界があるものです。

みなさんも、いろいろな悩み、苦しみ、心配ごとを持っておられるかもわかりませんが、そのことを経験した「おかげさまで」というような受け止め方ができるようになれると、そのことを通して、深みや優しさが増し人間性が高まってゆくものです。
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2017年12月08日

死ぬまでは生きる事を大事に・・・

「浜までは海女(あま)も蓑(みの)着る時雨(しぐれ)かな」
これは芭蕉のお弟子さんの俳句です。

時雨が来た。海女さんは海に入るわけですから、浜まで濡れてもどうということはないけれども、やはり浜に行くまでは蓑を着て自分を雨から守っていかなければいけません。

死ぬ時は死ぬことに対して穏かに、そしてきれいに死んでいかなければならないけれども、死ぬまでは生きることを大事にしなさいということです。

それが大事な覚悟なのだということです。「生きる覚悟」です。
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2017年12月06日

ゆっくりしていましょう

自分の人生を、いつでも締め切りでいっぱいにして、人生の楽しみを締め出してしまうのは、実に愚かな自己懲罰です。

時間の切迫感が、私たちのパーソナリティーをがんじがらめにしていることに気づかなければなりません。

「生き急ぎ」しないこと。「せっかち」を捨て「ゆっくり」していましょう。

迅速な時間に動じない平然さ、泰然自若さ、のどかさを心に養っていきましょう。
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2017年12月05日

心は常に楽しくしているように

人間は怒ってはならない。

悲しんではならない。

心配してはならない。

暗い気持ちに沈んではならない。

怒りや、悲しみや、心配や、暗い気持ちは、自分を殺すものです。

自分の身体の中に毒素をつくります。

腹立ちや、心配や、嫉妬心や、不平や、悲しみは人間の命を殺すことになります。

心の悩みや、呪いや、神経質的なものはすべて人間を害するものです。

心は常に楽しくしているように心掛けなければなりません。
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2017年12月04日

すべては自分のためにやっているのです

問題解決するためには、まず自分のエゴに気づくところが出発点です。

「あなたのためにやっている」と思っているところに、問題があるのです。

「人のため」と言いながら、「自分のため」にやっていることが多いでしょう。

「やらせてもらって、ありがたいです。充実感が得られて幸せです」という気持ちがあれば、うまくいきます。

結局、すべては自分のためにやっていることなのですから。
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2017年12月03日

完全ではないと考える

「私は不完全な人間だ」と知ることで、つねに自分に気をつけるようになります。

「自分は不完全だから、いつでも失敗する可能性がある。まちがいを起こす可能性がある」と知っていれば、つねに気をつけて生きるようになります。

「自分は不完全だ」と知っている人は、「完全」に至る道を歩むことができるのです。
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2017年12月02日

事なかれ主義でなく、凛とした気骨を・・・

近頃、些細なことでキレる感情暴発が高齢者の中にも増えたようですが、あれは元来、未熟者の特徴です。

シニアなら、本気で怒らなければならないことは、一生に二度か三度くらいで、ほかは大体どうでもよいことと悟りたいものです。

ちっぽけな智、稚拙な情、つまらない意地は超越して、もっと円熟した精神の高みにのぼりたいものです。これには努力する。

しかし、事なかれ主義のような暮らし方はしない。

平穏無事を最善とし、そのためなら何にでも妥協し同調し迎合する生活態度はとらないようにする。いつもニコニコ、ヘラヘラばかりしていない。

軟体動物ではなく、本来の自己というシャンとした気骨を持った個体の生き方を貫ければいいですね。
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2017年12月01日

いつも上機嫌でいること

老人は、酸いも甘いも噛み分けていて、上機嫌でいることが最上です。

気分というものは、成るがままに放置していると不機嫌に傾きやすいものです。

ですから、いつも私たちは、自分の気分に関心をはらい、怠惰をしりぞけ、上機嫌を保つように努力することが肝要です。

不機嫌は自分自身にも周りの人びとにも害になるので、れっきとした罪悪です。
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2017年11月30日

いい加減に・・・

流されることを愛してください。そして流されながら、しかし最後まで、小さな希望だけは明確にしているという生き方をしてください。

「いい加減」という言葉は実にいい言葉です。

塩味、お風呂の温度、花の咲き具合、それぞれにいい加減というものがあります。

同じ個人でも、日によって状態によって好みも変わります。

一杯目の茶はぬるく次は熱かったことを褒めた人もいますし、今日は少し辛い味で食べたい日もあれば、寒風の中を帰ってきた時には熱めのお風呂に入りたいものです。

とにかくのんきに、いい加減にやりましょう。
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2017年11月29日

この道に悔いはない

何十年かこの道をひたすら歩いてきた。自分の選んだ道だから、一つも悔いはない・・とする。

いきがかり上、そうせざるを得なかった人もいるでしょうが、自分から選んで積極的にそうしたという人もいます。どちらでも構いません。

この道を歩む以上は、これが最善だったと思う以外にありません。人生はUターンができません。「ああすればよかった、こうすればよかった」と思いわずらったところで、過ぎ去った日々は帰ってきません。

人生はそのつどリハーサルのない本番のドラマを演じているものなのです。

悔いなき瞬間を送りましょう。そうでなければ「時」に申し訳ありません。
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2017年11月28日

死にざまを見せる

立派に端然として死ぬのは最高です。それは、人間にしかできない勇気のある行動であり、生き残って、未来に死を迎える人々に勇気を与えてくれます。

それにまた、当人にとっても、立派に死のうということが、かえって恐怖や苦しみから、自らを救う力にもなっているかもしれません。

しかし、死の恐怖をもろに受けて、死にたくない、死ぬのは怖い、と泣きわめくのも、それはそれなりにいいのです。

人間は子供たちの世代に、絶望も教えなければなりません。明るい希望ばかり伝えていこうとするのは片手落ちだからです。

一生、社会のため、妻子のために、立派に働いてきた人が、その報酬としてはまったく合わないような苦しい死をとげなければならなかったら、あるいは学者が、頭がおかしくなって、この人が、と思うような奇矯な行動をとったりしたら、惨憺たる人生の終末でありますが、それもまた、一つの生き方には違いありません。要するに、どんな死に方でもいいのです。

一生懸命に死ぬことです。それを後に残る者たちに見せてやることが、老人に残された、唯一の、そして誰にでもできる最後の仕事なのです。
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2017年11月27日

饒舌の弊害・・・

沈黙の弊害よりも、饒舌の弊害のほうが大きいものです。

しゃべるほど味が薄くなり危険が増してきます。

話の効果は時間に反比例します。必要なときに、必要なことを、必要なだけ、そして必要な方法で、というのが原則です。

しゃべる量で相手を圧倒しようとするのは愚かなことです。

だいたい、しゃべりすぎるとしまりがなくなります。もっと危険なのは、だまっていればことを起こさないですむものを、いらないことまで口走るから、「キジも鳴かずば撃たれまい」という結果を招いてしまうのです。

ピリッと効(き)く、小粒の山椒のように、煮詰まったエキスを話したいものです。
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2017年11月26日

少欲と知足が幸せにつながる

凡人が一切の欲望を捨て去ることは、なかなかむずかしいことです。

だとすれば、少欲に甘んずることが現実的な解決法というべきでしょう。欲が深いと、いろいろなものに不満が出てきます。

不満をたらたら言うだけでは、この世はあまりに住みにくいもの。問題の解決にもなりません。

幸せは感謝の裏返し。少欲に甘んじ、足るを知る人こそ生きる幸せをつかむことができます。
posted by 田村 季山 at 03:34| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする