2017年06月04日

趣味と実益を兼ねようと思わない事

よく、そのうち商売にして・・・と皮算用つきでカメラなどはじめる人がいますが、そうした不純な動機でスタートしては、趣味は長続きしないし、ましてや老後の生きがいにはなりません。

趣味と実益を兼ねるようなことはするなと、老婆心ながら言っておきます。

趣味は趣味として、損得を離れて打ち込むからこそ楽しいのです。実益を得ようとすると辛さや苦しさが生まれます。苦しくては老後の楽しみ、生きがいどころではなくなります。

あくまで余暇の充実のために趣味はあるのであって、実益を得るためにあるのではありません。趣味で実益を釣ろうと考えないこと。趣味をできるだけ「生活」から遠ざけておくこと。「純粋に遊び」として趣味をとっておくのが、老後の生きがいづくりには大切な点です。

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2017年06月03日

仕事抜きで付き合える友人をつくりましょう

友人は、受身で待っていてはできません。自ら行動するしかありません。とにかくいままでとは違う環境に身を置くことです。そうすれば、必ず新しい人間関係が生まれます。

現役だろうが、定年後だろうが、仕事以外の個性的な肩書きのついた名刺を作っておくと、相手に覚えてもらいやすいものです。

友達をつくるには五つの点に注意するといいでしょう。
一、身分の上下にかかわらず、損得抜きでつきあうこと。
二、なるべく明るく振る舞うこと。
三、聞き上手になること。
四、謙虚になること。
五、なるべく若い友人をもつこと。

友達はお金では買えません。生きていくうえでかけがえのない存在であり、財産です。よい仲間がいれば、悲しみは半減し、喜びは倍増します。人を傷つけるのも人間なら、凍えた心を温めてくれるのも人間です。

とはいえ、友達を増やそうと無理してつきあうことはありません。そのためにくたびれてしまったのでは何のための友達かわかりません。せっかく会社のしがらみを離れることができたのです。つきあいたい人間のストライクゾーンは狭くて当然です。必要以上に他人とうまくやろうとは思わないことです。


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2017年06月02日

やりたいことを楽しみましょう

人間、五十を過ぎれば、もう自分の性分はわかります。日がな一日、ボーッとしていられたら「それで幸せ」という人はいい。定年後、無趣味でも困ることはないでしょう。

しかし、「そんな生活は到底耐えられそうもない」という人は、現役のうちから定年後の安楽を、文字通り安んじて楽しめるような飽きの来ない趣味をみつけておいたほうがいいでしょう。

その場合の基本原則は、お金があまりかからない、師を必要としない、一回に何時間もかけない、の三つではないでしょうか。

趣味は人に与えられるものではありません。自分で発見し、楽しむものです。無論、年齢制限などありません。若者が楽しんでいることを中高年が楽しんでいけないはずはありません。

「いい年をして」などと言われようが、やりたいことを楽しめばいいのです。趣味を通じた人の輪もできます。年がいもなく生きる、それこそが人生を楽しくするのです。
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2017年06月01日

定年後、金を増やそうなどと考えない事

貧乏性というのでしょうか、定年後も節約倹約で少しでもお金を残そうとする人がいます。「この先、いくつまで生きるかわからない。どんな大病を患うかもしれない。蓄えはいくらあっても多すぎることはない」、そんなふうに考えてしまうのでしょう。

気持ちはわからないでもありません。が、そんなことを言い出したらきりがありません。人生とは無常なもの。先のことなど心配したところで、明日ポックリ逝くかもしれません。あるかどうかわからない五年先、十年先のことを心配するより、今日を大事にしたほうがいいのです。

幸福は山の頂にだけあるわけではありません。麓にだってちゃんとあります。だから、お金のある生活を羨み、我が身を嘆く必要などありません。

お金というのは、あるならあるなりに、ないならないなりにつきあえば、それなりに幸せな生活が営めるようにできているのです。

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2017年05月31日

自分へのサービスを優先させる

休日だから遊び、休むのではありません。必要だから休み、遊ぶのです。

自分の身体が休息を要求していたら、家族の希望などたまには無視しましょう。それくらいは許されるでしょう。

ゴロ寝や居眠りで過ごすのもよし、粗大ゴミ扱いされてもいいではないですか。粗大ゴミ、大いにけっこう。自分の都合と意志で「何もしない」でいいのだから、粗大ゴミとののしられても泰然自若、春風駘蕩としていればよろしい。

何もしないでも平然としていられるのは大人の証しであります。

家族サービスも大切です。けれど、自分の時間をつくるためにも月に二回、いや月に一度でいいから、家族サービスなど忘れ、自分優先の週末を過ごしてみることをすすめます。
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2017年05月30日

出来ることは「いま」やらないと・・・

あなたの「いま」は、あなたの人生そのものです。「いま」できないことは一生できなくなります。考え方を切り替えるのなら「いま」それを実行しなくては、明日ではできなくなり、一ヶ月、一年後もできなくなります。

そして、実行できたら、その「いま」をできるだけ多くしていくこと。そうすると、それが自然に身について、今度は無意識のうちにムダな時間を過ごすようなことをしなくなります。

人間の行動の大半は無意識の行動ですから、そういうクセをまず身につけることが肝心です。

以上のような考えもありますが、自分の自由にのんびり時間を気にせず過ごすという生き方もあります。

どちらでもお好きな方を・・・。
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2017年05月29日

絶対必然即絶対最善

この世における色々のよからぬこと、また思わしからざることも、必ずそこに意味があるといえます。

そこで今この信念に立つと、現在の自分にとって、一見いかにためにならないように見える事柄が起こっても、それは必ず天が私にとって、それを絶対に必要と思し召されたゆえに、そのように与え給うたのであると信じることです。

あらゆることは、絶対必然であり絶対最善であったのです。

あらゆることは、私たちに与えられた「機会」なのです。
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2017年05月28日

健康を維持するための心の持ち方

一、寛(ひろ)い心をもつこと(度量)
二、深い情をかけること(慈悲)
三、みんな仲良くすること(太平)
四、喜ぶ心を持つこと(感謝)
五、色は匂えど散るものを(無常)
六、向こう三軒両隣が大切(親睦)
七、長い眼で見ること(忍耐)
八、柳に風折れなし(柔和)
九、越されぬ河は越さぬこと(諦観)
十、時の過ぎぬ間に働く(努力)

これは西式健康法創始者の西勝造が提唱した心の健康を保つうえでの「十訓」です。
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2017年05月27日

自分の経験を後から来る者に伝えよう

定年後働くのは代価を得るためばかりではありません。毎日毎日を規則正しく生きることができるためばかりでもありません。働いて、学ぶというためでもあります。

学ぶということは、教わることです。若い人から教わり、学ぶことができる人はもうそのことだけで幸せです。老人に教えることができる人は、老人から教わることもうまい、と思っていいでしょう。

若い人から真摯に学びながら、この若い人に何ごとかを伝えることができれば、うれしさも倍加するに違いありません。

人生も後半期にさしかかってきたならば、自分のこれまでに学んだものを他者に少しでも伝えることができたら、再生産であり、望外の喜びを生みます。仕事で、とくに定年後を前後しての時期に、自分の経験を少しでも後輩に伝えることができたら、いうことはないでしょう。 じつに人は学びながら教えるということが好きなのです。

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2017年05月26日

一瞬一瞬を精一杯に生ききる

日々を生きるように、あなたは一生を生きるのです。この先何日もあるのだから、今日は
どうでもいいだろう、というのは、私たちが陥りやすい罠です。

すばらしい人生とは、満足して送れた日々の連続にすぎません。毎日が重要で、最終結果の質に影響を与えます。過去はもはや存在せず、未来は想像の産物にすぎないのですから、今日という日しかないのです。

失われた機会はめったに戻ってきません。今日、生きるための情熱を増やし、今日に続く日々への関心を高めようと誓ってください。

人生を変えようという決意は、日々の一瞬一瞬を精いっぱいに生きるという決意です。
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2017年05月25日

遅すぎるということはありません・・・

新たな希望や夢は、いつ何時、人の心に湧いてくるかわかりません。ちょっとしたきっかけで、それまで無関心であったものに、急に興味が湧いてくるというケースは決して珍しいことではありません。ところが人はそこで余計なことを考えてしまいます。それは、周囲の自分に向けられた目であったり、時間であったりします。

たとえば、もう一度大学で勉強したいと思っても、なかなか実際に大学に通うことにはなりません。何が障害になっているかというと、これからやっても、というあきらめの気持ちなのです。

今からでも決して遅くはありません。

自分の本当にやりたいことが見つかっても、仕事があるからとか家庭があるからとか、いろいろ理由をつけて、気づいたのが十年遅かったなどと言ってやらずにあきらめてしまうのは、実にもったいない話です。希望や夢を叶えようとするのに遅すぎるということはありません。

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2017年05月24日

一瞬一瞬を存分に味わう

存分に生きてきた人は、生まれてきたことへの感謝で人生をしめくくることができます。残される者たちは、その時大きな贈り物を手にします。その贈り物とは、人との出会いの喜びと、今こうして生きているということの喜びを、以前にも増して深く感じ取れるようになったことへの気づきです。

年老いてから迎える死は、まるで古木がゆっくりと立ち枯れていくように無理がなく、苦痛もともなわないといいます。それは、なんと有難いことでしょうか。愛する人たちに「ありがとう」を伝えて旅立てたなら、それ以上に望むことはありません。

「生きていてよかった」と心から言えるように、生きているかぎり、この一瞬一瞬を存分に味わうことに力を出し惜しみしないことです。
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2017年05月23日

忘れる事

人は未練があると、すべてのことの、解決がつかなくなります。

未練を断ち切る最良の方法は忘れることです。思い出さないことです。

世の中のあらゆることは、「忘れる」「思い出さない」ということで、解決されることが多いものです。
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2017年05月22日

心を柔らかくして笑いましょう

多くの人々はあまりに心が窮屈で、固くなったり、尖ったり。構える心で用心したり、心の柔軟性が欠けていることが多いものです。もっと人生を幸福にするためには心を柔らかくすることが必要です。

多くの人は、自己批判や、自己反省が強すぎて、常に自分自身を批判しすぎ、自分をまるで悪人のように思って、自分自身を苦しめています。これは決してよいことではありません。

自己批判や自己反省はある程度まで必要ですが、あまり分量の過ぎた自己批判や反省は一種の心の病気です。こういう色々の心の癖で、心が窮屈になり、暗くなり、押し詰められたような感じで、窒息しそうになる人は、出来るだけ笑うことを稽古することです。

笑いは心の窮屈さを取り去り心の固まりをとり、悲しみや、屈辱や、怒りを忘れさせ、心をやわらかくして、心の中につまっていた毒ガスの息抜きをさせます。

笑いは、本来人間の心の中にある喜びの感情を外にあらわす迎え水になります。もっともっと笑いましょう。面白くないことがあって笑えない時は、鏡を見てわざと笑顔してでも笑いましょう。

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2017年05月21日

「今度」「そのうちに」は永遠にありません

感謝の気持ちを表すことは重要です。そのうちになどと思っていてはいけません。何かをしてもらったら、家族でも誰でもその瞬間に「ありがとう」と言いましょう。言いそびれると、もう機会を失い、自分の気持ちを伝えることができません。その瞬間を逃してはならないのです。

知り合いから好意を受けた時、何かを贈ってもらった時にはすぐお礼の返事を書きましょう。後になってもお礼の手紙を書かないのはもってのほかですが、お礼が遅れると相手の受ける印象が違います。すぐに返事をもらうのは嬉しいものなのです。
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2017年05月20日

十人十色

どのような人も欠点だらけです。それはあなたに欠点があるのと同じです。社会の上のほうで活躍する人、人を指導する立場にある人でも同じです。

もし、あの人にはあんな嫌なところがある、あんな欠点があるといってその人を排除していったらつき合う人はいなくなります。

他人の欠点を認めましょう。他人が自分と異なることを受け入れましょう。それは他人が私たちと顔も姿も違うのと同じです。顔や姿が違うということは、脳も違う、考え方、感じ方も違うということです。

人は皆違い、皆異なった考え、感じ方をするものだと思って人とつき合うことが人間関係をよくする上で必要なことなのです。

他人にも優しく、自分にも優しく接しましょう。


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2017年05月19日

限りのない努力が大切です

仏教では、私たちの生命は現世のみではなく、来世、再来世と続くとします。私たちの運は、私たちの思うこと、話すこと、行うことが慈悲に基づいていれば好転するし、無慈悲に基づけば運は悪くなります。

ですから、来世の運は現世の最後の生き方で決まると言ってよいのです。つまり、定年後や晩年は来世の準備期間だとも言えるのです。

龍沢寺の山本玄峰老師もおっしゃるとおり「七十歳より八十歳、八十歳より九十歳、九十歳より百歳、百歳より死んでから」の限りない努力が大切です。
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2017年05月18日

小さな縁をも大切にする

小才は縁に出あっても縁に気づかず
中才は縁に気づいても縁を生かさず
大才は袖すりあった縁をも生かす。

これは、柳生流の元祖・柳生石舟斎の言葉です。剣の達人というばかりでなく、人間学にも達していた石舟斎の含蓄がうかがえます。

人生の行路には自分の師と仰ぐ人は至る所にいます。心を謙虚にして周囲の言葉に耳を傾け、袖すりあったほどの小さな縁をも活かして大切にしていきたいものです。
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2017年05月17日

「歳をとったなぁ」「もう歳だから」と決して言わないこと

「老化」というのは、一種の心理的な病に過ぎません。

たしかに歳をとれば、体の一部が弱くなる「加齢」という現象は存在します。しかし、「老いる」とか「おじいさんになる」「おばあさんになる」というのは、単なる私たちの思い込みに過ぎないのです。

では、どうして現実に、人は「自分が老いた」と思うのでしょうか?

それはまさに、「歳をとったなぁ」という一言が原因です。

自分で自分を洗脳して老いに向かわせているのが真実の姿なのです。

「歳をとったなぁ」「もう歳だから」と決して言わないこと、決して思わないことが肝要です。

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2017年05月16日

毎日の生活が真剣であれば・・・

毎日の生活が真剣で「ふやけて」いなかったら、老後の心配など、ない筈である。

老後の心配というものは、充実した生活の消滅した瞬間が「死」というものであるとしたら、私たちの生活には、老後というものの存在する隙間はありません。

・・とそうゆうようなことを、宇野千代さんがおっしゃっているのを読んで、「う〜ん凄い」と唸ってしまいました。

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