2018年05月06日

味方は褒め、敵の事は何も言わない・・・

この世には分かっているのに言わないだけという場合が多くあります。

それをわざわざ言うと、この人は、いつも告げ口をする人だという印象をもたれます。

この世では、こちらは二つの目で社会を見ているに過ぎませんが、世間は何千、何万の目でこちらを見ています。

あなたの行動、言葉は多くの人に聞かれていると言ってもよいでしょう。

ですから敵と思われる人のことを何か言うことは、何千人の人に聞かれているのと同じことなのです。

「味方のことは決して批判しない、敵のことは何も言わない」ということはとても大事です。
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2018年05月05日

みっともないことはしない・・・

「みっともないことはしない」

「卑しいことはしない」

「浅ましいことはしない」

「はしたないこはしない」

「人様に顔向けできないようなことはしない」

「お天道様に顔向けができないことはしない」

かつて日本人は、そうしたもので利己心を厚く包み込んでいたものです。

そうゆう心の厚みが、世界でもずば抜けていました。

いま、日本人は、野心や虚栄心をむき出しにしてお金や地位を求めて狂奔して、利己心を露にした人たちのぶつかり合いの時代です。はしたないことです。

かつての日本人の心を復活させる努力が一人ひとりに必要です。
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2018年05月04日

お金、モノ、時間を粗末にしない・・・

お金も、モノも、時間もたくさんあると価値が下がって、ついつい粗末にするようになってしまいます。

そして、お金や、モノや、時間を粗末にする人は、人まで粗末にするものです。

人を粗末にするということは、どういうことかというと、人の骨折りや労働を正当に評価しないということにつながっていきます。

いま、大企業は下請け、孫受けの人たちの労働を評価していません。

値切ることしか考えていません。弱いところへしわ寄せがきます。

お金でも、モノでも、時間でも、少ないと価値が高くなるものです。

いずれも大事に扱うことが大切です。
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2018年05月03日

条件を付けずに前に進む

明るく幸福な人生を生きるために、自分で勝手に条件をつけてはなりません。

「こういう条件が揃えば自分は幸福になる」といった条件をつけてはならないのです。

「お金が一千万円あれば幸福になる」「よいところに就職できれば幸福になる」「よい人と結婚したら幸福になれる」「よい学校を卒業したら幸福になれる」というような条件をつける心は、卑怯な心であることを知ってください。

そのような条件にかかわりなく、みずから明るく人生を切り開いていこうとしている人の前には、見事な人生が開けてくるのです。

決して条件をつけてはなりません。「こういう条件さえあれば」「これさえなければ」という考え方と、きょうで「さようなら」をしましょう。

きょうからは、「これが不足だから自分は幸福になれない」というような理由は考えないことにしましょう。

言い訳はやめましょう。愚痴を言うのもやめましょう。

心の中に明るく建設的な種をまいていきましょう。

そうすれば、素晴らしい花が必ず開いてきます。
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2018年05月02日

あげるときには「ただ」であげること

優しさや気遣いなど、人への愛は与えきりであり、一方通行だと思っていましょう。もし愛が返ってきたならば、「得をした」と思えばよいのです。


「他人にしてあげたことを覚えている人ほど、自分が他人からしてもらったことを忘れやすい」という傾向があります。


大切なのは、「他人に何かしてあげるときには、与えきりにして、それを忘れる。逆に、してもらったことは長く覚えておき、感謝していく」ということです。


これが基本的な考え方です。

「相手に善意や幸福を与え返してもらって初めて満足できる程度の、善意や幸福しかもってない」というのでは少し淋しすぎます。
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2018年05月01日

亡くなった人は至福の世界に・・・・

亡くなった人は至福の世界にいるから悲しむことはありません。むしろ亡くなった人のために喜びましょう。

悲しむ必要は一つもありません。

しかし、若い人が亡くなると、この世にいたら、やりたいことがいっぱいあったに違いない、心残りだったろうなと私たちは思います。

ところが、亡くなった人は、この地上の満足とは比較にならないほど大きな満足の中に入っています。

この地上にいたらやりたいことがいっぱいあっただろうにというのは、自分の浅はかな考えです。

あの世に行った人は喜びの大海原の中で、自由にすいすい泳いでいるのです。

喜びに浸っています。その人のためにともに喜びましょう。

あなたは大切な方を失ったあとで、その人が喜んでくれるから自分も喜んで生きよう、と決心する根拠はそこにあります。

私の愛する人があんなにも幸せな世界にいる、と信じてその人の幸せをともに味わう、という喜びで自分を幸せにしていくというのがもっとも大きな供養になります。
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2018年04月30日

損をしても笑える人になる

どんな場合も決して損をしないというような人間は、いつまでも器量が小さいままです。


笑って相手に譲れる人、損をしても笑っていられるような人こそ、大きくなれるのです。
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2018年04月29日

常に常に善人であること

私たちは皆、いわば観光客としてこの惑星、地球にいます。

誰一人として永遠にここで生きて暮らすことはできません。

長く生きられても、せいぜい百年です。

ですから、ここにいる間、善き心を持つようにつとめ、人生がプラスで有益になるように努めなければなりません。

わずか数年しか生きられないかもしれませんし、一世紀まるまる生きることになるかもしれません。

しかし、その限られた時間を生きるにあたって、問題を悪化させて、他の人々や動物や環境を苦しめていたら、本当に残念ですし悲しいことです。

最も大切なことは善き人間になることです。
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2018年04月28日

大きな幸せは小さな喜びの連鎖から生まれる

大きな幸せはたまにしかやってきませんが、小さな喜びは毎日起こるものです。

この小さな喜びをしっかりと心に留めて、日々を過ごせば、毎日が気持ちよく感じ、やることなすことが全部楽しくなります。

小さな喜びのつながりが、たしかで揺るぎない人生の大きな幸せを生み出す原動力です。

ところで、お金やモノなどで結果がついてくる喜びだけが、本当の幸せではありません。

それは、「幸せを数量で計る」という「価値観のはき違え」です。

そういう価値観に振り回されないように、日々の恵みに感謝し、小さな喜びを毎日、心に留めて暮らしましょう。
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2018年04月27日

モチベーチョンがなければ満足も得られない

あなたの人生における満足の究極的な責任者はあなた自身です。

自分の現状を他人や状況のせいにしている人は、結局それらに翻弄される存在に自分をおとしめているのです。

自分の人生の質を上げるのも下げるのも自分次第、ということに気づかなければなりません。

人生がもう少し楽ならもっと頑張るのに・・・という態度は禁物です。

人生は、今ある通りであり、こうあるべきだという姿にはなりません。

モチベーションがなければ満足は望めません。

ものごとを変えたいのなら、自分自身が行動を起こさなければなりません。

あなたが成し遂げたいと考える重要なことはすべて、あなた自身が行わなければなりません。
posted by 田村 季山 at 03:35| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月26日

良い種を蒔いておく

私たちは日常生活の中で、いいものがあるとつい自分のものにしたくなります。

それが満足感に繋がっていきます。しかし、あまり欲を出すと際限がありません。

人の幸せというのは、八分くらい満たされて、もうちょっとあれがあればいいな、もうちょっとお金があったらいいな、もうちょっとうちの子がこうなればいいな、というくらいがいちばん幸せだといわれます。

宇宙は循環しています。私たちの人間関係もみんな循環していきます。

今すぐにではないかもしれません。子供の代になるかもしれません。

しかし、自分の投げかけたもの(自分の蒔いた種は)は、必ず循環して、どこかで実になって、また戻ってきます。

すぐには実りを求めず、ちょっとエネルギーのあるときには、人に優しい言葉をかけたり、どの人の中にも良いことを見い出すような目を育てることです。
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2018年04月25日

どんなに高齢になっても、いくらでも成長できる

充実した老後のためには、子供のような資質を持ち続けることが大事ですが、自由時間の楽しみは、年を取るにつれて、外の世界より内の世界に向かうべきでしょう。ただ若さを保つことが大事なのではありません。どれほど鍛えていても、年を取ると身体は徐々に衰えます。

しかし、精神の方は成長を続け、年を取るにつれて調子がよくなる場合もあります。年とともに知恵と知性を蓄えていけば、私たちはいくらでも成長し、充実した人生を送れます。

高齢になってくると、まず、引退という言葉が頭をよぎります。しかし、引退という言葉に自分を縛り付けてはなりません。引退を人生そのものからの引退と考えて、退職後に家で何もせずに過ごしている人には、実際に死が早く訪れます。

引退は生活の方向転換とみなすべきです。退職したら引退生活が始まるのではなく、自己実現が始められると考えましょう。高齢期には、外に向かっても内に向かっても、さらに高いレベルに昇れるのです。
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2018年04月24日

内面が変わると外が変わる(私たちは希望のある中で生きている)

人生を変えるのは大きなことではなく、小さなほんのちょっとのことを変えることで、状況は変わっていきます。何を変えるかは一人ひとり違います。ほんのちょっと変えるだけで、不思議と人生はまったく新しいものに変わっていきます。

内面が穏やかで平和なら、外の人間関係はみんなよくなっていきます。

だから、自分の内面を整えて、自分のうちに秩序と穏やかな調和をもたらすことが大切です。

世界の平和とは、まず自分自身と仲良しになることです。自分自身を本当の意味で大切にし、自分と仲良しになり、自分の中に調和と平和をつくり出すようにします。そして、まわりの人に調和と平和をもって接するようにしていく。それ以外に世界の平和はありえません。

だから、私たちは自分が変わり得るということを理解すれば、自分が変わることでまわりが変わるという希望が湧いてきます。

自分が本当に一ミリでも変われば、相手は十ミリ変わっていきます。そのように、私たちは希望のある中で生きています。
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2018年04月23日

楽しい心で過ごしましょう

「最上のわざ」

この世の最上のわざは何か
楽しい心で年をとり
働きたいけれども休み
しゃべりたいけれども黙り
失望しそうな時に希望し
従順に平静に
おのれの十字架をになう

これはイエズス会のホイベルス神父の詩です。

「最上のわざ」とは何でしょうか?

自分はいったい何をしたらいいのでしょうか。

何をすれば心満たされ、充実して生き甲斐を感じるのでしょうか。

「楽しい心で年をとる」これです。

そうです、何もしなくてもいいのです。

一生あなたが楽しい心で過ごしたならば、もうあなたの人生は大成功です。

そして人類に大きく貢献していきます。

だから楽しい心で日々を重ねていくことが大切です。

何気ない楽しい時間を日中でもなるべく長く持つ、そういうことが自分の人生における「最上のわざ」になっていきます。
posted by 田村 季山 at 03:18| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月22日

人に迷惑をかけてもいい・・・

病気になれば、家族や会社の人に迷惑をかけるかもしれません。また、失業すれば、家族に迷惑をかけるかもしれません。さらには、思わぬ事故を起こせば、他人様に迷惑をかけるかもしれません。人生で周りの人に迷惑をかけるかもしれないことは、生きている限り、誰にでも起こることです。

たとえば、病気になって、自分の体が自分で思うようにならなければ、心がいらだち、その結果、自分を責めたりすることで、人に迷惑をかけている自分を消し去りたいという消極的な願望が湧き出るかもしれません。

しかし、まわりの人たちは、「病気になった人」にかかわることによって、「人に親切にする」という大事なことを学ぶことになるのです。このことが、人間として成長するためには、重要なことなのです。

病人は「他の人の親切を謙虚に感謝して受け入れる」姿勢を学び、身につけるチャンスになります。

「学ぶ」とは、学校などで得る知識のことではなく、「今、こうして生きていることの幸せに気づく」ことです。

人は死ぬまで、生きている限り、学ぶ存在です。そして、お互いが励まし合い、助け合う存在です。

だから、自分を励まし、助けて、また他の人を助けていきましょう。
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2018年04月21日

当たり前のことに感謝の気持ちを持つ

元気で健康なこと、歩いたり走ったりできること、おいしく食事が摂れること、目が見え、耳がきこえること、笑ったり悲しんだりできること、学校や会社に行ったりすること、友達と雑談できること、本を読んだり映画を観たり音楽を聴いたりできること。

数え上げれば、きりがないくらいあるはずです。

どんな人にも必ず共通する幸せは、実はこんな些細な当たり前の日常生活の中にあるのです。

これらは決して一過性のものではなく、しっかりと地に着いた継続性のあるものです。

「生きているだけで幸せです」と、作家の五木寛之さんはおっしゃっています。

もしあなたが、幸せを見失いそうな自分に気づいたら、先にあげた「当たり前の幸せ」を十個探してください。

これだけで、あなたに幸せ感覚が戻ってくるはずです。
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2018年04月20日

愛する人たちにだけ死はある、そして愛する人には死はない

死にゆく人たちが望んでいることは、残されて生きている人が幸せになることです。

それゆえにこそ、死者は至福の世界から、生きている私たちに愛を送り届けていると感じることが何より大事です。

残された人が、死は終わりではなく、新たな始まりだと考えることができるならば、亡くなった人と残された人には強い絆が生まれるということに気づくでしょう。

「あなたが死んでも、私が生きている限り、あなたは私のなかに生きている」と言った人がいましたが、けだし名言ではないでしょうか。

残された人の人生は、新たな輝きに包まれるはずだからです。

死者は愛する人と強い絆で結ばれて、新たな命を生きはじめるので、愛する人たちには、死は決して存在しないのです。
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2018年04月19日

失敗は豊かな人生の歓びになる・・・

人は誰もが、失敗からその人に応じた幸せをつかんでいます。

人は、自分に都合の良くなったことを成功とみなし、都合の悪くなったことを失敗ととらえる習慣がありますが、実は、成功・失敗という区切りはあいまいで、個々の人生の成長は、すべて体験から学んでいます。

その中でも、とりわけ大切なのが、失敗という体験です。

「危機こそチャンス」とは、よく聞く言葉ですが、「あなたがあなたらしくいるためには、失敗体験こそが大きなチャンス」ということです。
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2018年04月18日

既にあるモノ、良い方面に目を向け感謝する

幸せに生きるためには、大きな不幸や災難を小さく受けとめ、小さな喜びを大きく膨らますことです。

「有り余る幸せを与えられているにもかかわらず、満足していない」

「取るに足らない小さな苦労を自分自身で勝手に大きくしている」

こんな人はいつまでも幸福を感じられません。

ないものばかり失ったものばかり、悪い方ばかりに目を向けるのではなく、今あるもの既に与えられているモノ、良い方面に目を向け感謝して過ごしましょう。
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2018年04月17日

「知っている」とかたくなに思わないこと

「私は知っている」と思っている人は、愚か者です。

「私は知らない」と言う人は、愚か者ではありません。

「私は正しい」という思いに包まれていたら、他人の言葉に耳を貸しません。

自己の振舞いをなおそうとは思いません。

「私は知っている」という人には、教えてくれる人や、協力してくれる人はあらわれません。そういう人は、いつか必ず失敗してしまいます。

「私は知らない」「私は正しいわけではない」と思っているところに、成長があるのです。幾つになっても、そう思える人は周りの人々と仲睦まじく善い人生を送れるでしょう。
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