2017年03月19日

病気をつぶやいてはいけません 病気をつぶやいてはいけません

胃病の人はいつも、「胃が悪い、胃が悪い」と思っていますから胃病は治りません。

「胃病」を思わなくなったとき治るのです。いつも病気を人に吹聴して聞かせることが楽しいようでは病気は治りません。

病気だと言うと、人から「ああ可哀そうだ」と思われるーーそのことが嬉しいようでは病気は決して治りません。

病気を恥だと思って決して人に自慢のように話してはなりません。

いつも焦点を当てているものは拡大され、発展します。

だから、病気のことばかりに意識を向けないことがとても大事です。
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2017年03月18日

贈り物を喜ぶことを相手に強要しないこと

あなたが贈り物をするとき、相手がそれを欲しがっていることが100パーセント確信できないかぎり、「お気に召さなければお使いいただく必要はありません」と明言しましょう。そうすることで、相手の精神的負担を軽減することができます。

今度、贈り物をするときは、次のような簡潔なメッセージを添えるといいでしょう。

「お気に召していただければ幸いです。お気に召さない場合には、何かと交換なさるなり、誰かにお譲りになるなり、捨てるなり、ご自由にしていただいてかまいません」

これは、贈る側と受け取る側の双方にとって気持ちのいい提案の仕方です。最初、相手はとまどいを感じるかもしれませんが、あなたのことを「細かい気配りができる人」と評価してくれるはずです。
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2017年03月17日

誰の前でも自分らしくありたいものです

周囲の人々の期待にこたえるために、あなたは自分の性格と行動の一部を隠しています。時と場合によっては、これは必要なことです。

自分の最悪の欲求と行動をむき出しにして、周囲の人々に大目に見てもらうことはできないからです。しかし、すべての人に合わせて自分を変えることは好ましくありません。

そんなことをすれば神経がすり減り、ストレスがたまって疲れ果てるだけです。理想的な環境は、自分がいつも自分らしくあることが出来る環境です。

しかし、それがいつも可能であるとはかぎりません。可能なのは、あまりに居心地が悪いために精神的に参ってしまう状況から身を遠ざけることです。
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2017年03月16日

親切は連鎖します・・・親切にしましょう

あなたが誰かに親切にすれば、その人も誰かに親切にしたくなります。親切は連鎖します。

たいていの場合、親切な行為は、ほんの少しの時間と努力で実行できます。ひとつの親切な行為が連鎖反応を起こして他の親切な行為を生み、親切の輪がどんどん広がるのです。

なんと素晴らしいことでしょう。

繰り返しになりますが、親切な行為は簡単に実行できます。親切にされた人は自分も親切をしたくなりますから、親切の輪は広がっていきます。
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2017年03月15日

愛を表現しましょう

誰かに愛を感じているときは、それを何らかの方法で示しましょう。自分で愛を表現する以上に、世の中に愛を増やす、よい方法があるでしょうか。

本物の愛は温かくて優しい感情であり、相手に見返りをもとめません。愛はいくら与えても尽きることはありません。誰かを愛することは、愛されることと同じように喜びに満ちています。人は愛を与えれば与えるほど、人に愛される存在になります。

愛を感じているのに内に秘めていてはいけません。愛を表現する習慣を身につけましょう
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2017年03月14日

害がない限り、人の行動を変えようとしないこと

ほとんどの人が、相手に行動を改めるよう要求する「病気」にむしばまれています。

相手の行動が自分に害をおよぼさないかぎり、相手にその行動を改めるよう要求する権利はありません。

あなたが相手の行動をいやがっている以上に、相手はあなたの行動をいやがっているかもしれません。もし相手があなたに行動を改めるよう要求してこなかったとしたら、それは相手があなたより忍耐力があったからかもしれません。

おたがいに相手の特定の行動が気に入らなくても、いつでも妥協することができます。
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2017年03月13日

人が自分と同じルールで生きていると思わないこと

他の人たちが私たちと同じルールを学んだとは限りません。私たちにとって正しいと思えることでも、彼らにとっては間違っていると思えるかもしれないし、その逆もありえます。

「誰もが同じルールに従って生きている」と想定すると、重大な問題に直面する恐れがあります。

あなたにとっては受け入れられない行動でも、相手にとっては普通のことかもしれません。自分なら絶対にしないからといって、「他の人たちも同じように感じるはずだ」と思ってはいけません。

他の人たちはあなたの期待どおりに行動するとはかぎりません。心を開いて予想外のことに備えることです。あなたの行動規範は他の人たちには何の意味もありません。彼らは自分なりの行動規範に従って行動するだけなのです。
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2017年03月12日

人に好かれるには

人に好かれるには、聞き上手であり謙虚であることです。

お先にどうぞと道を譲れることが大切です。この二つの条件さえあれば世の中、怖くありません。

だから、年を重ねた人の成長度を見定めるのは、後から来る若い人の仕事を認める度量があるかどうかです。
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2017年03月11日

最上のしあわせとは・・・

「日本の陽明学の祖」と言われる中江藤樹は「鏡草」の序文で人生の最上のしあわせはなによりも心身が安楽であり、子や孫が繁栄することであると説いています。

そのつぎに長寿であること。地位が高くなり、富むことはその下にくると。

世間一般が考えるしあわせは「位たかく富める」ことにありますが、それは誠のしあわせとはいえません。

そして、最上のしあわせが得られる種は、すべての人間に具有している「明徳仏性」でこの種をまいてしあわせをつくる田地は、日常生活の営みの中にあるといいます。


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2017年03月10日

腹を立てずに穏かに暮らす

相手が悪いからといって、「悪い思い」を起こしたり、「悪い言葉」を出してはいけません。

「自分は正しいから腹が立つのは当たりまえだ」と思う人があるかもしれませんけれども、自分はどんなに正しくとも、相手がどんなに悪くても、腹を立てる心を起こしますと、腹を立て、怒るという心は、相手をやっつけたい心で破壊的な心の波ですから、破壊的な波長をもったものが自分に集まって来て、自然、不幸な出来事を自分に引き寄せることになるのです。

こちらが破壊的な想いの種を蒔いたら「破壊的なもの」を収穫(とりい)れることになるということです。
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2017年03月09日

この二つを・・・

一つ、少食であれ

これは健康のもと

一つ、少欲であれ

これは幸福のもと

この二つのものをしっかりと身につけよう

この世を悔いなく終わるため

この世を楽しく生きるため

以上、坂村真民の詩

少食と少欲、老いて益々快適に過ごすためには本当に大切なことです。
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2017年03月08日

信仰・・・本当の幸福とは

本当の幸福というものは小さな出来事の一つ一つを感謝の心を持って受けることによって得られます。朝、太陽の昇るのを見る喜び、空気を吸う喜び、透き通った水で顔を洗う喜び、ご飯をいただく時の喜び、家族の顔を見る喜び、こうした喜びが始終つづいているのが本当の幸せなのです。

そうした本当の幸福を受けないでいて、幸福は何処か遠いところに物凄く大きな恰好をして聳え立っていると思っているから、本当の幸福が常に得られないのです。

信仰とは、日に日に来る小さな喜びを、神のたまものとして素直に受け取ることであるとも言えます。
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2017年03月07日

大往生の条件

一日の予定を完了しないで、明日に残して寝るということは、畢竟人生の最後においても、多くの思いを残して死ぬということです。

つまりそういうことを一生続けていたんでは、真の大往生はできないということになります。
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2017年03月06日

たとえ親切心からでも・・・

ヒマにあかせて、他人の生活に口出ししたり、その行動の善悪を断定したり、変えさせたり試みてはいけません。

親切だからいいのだ、ということはありません。親切から発しても、悪い結果を生むことも多いものです。善意の押し売りは、悪意よりも始末に悪いことがあります。

幼児性から、そのまま老年性になだれ込んで、壮年の厳しさを一度も経験しなかった、しあわせな老人は、とくに注意しなければなりません。

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2017年03月05日

死は悲劇ではありません

肉体にはいずれ死が訪れます。死によって霊魂が肉体から解放されるのです。

その死を人は悲劇とみますが、それは少しも悲しむべきことではありません。死は自由解放への扉を開いてくれる恩人です。煩わしい地上の悩み事から解放してくれるのです。

特殊な例外を除いて、死は罰ではなく、報酬です。ですから、死というものを、何としても食い止めねばならない悲劇と見ないで、魂が本来の自我を見い出すために仕組まれた、大自然の生命活動の一環と見るべきです。

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2017年03月04日

老人であることを失敗の言い訳に使わない事

社会とごく普通の関係(人間的、経済的、政治的、学問的)を保っている老人で、失敗があると、急に、「私は老人だから」とか「老人に向かって何ということを言うか」とか言い出す人がいます。

老人であることを認めるならば、はじめから普通の社会的な契約にもとづくような関係を持たないことです。賃金や報酬も低くあるのが当然だし、社会的に責任のある地位につくことも遠慮しなければなりません。

地位についたからには、失敗があった時、「私は老人なのだから」と言い逃れすることは許されません。これが辛ければ、食べ物を自ら、腹八分目にとどめておくように、仕事も半分くらいに重さを減らしておかなければなりません。
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2017年03月03日

感謝する顔、喜ぶ顔は美しい

感謝するということは、金銭よりも、尊いものを、まわりの人々に贈るということになります。合掌して感謝している姿はとても美しいものです。

怒っている顔は見苦しいもの、にこにこしている顔は美しいものです。

喜びを周囲の人にふりまくことは、ほかのものを周囲の人にふりまくよりも、尊いことです。

喜んでいると血液は清まります。そして顔色が生き生きと美しくなり、人からもかわいがられるようになります。子供が喜んでいる顔ほど美しいものはありません。

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2017年03月02日

自分の発した言葉(思い)が自分の人生(運命)を創る

人間は自分の発した言葉で自分の人生をつくります。私たちの周囲の環境や、自分が立たされた状況はすべて自分の発した言葉によって形成されていきます。

だから、朝から晩までうれしい、楽しい、幸せ、愛してる、大好き、ありがとう、ついてる、と言い続けると、この言葉しか言いたくなくなる人生に囲まれてしまいます。

いっぽう、愚痴、不平不満、泣き言、文句ばかり言っていると、またそう言いたくなるような状況になって悪循環に入ってしまいます。

身の回りのありとあらゆることが本当に「ありがたい」と思えるようになってくると、人間もかなり出来てきた証拠です。そうすると、いつの間にか毎日穏やかな気持ちで過ごせるようになっています。

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2017年03月01日

人生で一番大切なこと

いかなる分野の仕事にたずさわっていても、人の役に立つことをするチャンスは決して見逃してはなりません。

自分が手にした知識をタンスにしまい込んでいてはいけません。人さまの為になることをしてあげるチャンスなら日常生活にいくらでも転がっています。

世の中を見回してごらんなさい。心の痛みに耐えている人、困り果てている人、悲しみに暮れている人、人生に疲れ、当てもなく戸惑っている人、そういう人たちがいかに多いことでしょう。そういう人たちのためになすべきことがいくらでもあります。

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2017年02月28日

人間にも賞味期限がある

以前、賞味期限が問題になっていました。賞味期限は商品だけにあるものではありません。

人間にも当てはまります。期限は年齢によるものではなく、百歳を越えてもなお、まだ十分に余裕を残している人もいれば、二十代で期限の切れてしまった人もおります。

人間に与えられる期限の規準は、その人が他の人から信頼され、かつ社会に貢献しているかどうかにかかっています。

百歳を越えても、多くの人々に頼りにされ、お手本となる生き方は、期限を十分に余す人です。一方、「自分さえよければ、それでよし」とする生き方をしている人は、期限切れといえるでしょう。

私たちも多くの人々のお手本となれるよう努めなければなりません。

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