2018年04月16日

単なる中古車になるか、それともクラシックカーになるか

同じように生まれて、同じように年をとっていくのに、年をとるごとにくたびれたボロ車のようになっていく人間と、中古車になっても変わらぬ魅力を保つクラシックカーのような人間がいます。

同じ時代に生きて天地の差が出てくるのはなぜか。できるなら自分だってただ同然のボロ車ではなく、クラシックカー組に入りたいものです。

そうなるにはどうしたらいいのでしょうか。

それは、世の中の流行を追いかけて行くような人間ではなく、世の流行を注視しつつも、ときどき立ち止まって「これでいいのか」「本筋を外れていないか」と自問自答し、頑固に本物を目指すような無骨さを失わないこと。

そういう生き方をすれば、味のある人間になれるのではないでしょうか。

時代の変化にやたらに追従しないことです。
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2018年04月15日

人生は思い通り

心の持ち方が人生の色模様を決めます。

人生はらくちんと考えるか。あるいは、人生はつらいと考えるか。

どちらにしても、考えたとおりの人生を送ることになります。

大志を抱く必要はありません。

しかし、少なくとも自分の頭で考える習慣を身につけましょう。

自分の頭でものを考えない人間は意味のない社会通念やしきたりの奴隷になってしまいます。

人生はすべて自分の思いどおりになる、と想像しましょう。
問題は、なぜ想像の世界にとどめてくのかという点です。どれほどすばらしい思いつきも、実行に移さないかぎりなんの役にも立ちません。
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2018年04月14日

自分の道を歩くと人生はずっと楽になる・・・

周囲の人たちの言葉を鵜呑みにするのはやめましょう。

世間の流れに身を任すのは愚かなことです。

その先には、大きな失望と幻滅が待ち受けています。

他人のまねをしても、個人としての幸せや充実感は得られません。

世間と足並みをそろえなければならないという思い込みから離れることが大事です。

自分の道を歩くと人生はずっと楽になります。
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2018年04月13日

控えめに生きる

控えめに生きましょう。

控えめに笑いましょう。

控えめに愛しましょう。

そうすれば、幸せが両手を広げてやってきます。

あれも欲しい、これも欲しい、もっともっと欲しいと欲張らず自分にとって本当に大切なものは何かが理解できたら、そして今すでにあるものに感謝して生きていれば、たとえ、九十歳や百歳まで長生きできなくても、「幸せで充実した人生だった」と満足してこの世を去っていけます。
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2018年04月12日

「生」を美しく・・・

死はいつ、どんな形でやってくるかわかりません。

美しく死にたいとは誰しも望みます。

しかし、善徳の人さえ必ずしも、美しく死ぬとはかぎりません。

達磨は毒殺されました、イエスは十字架で息絶えました。

だから評価は「生」にあります。

「生」を美しくすることにあります。
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2018年04月11日

子供は大人を見て育ちます

もし自分よりも徳の劣った人といつも接していると、堕落していくことでしょう。

自分と同じレベルの徳をもった人といれば、今のレベルに停滞するでしょう。

また、自分よりも徳の高い人といつも接し見習えば、自然に気高い人格になることができるでしょう。

高徳の人物になるよう、いつも優れた人物、優れた書物などに親しみ、できれば他の範となるよう心がけたいものです。

「この町の子供はこの町の大人を見て育つ」と言います。

大人がしゃんとして範を示さなければ世の中は荒廃するばかりです。
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2018年04月10日

手抜きを認める懐の深さを持つこと

現実的には「理想の家庭など存在しない」と思って間違いありません。

家族というものは、それぞれが適当にいい加減さや手抜きをやっており、お互いがそれを容認しているから、平和な家庭が成り立っているものです。

特に、中高年になった夫婦は、お互いを追いつめないようにしなければなりません。

多少の手抜きは、心のガス抜きには格好のものです。

お互い手抜きを認めてストレスをためないことが、中年期の危機を乗り越えるコツといえます。
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2018年04月09日

心配しないこと

心配の九割は決して起きないことに、残る一割は取るに足らないことに向けられています。

将来ふりかかる問題に思い悩むのは愚かなことです。

未来を悩むことに力を使って何になるでしょう。

起きてから心配したほうがましです。

心配することの大部分は起きませんし、それ以外は予想より軽い形で来ます。

問題を解決する助けになる他の事柄も起きてきます。未来は克服すべき問題だけではなく、問題の解決を助けてくれる人も用意しています。自然にまとまるようになっています。備えさえしていれば、降りかかるどんな問題にも対処できると知りましょう。

世間一般の人は何に力を消費してるでしょうか。本当に問題を克服するためでしょうか。将来の問題を思い悩むことでしょうか。みんな明日のことばかり思っています。

しかし、明日は私たちが恐れているような形ではやってきません。

明日は明日が心配します。そこには問題だけではなく解決策も備えられています。
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2018年04月08日

妻の存在をしっかり頭に入れておく

愛妻家と呼ばれる男たちは「妻こそ命」と忠誠を尽くしているかというと、そうでないことが多いようです。むしろ事情は逆で、適当に遊んでいる人間のほうに愛妻家が多いのです。

ただ、彼らは妻の存在を認め、感謝し、妻の機嫌を損ねない努力を日頃からきちんとしています。結婚記念日は忘れないし、夫婦二人の外食やデートもします。年に一度くらいは旅行もします。

いい子にしていればほめられ、ご褒美がもらえますが、悪い子は叱られ罰を与えられるという教育の基本原理は、夫婦間にも通用します。それを忘れ、自分勝手に考え、妻をほったらかしにするから、後で予想もしない手痛いしっぺ返しをされるのです。
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2018年04月07日

好奇心にも有効期限があります

何でも使わないものは朽ちていくのが早いものです。腕でも足でも骨折して一ヶ月も包帯を巻いて使わないでいると、情けないくらい細くなってしまいます。

頭も使わないとボケます。好奇心も同じで、いつも発揮していないとなくなってしまうようです。

長寿になった人生を最後までいきいきわくわくと生きるためには、好奇心をなくさないようにしなければなりません。

幾多の歴史的な事実を見ていくと、世の中を進歩発展させてきたのは、あくなき人間の好奇心であったことがわかります。好奇心には「興味があるからやるというよりは、やるから興味がでる場合が多い」と言う性質があります。

「興味がない」といわず、チャンスがあったら、何でもはじめてみましょう。そうすれば必ず好奇心にかられる何かに出合います。

いくつになっても好奇心旺盛な人ほど人生を楽しんでいる事実を知ってください。
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2018年04月06日

美しい心を持って生きる・・・

物質的にいかに恵まれていようとも、際限のない欲望を追い続けていれば決して幸せを感じることはできません。

一方、物質的に恵まれず赤貧洗うが如し状態であっても、満ち足りた心があれば幸せになれます。

仏の教えに、「足るを知る」ということがあるように、膨れ上がる欲望を満たそうとしている限り、幸福感は得られないでしょう。

反省ある日々を送ることで、際限のない欲望を抑制し、いまあることに「感謝」し、「誠実」に努力を重ねていくーーーそのような生き方の中でこそ、幸せを感じられるのだと思います。
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2018年04月05日

長寿を生かし切る

寿命というものは基本的には人知を超えたもの、いわゆる天命であり天寿である。そしてその天寿を生き切ることは、お互いに課せられた責務ではないか、と松下幸之助さんは考えていました。

それでは長生きの秘訣は何でしょうか?という問いに、松下幸之助は「毎日うまいものを食べ、何の心配もなくのんびりと生活していても、長生きできるとは限らないらしい。

むしろ、適当に心身をつかうほうが長寿に結びつくという。もちろん、人によってちがいはあるだろうが、楽ばかりしていても必ずしも長生きできないというのはおもしろい。人間、ある程度は心配もまた必要だということかもしれない」と、述べています。

心配も過ぎなければ長寿につながります。妙味のある見方ではないでしょうか。あまり、楽ばかり、ストレスが全くないのも考えものです。
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2018年04月04日

「答えのない問題」には悩まないこと

悩みの中には、どうしても答えの出ないものがあります。

例えば、せっかく家を建てたのに、たった三ヶ月で地震に遭って家が倒壊してしまったとします。たしかに絶望的でがっかりするでしょう。けれどもそういうことは、悩んでも仕方のないことなのです。

答えのない問題に対して、理性のある人は悩みません。しかし、人間というのは、答えがないことに対して、あえて悩むものです。それで悪循環に陥ってしまうのです。

生きていれば何かしらの問題は起こるものです。だから、それが起こったときに「自分はどうすればいいのか」とその都度考えていけばいいのです。

例えば、子供が死んだとします。大きな問題です。悲しくて仕方ありません。
どうすればいいか?どうすることもできないでしょう。そうだとしたら、子供が死んだことは悲しいけれども、それを受け入れて悩みの種にはしてはいけないのです。
子供が病気にかかった。どうすればいいか?適切なお医者さんにかかればいいことです。悩む必要はありません。お医者さんに診せればいいんです。

医者に診せて、これは治らないと診断されたらどうするか?もしかすると、セカンドオピニオンを求めるべき、という答えが出るかもしれません。

それならそうする。または、どうすることもできない、という答えが出る。
余命何年と言われたら、その何年かを充実したものにするために、どうしたらいいのかを考えればいいのです。

だから、問題にぶつかったら、そのときそのときでどうすればいいか、という質問を自分にしてみる、それが大切なことなのです。

この世には「答えのない問題」が沢山あります。それは自分の責任ではないのですから、「答えのない問題」には悩む必要はありません。
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2018年04月03日

先人の遺してくれた英知に学ぶ・・・

権力にしろ、お金にしろ、名誉にしろ、手に入れたとたんに不安の種に変わるものは、所詮、運という偶然の産物でしかないのだから、そんなものに一喜一憂するよりも、運に支配されない生き方をしなさい、と古代ローマの哲学者セネカは言います。

自分の精神の力で何とかできることだけを拠り所とする。それが重要であると彼は考えたのです。

セネカはまた、哲学する人間だけが、過去から未来まであらゆる時間を自分のものとし、真に生きている人間なのだ、と言います。

自分自身と向き合うこと、時を越えて語り継がれてきた賢人たちの言葉に耳を傾けること、いかに生き、いかに死ぬかを知り、徳を実践すること、それが死すべき運命さえも超越し、絶対的な自由を手に入れる方法なのだと言います。
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2018年04月02日

穏やかに過ごすために・・・

心の平安を最大限に得るには、慈愛と慈悲を育てることが必要でしょう。

他の人の幸せを思いやれば思いやるほど、自分の幸福感も大きくなります。

他の人に対して親愛の情のこもった優しい気持ちを持てば、おのずから心が楽になります。

それが人生を穏かに成功裡に終わらせる秘訣です。
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2018年04月01日

無理にたくまないこと

人生の行路も樹木の枝の曲がりのように紆余曲折しているものです。

紆余曲折しているままで美しいのです。

そのままその自然のゆがみに任せて行けば美しく豊富な結果が得られるものです。

そのまま自然の、歪みに任せて行こうとしないで、我を出して一直線に引こうとしたり、また無理にたくんで美しい曲線に曲げて行こうとしたりするから、美しい結果が得られないで苦しまなければならないのです。

行雲の如く流水の如く、そのままに流れるとき何事も美しく成就するものです。
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2018年03月31日

明日に期待しないで、今ここを生きる

未来に確実なものは何もありません。

今、ここを生きましょう。

今、ここを真剣に生きましょう。

生きるのを最も妨げているのは、明日をよすがとしながら今日を台無しにしている、この期待というものです。
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2018年03月30日

人生は短くなどない

人生は短くなどありません。

与えられた時間の大半を、私たちが無駄遣いしているにすぎないのです。

私たちは時間を、何の役にも立てず湯水のごとく浪費した挙句、土壇場になってようやく気づくのです。

いつの間にか人生は過ぎ去ってしまった、と。

つまり、人は短い人生を与えられるのではなく、むしろ自分で短くしている。

足りないのではなく、浪費しているということです。

どんなに莫大な富でも、使い方の下手な者の手に渡ればたちまち食いつぶされますが、たとえわずかな富でも、上手な者の手に渡れば、使われながら豊かにもなります。

それと同じように、人生も大切に使う者にとっては十分に長いのです。

上手に使いさえすれば、偉業を成し遂げられるほどたっぷりと与えられているのです。
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2018年03月29日

愛の三原則・・・

一、ありがとうをためらわずに言おう。

二、ごめんなさいを恐れずに言おう。

三、愛してるを照れずに言おう。

これは、全国亭主関白協会の憲法ともいえる「愛の三原則」だそうです。

「全国亭主関白協会」・・・と聞くといかにも威勢がいいものですが、その実態は「いかに上手に妻の尻に敷かれるか」を研究、発表する団体だそうです。

「愛の三原則」は、妻が一番聞きたい言葉であり、亭主が言わなくてもわかっているはずという、家庭内からいつの間にか消えてしまった言葉です。

「愛の三原則」こそ、二十一世紀の夫婦円満の新方程式と信じて実行あるのみです。
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2018年03月28日

積み重ねてきた年月こそが信頼出来る

どうして夫婦喧嘩になるのでしょうか?それは相手の行動や言葉が気に食わないからでしょう。どうして気に食わないのでしょうか?それは相手に何かを期待しているからです。女房とはこういうもの。亭主ならばこうあって欲しいと。互いに勝手に作った理想像を思い描いています。

自分のことはさておき、相手にこうあって欲しいとばかり望みます。ほとんどのケンカはそれが原因です。
相手に何を期待しているのでしょうか?よく考えれば、別にどうということもないことばかりです。お互いに完璧な人間ではありません。大した人物でもない。そう思っていれば、余計なケンカなどしなくて済むものです。

ところで、誕生日や結婚記念日などに食事に行ったり贈り物をしたりすることも、世間がどうのとか、みんながやってるからとか、そういうものに引っ張られないほうがいいようです。夫婦なんて百組いれば百通りの考えがあるんですから、他人に合わせる必要はないんです。
とにかく、あまり世間の波に流されないことです。夫とはこうあるべきだ、妻とはこうあるべきだ、幸せな夫婦とはこういうものだ、そんなものは幻想です。

ないものを追いかけても不幸なだけです。テレビなどでもそういう特集が組まれていますが、そんなものに惑わされてはいけません。テレビでいう夫婦像なんてほとんど嘘の世界です。

ならばほんとうのものは何なのでしょうか?それは積み重ねてきた時間だけです。
愛し合ったり、ぶつかり合ったりしながら二人で積み重ねてきた年月。それこそが一番信頼できるものです。時間をかけて作り上げてきたものは強固です。

他の夫婦や世間とは違っていても、二人で作ってきたもの。そこに心を寄せることが、幸せというものではないでしょうか。
posted by 田村 季山 at 03:30| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする