2017年09月09日

必ずしも多く持つことが幸せなのではない

物を多く持つことは、幸福の条件のように思いがちですが、実は一つ持てば一つの苦しみが生まれ、二つ持てば二つの執着がともない、三つを持てば三つの迷いにさいなまれるものです。

しかも残念なことに、物が豊かになればなるほど、その豊かさとは裏腹に、人間の欲望は増大していくものです。もっと欲しい、もっと欲しいという不足感が心の貧しさを生み出し、破綻に追い込んでいくのです。

したがって、一枚一枚を脱ぎ捨てて裸になっていく時、はじめて生きているのではなく生かされている恵みを、実感させていただくことが出来るのです。
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2017年09月08日

気持ちが上向きになることをリストアップしておく・・・落ち込んだ時の対処

いつまでも気持ちが下がったままにしておくと、他のことでも足を引っ張られてしまいます。

ひとつのことでできてしまったマイナスの気持ちは、別のことに持ち込まないようにすること、そのとき、そのときで完璧にリセットして次の新しいことに臨むのです。

そのために「これをすると絶対に楽しくなる」ということを用意しておいて、「まめに気持ちを平常心に戻しておく」ことはとても大切です。
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2017年09月07日

失って初めて人を愛することを学ぶ

私たちは与えられることのみを愛と思い、恵みと感じ、失われることを不幸の原因としていることが多いのですが、往々にして、与えられることに慣れてしまうと、その恵みを忘れていることが多いものです。不幸といいますが、ひょっとしたら、豊かな生活、恵まれた環境に気づかず、不幸だと錯覚していることがないでしょうか?

身近な例をとりあげてみると、子供を失った時、親はその悲しみにうちひしがれますが、涙が乾く頃、ハッと気づいてみたら、子供を亡くしている親が周囲にいることがわかります。失ってみてはじめてわかる他人の痛みなのです。

自己中心から本質的に出られない私たちは、悲しい目にあうことで、人を愛することを学ばなければなりません。

それが失って知る、大いなる愛なのです。

したがって、真に目覚めた人は、与えられて知る恵みより、捨てて知った力と恵みに感謝しているのです。
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2017年09月06日

心安らかな人生を送るには・・・

悩みが尽きないのは、自分のことばかりを考えているからです。

自分の立場や面子や利益を保つことばかり考えておりますと、悩みはどんどん膨らんでいきます。

心安らかな人生を過ごしていくためには、いつも周囲の人を気遣い、人の歓びをわが喜びとできるようになることです。

人を喜ばせようと考えている人に悩みはありません。
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2017年09月05日

ストレスを溜め込まないこと

ストレスを溜めない方法は、いやなことやつまらないことを持ち帰らない工夫をすることです。

忘れることはできなくても、いつまでもズルズル引きずって歩かない知恵です。

具体的には、「なんとつまらないことをしているのか」ということを自分で自分自身に言い聞かせるのです。

そういうことを繰り返しているうちに、引きずらないようになります。
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2017年09月04日

苦労を顔に出さない

苦労したことをそのまま顔に出す。誰にでも出来ることです。反対に、苦労したことのない人が、いつも明朗な顔でいる。これも、そんなに難しいことではありません。

しかし、さんざん苦労したにもかかわらず、まったく苦労の痕が感じられない顔で人に接するのは、なかなかできないことです。できれば苦労の痕を悟られずに人と接する。これは、とても大事なことです。
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2017年09月03日

「ありがとう」は幸福の扉を開くカギ

感謝が湧くと、それはおのずと「ありがとう」という言葉となります。「ありがとう」の本来の意味は「ありがたい」は「有り難い」です。「めったに有り得ない」「存在が稀である」という意味です。

それなら、「めったに有り得ない」の反対は、なんでしょうか。「いつでも、どこにでも有る」「当たり前のこと」です。この「当たり前のこと」の中にも感謝のタネを見出すと、俄然、幸福度が増します。

良い例は健康です。イギリスのカーライルは「病人だけが健康のありがたさを知っている」と述べましたが、健常な人も「健康は当然だよ」と無視しないで、朝、起きたら、「きょう一日、元気ですごせて、ありがたい」と感謝することが肝要です。

「わたしは、腰も痛いし、胃腸の具合も悪いし、耳も遠いし、ありがとうなんて言う気になれないよ」と嘆く方も、いるかもしれません。「一病息災ならまだしも、三病、四病ではね」という気持ちはわかります。

しかし、「家庭の医学事典」の類に目を通してごらんなさい。主な病気の名だけでも六百や七百、ズラリと並んでいます。その中の、わずか三つか四つが故障で、他はどうやら働いているのですから、ありがたいと思いましょう。

アフリカの難民を想像するまでもなく、あばら家でもなんでも住む所があって、毎日食べていけて、風呂に入れるということは、十分、感謝に値することです。
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2017年09月02日

終わり良ければ・・・

人生の途中の苦労は誰にでもあります。シェークスピアは「ハムレット」の中で「終わりよきものは、すべてよし」と言っています。

人間というものは、そのときは「苦しい、苦しい」と泣き叫びながらも生きていることに手ごたえをつかんでいるのです。

人生の途中で、不幸なことに遭い、苦しいことに遭った人の晩年は、思い出がいっぱいあって楽しいものです。
今の苦しみも、いずれ笑って話せる時がくると信じて立ち向かっていきましょう。
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2017年09月01日

先ず、現状に感謝する

私たちは多くの恵みをいただいております。まず、感謝する。与えられた環境に感謝して、ああなりたいとか、あれが欲しいとか、わがままな心を少しずつ少なくすることです。

たとえ今の自分の状況が百点満点の七十点でも、「七十点もあるではないか。零点より遥かに素晴らしい」と深く感謝する。

こういう気持ちが縁や運を開かせます。
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2017年08月30日

「命をいただく」感謝の心

私たちが健康を維持するために日常生活で心がけるべきことは、「命をいただく」という感謝の気持ちを持てるか否かが、大切なのではないでしょうか。

ご飯を召し上がる時に素直に手を合わせて、「よろしくお願いします」と心の底から言えるようになった時に、病気はその時点から治っていくものです。

自然治癒の大きな歯車というものは、そういうことがごく自然にできるようになった時から、回り始めるのです。

あとは身体をほどほどに動かし、節食をし、小欲であること、精神的には、トラブルが起きてもなるだけ早く解決する能力を身につけておくとよいのではないでしょうか。

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2017年08月29日

けじめのある交友を心掛ける

小林一茶は、「寛政紀行書込」という本の中で「たとへ日を累(かさ)ねての逗留なりとも、別るる期に別れざれば、大なる非(そしり)ごとをとる事うたがひなし。心がけの第一なり」といっています。

「まだいいでしょう。もう一日泊まっていってくださいよ」とすすめられ、グズグズと泊まっていると、せっかく昨日まで親しいもてなしだったのが、冷えびえとしてしまうことがよくあります。

いくら親しい友だちのところでも、早目早目に切り上げて、決して長居はしないことです。さらりとしたおつきあいが大切なことは小林一茶のいうとおりです。節度を持ったつきあいを心がけたいものです。
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2017年08月28日

歳をとったら施す心を持つ

若いときから預金通帳の数字ばかり見て一喜一憂しているようでは大きな人物にはなれませんが、反対に、取っただけ使ってしまうのも感心しません。

「日本永代蔵」を書いた井原西鶴は、金銀を貯めることが、両親の次に大切なことだといっています。ところが、その蓄えた金銀を、老年になってまわりに施せといっているのは注目に値します。

「人若い時貯へして年寄りての施肝要なり。とても向(さき)へは持て行ず、なうてならぬ物は銀の世の中」というのです。

貯めるだけではなく、施す心を持ちたいものです。幸せを分かち合うことに喜びを見出そうではありませんか。
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2017年08月27日

一人でも生きていけるのならそれで十分

高齢な男性が、一人では何もできなくなっている状態は残酷なものです。昔風の、男子は厨房に入るものではない、などという思想は、本当に困ったものです。

人は男であろうと女であろうと、基本的には一人で生きて行けなくてはなりません。それができない人は、「自由人」ではなく、一人になったらどうしようかという恐怖に捉えられている「不自由人」です。

どのような生活でもいいんです。そこに明るい日が差している実感があればその人にとってその生活は自然で意味があるものなのです。

この世の生き方はどんなものでもいいのです。その人その人によって生きて行く姿は違っていていいのです。それを一つの典型で括(くく)ろうとするから、あらゆる醜い感情が生まれるのです。

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2017年08月26日

この世にいらない人はいない

たとえ病気や老齢のために、人手がかかり、この人が生きていなければどんなに楽になるだろう、と思うように見えた人でも、その人の「困った存在」が「困らされた人」にさまざまなことを教えていくのです。

しかし、私たちは、困らされている時には、そんなことをとうてい承服できません。それがわかるのはずっと後になってからなのです。
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2017年08月25日

苦悩も一つの恵みです

貧困、病気、戦争、飢え、裏切り、死別、精神的迫害など私たちの望まない逆境・試練が、私たちを強めるということは真実です。

実は、逆境は、反面教師以上の素晴らしいものです。

逆境は作為的に作るわけにはいきません。

だから多少の不便や不遇が自然に発生した時には、私たちはそれを好機と思い、運命が与えてくれた贈り物と感謝し、むしろ最大限に利用することを考えるべきなのです。
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2017年08月24日

老年期は自分の教養の為に

上手に歳をとる方法。それは老いを受け入れることです。最低なのは、自分を去っていくものに、まだしがみつこうとすることです。

退職が死につながる人間もいます。心の準備ができていない人間です。

旺盛な好奇心を持ち続けている人なら、それは人生の最も楽しい時なはずです。

退職が嬉しいことになるためには、何が必要でしょうか?

それは、栄光のむなしさを知り、無名の人である安らぎを求める気持ちです。

賢い人は、世間の仕事に時間を費やしたあとでは、自分自身のことと自分の教養のために時間を使うものです。
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2017年08月23日

感動の力・・・

純粋で深い感動をすると、肉体の疲れも心の痛手も、たちまち立ち直るものです。

ところが、感動できない人は疲れを溜めるだけで、なかなかエネルギーが再生されません。元気に生きるためには、感動することです。

感動するためには、自分の手と足と体を使って、身を低くして一生懸命やることです。

家でじっとしているだけではいけません。自分が感動できるものに積極的に近づく必要があります。

たとえ外に出られなくても、何か行動を起こしましょう。
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2017年08月22日

望むものについてだけ話すようにする(引き寄せの法則)

人は病気になると、必ずそればかりを話題にしてしまうものです。それは、その人が、自分の病気のことを絶えず考えているからです。自分の思いを言葉にしているだけなのです。少し具合が悪くても、悪化させたくなければ、病気のことを話してはいけません。

あなたの思いが病気の原因です。「とても気持ちがいい。今の気分は上々だ」と繰り返し唱え、本当にそう感じてください。

もしも、あなたが余り気分が良くないときでも、誰かが、「ご機嫌はいかがですか」と尋ねてきたら、その人が気分転換するよう言ってくれたと思い感謝しましょう。

あなたの望むものについてだけ話すようにして下さい。
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2017年08月21日

「感謝の心」を持つ

幸福を味わおうと思えば、ささいなこと、取るに足りないような小さなことにも感謝の心を持つことです。

「感謝したくても、感謝するタネがないよ。不満なら山ほどあるがね」と、天邪鬼(あまのじゃく)の方は、おっしゃるかもしれません。しかし、それは違います。感謝のタネは、ごく平凡な日常生活の中にいっぱい転がっています。

朝ご飯がおいしく食べられた。ウグイスの声が聞こえた。混んだバスに乗ったら、偶然、前の席の人が次のバス停で降りた。ラジオを聞いていたら、心に残る言葉に出会えた。

これらは、すべて感謝のタネになります。「バカバカしい、そんなことに、いちいち感謝していられるか」と注意をそらしてしまわず、些事に「喜び」または「楽しさ」を覚え、幸せだと感じる鋭敏な感受性を育てましょう。

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2017年08月20日

中身が濃く詰まった一日にする・・・

「もっとも長生きした人とは、もっとも多くの歳月を生きた人ではなく、もっともよく人生を体験した人だ」とフランスのジャン・ジャック・ルソーが言っています。

「よく人生を体験する」とは、「よく生きる」とは具体的にどのような生き方をすることなのかというと、視覚、聴覚、触覚、味覚、手足、頭等々を活発に働かせ、好奇心や積極性をもって活動し、感性も知性も磨き、自分が持っている能力のすべてを開花、発揮させ「俺は(私は)確実に生きている」と鮮明に実感する人生を送る、ということです。

きょうという日を、がらんどう、うつろ、空っぽの一日にしないで、できるだけ中身がぎっしり詰まった一日にしましょう。頭に霞や靄(もや)がかかったような起居ではなく、目をしっかり見開いた日常とする。感謝や感激や感嘆や感動、喜びや楽しみを味わう日、意義や価値を覚える日としたいものです。

まあ、これも一つの考え方、生き方に過ぎませんから、どんな生き方をしようと本人の自由です。

あまり深刻に受け止めないことです。
posted by 田村 季山 at 03:45| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする