2017年05月15日

本当の健康法

健康法というのは、体操をするとか、歩くとか、あれを食べるとか、これを食べないとかいうことではありません。

いつでも、何かを追いかけて行く目的があって、張り切っている状態でいることでしょうか。

人間は心の存在です。気の持ちようで生き方まで変わってしまいます。

心の充たされた生活には老後というものの存在する隙間もありません。
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2017年05月14日

楽しく生きていきましょう

二度とない人生なのですから、楽しく生きて行きましょう。

楽しいというのは、楽をして、という意味ではありません。楽しく人と話し、楽しくご飯を食べ、楽しく明日のことを思う、これだけのことで、体の細胞が生き生きとし、健康になれるのです。

だから、楽しみに溢れた人生とは、楽しく考え、楽しく行動する人生なのです。ただそれだけなんです。

気が向かない事、苦しいこと、つらいことはなるべくしない事、続けない事が肝心です。
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2017年05月13日

他人には甘くしましょう

人は相手によって気分や話し方、態度が変わってくるものです。いつも笑顔を絶やさず、明るい人と接すればこちらの気持ちも明るくなるし、始終不機嫌で批判的な人と接すれば、こちらも身構えてしまいます。「目には目」で、一方の接し方や人柄は、他方にも反映します。他人のアラを突いたり、批判的に接してばかりいる人は、やがて孤立していきます。

世の中に完璧なものなどないように、完全無欠な人間も存在しません。他人のアラが見えるように、相手の目にも自分の欠点が見えているはずです。ただそれを口にするかどうかの違いだけです。他人を批判したり、他人に対して傲慢な態度ばかりとっていれば、いずれは自分に跳ね返ってきます。

他人の欠点が見えたら、それを直してあげようなどとは考えないことです。自分にも似たようなところがないかと反省した方が、自分自身が改善されていきます。

同時にその人は長所を持っているはずです。自分にない長所だからといって、嫉妬したり、足を引っ張れば、自分にも返ってきます。他人の長所は素直に認めて、見習うようにしましょう。そう心がけるだけで、自分自身が変わり、相手の態度も変わってきます。

運をつかむためにも、やはり好ましい人間関係を保つことが大切です。
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2017年05月12日

人に会ったら、先ずほめる

友だちと会った時、いつもと変わらなくても「あれ、きょうのあなた、なんとなくいい感じじゃない」と、とりあえずこう言います。
「あれっ、髪切ったの?似合うわね」「今日の洋服、いいね、似合ってる」など外見で気づいたことを言えばいいのです。褒めるのって、簡単なんです。

「こんにちは」と挨拶したら、まず目に入ったものをほめること。ここからスタートしてみてください。

私たちが不機嫌になるのは、たいてい人間関係がうまくいかないときです。会った相手を褒めると、人と人との間に「良い気}が生まれ、人間関係がスムーズになっていき、いつも上機嫌になって、グチや悪口を言わないようになります。
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2017年05月11日

何事も心次第

「環境だけで人間の幸不幸が決まるのではないことは明らかだ。幸福だとか不幸だという気持ちのあり方は、こうした環境をどのように受け止めるかによって決定される。キリストは、天国は心の中にある、と言った。地獄もこれと同じだ」と、アメリカの社会評論家デール・カーネギーは言いました。

自分を卑下したり、悩まなくてもいいことまで悩んでも、何のメリットもありません。ストレスを抱え、周囲の人たちの気分をも暗くするだけです。

悲観的な人は、不幸の原因を自ら作っているようなものです。今持っているものに目を向ければ、仕事、健康、家族と結構恵まれているものです。同じ時間を過ごすなら、楽しく過ごしたほうがいいでしょう。


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2017年05月10日

わが身を一段下げて接すること

人は誰と会う場合でも常に謙虚な心で接しなければなりません。会う人によって態度を変えたり、相手を見下すような気持ちで接したりしてはならないのです。よくわかっているつもりでも、実行できないという人が多いものです。

最初のうちは謙虚でも、成功を積み重ねていくにしたがって、人の心はしだいに変化していきます。無意識に相手を見下してしまうのです。

こうなってしまったら、もう人は離れていく一方です。この離れてしまった人々を再び呼び戻すことは容易なことではありません。

人と接する際に気をつけなければならないことは、常に相手よりも一段低いところに自分を置くということです。驕りを敵とし、たえず謙虚な心で誰とでも接していくことによって、好感をもたれるようになるのです。



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2017年05月09日

人から良く思われたいなら、自分のいいところを並べ立てないこと

人に好感をもって欲しいと思ってる人は多いでしょう。まわりの人にはいい奴だと言われたいという気持ちです。

このような気持ちはごく自然なことです。しかし、この気持ちが強すぎると、自分をよく見せようと功績や長所を並べるようになってしまいます。相手に好感を持ってもらおうとこのような態度に出るのでしょうが、相手には伝わりません。

自分を飾れば飾るほど、人は拒絶反応を示します。嫌悪感や敵意さえもたれ、しまいには無視されてしまいます。

好感を持ってもらえる方法は、飾るのをやめることです。あるがままの姿でぶつかってみることです。あるがままの姿でダメならしょうがないと半ば開き直って、相手の心にストレートに問いかけるほうが、かえって好感をもたれるのです。
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2017年05月08日

困難は多くの気付きを与えてくれる

人はさまざまな困難に直面し、悩み、苦しみます。会社の倒産、リストラ、病気、けが、災害などなど。なかには、絶望感に、生きる力を失ってしまったりする人もいます。

たしかに大きな困難に直面すると苦痛を感じるでしょう。「どうして俺だけが」と嘆きたくなる気持ちもわかりますが、クヨクヨしてはいられません。

困難は人を大きくします。人は困難を一つひとつ乗り越えて行くことによって、人としてあるべき姿に近づけるのです。困難は他の人が気づかないような数多くのことを教えてくれます。これは経験した者でなければわかりません。

こうして考えてみると、困難は決してマイナス面ばかりではありません。リストラされた、入院した、と嘆く必要はありません。この困難が自分の将来の基礎となるのだと認識して、希望と勇気をもって目前の困難に立ち向かうべきです。
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2017年05月07日

ご縁

ご縁、出逢いは天意とはいえ、私たちの心の内にそれを求める気持ちがなければ、たとえその人の面前に素晴らしい人が現れていても、その縁を生かすことはありません。

縁は切れやすいものなので、どちらかが強い意志を持って維持、継続させようと心がけなければ長く保つことはできません。

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2017年05月06日

自分のことは自分で・・・

人は常に誰かに迷惑をかけながら生きています。だから人は、できるだけ他人に迷惑をかけまいと努める必要があるのです。ところが、なかには平気で他人に迷惑をかけようとする人がいます。

自分にはできないと仕事を他人に押し付けたり、忙しいからと面倒な仕事や雑用を他人に軽い気持ちで頼んでしまった経験はありませんか?

頼む方は軽い気持ちでも頼まれるほうはそうではありません。身勝手な一人のためにまわりの人は苦労させられるのです。他人を苦しめる資格など誰にもありません。

多くの人は罪悪感もなく、軽い気持ちで他人の手をわずらわそうとします。この軽い気持ちを恐れなければなりません。常日頃から意識してどのような些細なことであっても、絶対に自分のことで他人には迷惑をかけないよう、よく気をつけなければなりません。

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2017年05月05日

苦難は人を大きくする

苦難は人を大きくします。人は苦難を一つひとつ乗り越えていくことによって、人としてあるべき姿に近づけるのです。苦難は他の人が気づかないような数多くのことを教えてくれます。この教えは経験した者でないとわかりません。

こうして考えてみると、苦難は決してマイナスばかりではありません。失業した、入院した、災害に遭ったと嘆く必要はないのです。

この苦難が自分の将来の基礎となるのだと認識して、希望と勇気をもって積極的に目前の苦難に立ち向かうべきです。

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2017年05月04日

人生に途中下車は許されない・・・

人は生命のある限り、前進するチャンスを与えられています。

最近は出世だけが人生ではない、と考える人が増えています。その通りかもしれませんが、だからといって自分に妥協し甘えていいことにはなりません。出世にこだわる必要はなくとも、結果に至る過程で手を抜くべきではありません。

チャンスを無駄にしてはなりません。たえず、一段上を目指して、現状にあぐらをかかずに謙虚な気持ちでチャレンジするのです。常にベストを出すことを目標として、全力でぶつかっていきましょう。今いかに苦しくとも必ず道は開けるのです。

しかし、あまり思い詰めることもありません。適当〜、いい加減がちょうど良いときもありますので、あまり深刻になることもありません。
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2017年05月03日

楽しいと思うことが楽しさの基(もと)です

楽しそうに働いている人を見てうらやみ、自分がいかに苦労しているかを強調し嘆く人がいます。今の状態から逃れるために、転職や独立を考える人もいるようです。楽しそうに仕事をしている人と同一の環境を希望する人もいます。

しかし、楽しいかどうかは個人の問題です。人が楽しそうに仕事をしているからといって、誰がやっても楽しいというわけではありません。どんなに魅力ある楽しそうな仕事に見えても、当人が楽しいと思わなければ、楽しい仕事ではないのです。

どんなことでも楽しいと思える人は何をやっても楽しいものですし、逆に何もかも面白くないと言う人は何をやっても楽しくありません。現状の仕事がつまらないとか苦しいとか嘆く前に、目の前の仕事に興味をもち、喜びを見い出すように心がけるべきです。

楽しいと思えば、苦労も喜びと変わるのです。

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2017年05月02日

過去の手柄話、自慢話はしないこと

他人の自慢話を好む人は、世の中に一人もいません。例外はその人の親だけです。自慢話は、自信のなさの表れであり、他人からバカにされたくない、低く見られたくないという不安の裏返しです。

優れた才能を持っている人ほど、普段はその実力を見せびらかしません。自慢話ほどシラケるものはありません。話の腰を折ってまで自慢話をしたがる人は、間違いなく嫌われます。

見栄をはったり、背伸びをしたところで、内実がともなっていなければ、望み通りの評価は得られません。それどころか、自慢をすればするほど、自信のなさや劣等感を相手に見せているようなものです。

他人に認めてもらうには、本当の実力をつけるか、他人にも関心を示すことです。自慢したい気持ちを引っ込めて、話の聞き役に回り、相手のいいところをほめてあげましょう。それが、好ましい評価を得るための早道です。

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2017年05月01日

万事、自分で出向けば済む

定年後はまわりから潮が引くように人がいなくなってゆく。徐々にならまだ我慢もできるでしょうが、一挙にです。「去る者は日々に疎し」とは定年後の「自分」のことと思えるでしょう。仕事が人間的つながりの中心であったことを思い知らされるときです。

あなたは本当に友人が欲しいでしょうか?必要なときにだけ自分のそばにいてくれる友人、これを望んでいるのではないでしょうか?

図々しい望みですが、こういうのは簡単です。あなたが望む人のほうへ移動すればいいからです。相手を自分の所に引っ張ってくることは難しいけれど、自分が引っ張られるようにして相手の所まで行くことは、あなたがそれを望むのなら、難しさはありません。

自分のほうから出向いてまで友人関係を結びたいと思わない人は、「孤独」のほうが好きなんだ、と思っていいでしょう。自分が寂しがり屋だと思っている人のほとんどは、自分からでも出向かない人で、実は寂しいほうが好きなのです。

友人がいなくて寂しいな、という程度の人は、仕事をして新しい人間関係を持つようにしたらいいのです。イヤなこともあるでしょうが、心がけ次第で、面白い出会いを持つことができます。

仕事をしないでも、老後の「孤独」を、癒すというか、楽しむ術はいくらでもあります。ありすぎるほどあります。万事、自分で出向けば済むことでしょう。


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2017年04月30日

仲間を求める

定年後、本当に親友を必要としているのか、と自らに問いただしてみましょう。定年前にも、親友と呼ぶにたる、自ら必要とし彼(彼女)からも必要とされた友人がいたのでしょうか、自問してみてください。親友は求めさえすれば与えられるものではありません。「偶然」授かるのです。「僥倖(ぎょうこう)」なのです。

定年前に親友がいなかった人が、定年後に親友を得るなどというのは奇跡に近いと思ってください。

定年後、親友がいないというので「孤独」を感じるのは、ないものねだりです。たしかに、多くの人に囲まれ、馴染んできた人が、定年後、それらをすべて失うと、寂しいものです。「仲間」が欲しくなります。これは自然の流れです。

ただし仲間を作ることはそれほど難しいことではありません。男でもっとも簡単なのは飲み仲間になることでしょうか?飲むのは、店でも、家庭でもかまいません。酒を飲めない人は、各種のサークルに入るといいのです。「文化」「旅行」「スポーツ」「料理」等々よりどりみどりです。サークルに来る人は「仲間」を求めてくる人がほとんどです。すぐ仲良しになる人に出会うことができるでしょう。

仲間がいないので「孤独」だという人は、よほど人づきあいの嫌いな、正確には、ずぼらな人なのでしょう。

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2017年04月29日

子供の世話になるのは当たり前なのでは?

日本では年金、医療、介護制度等々の整備で、老親が子どもの世話になる割合が少なくなりました。しかし親が子どもの世話をする、子どもが親の世話をする、これは家族の自然のサイクルではないでしょうか。

老人福祉が充実してゆく度合いに応じて、家族関係が希薄になってゆく、とくに親子の扶養関係のサイクルが崩れてゆく、ひいては家族関係が壊れてゆきます。老後、子供の世話になる必要がない、子どもを産み、育てる必要がない。こう、意識的あるいは無意識に考える人が増えてゆきます。

ところで、精神的にはもとより経済的にも、老後、親が子どもにパラサイト(寄生)しないですますことができるでしょうか?不可能でしょう。たかが老人福祉の充実程度のことで、人間がその発生以来維持してきた親子の寄生関係を希薄化あるいは破壊してもいいのでしょうか?破壊してもいい、と言い切れる人は親も子も無視しても生きることができるニヒリストか、とんだ見当違いをしている人かのいずれかです。
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2017年04月28日

人間だけが愛の対象ではありません

人間は、自然も、超自然(価値や観念)も、そしてもちろん人間も、つまり森羅万象を愛することができます。

まわりに人がいなくなって寂しいなどと言っているあなた、人間だけが愛の対象ではありません、ということをまず確認しなければなりません。

老後、人間の一人である連れあいだけにまとわりつくなんて、情けないというか、心域が狭いと思っていただきたい。
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2017年04月27日

相手に何をしてあげられるか

頼みごとがある場合には、頼む前に「相手が一番して欲しいこと」をしてあげること。相手の人生に協力して初めて、その人からも助けてもらえるのです。

この宇宙は、出す方が先です。

いやたとえその人からでなくても、人の欲していることに協力してあげられる人は、人から好かれます。人から好かれれば、チャンスが多くなり、幸運がやって来ます。ただし、相手にしてあげたからといって、直ちに見返りや幸運を求めてはいけません。

チャンスは、思いもよらぬところからやって来ることが多いからです。また、相手からの見返りばかり期待していると、心が貧しくなってしまいます。

相手から何かしてもらいたいと思ったら、まず自分のほうで何をしてあげられるかを考えるべきです。ギブ・アンド・ギブの精神に徹することで、巡り巡って必ず人から助けられるようになります。

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2017年04月26日

老後をベースに生きる人を老人という

「老後のために貯金しよう」とか「定年になったら、好きなことをして暮らそう」という人がいます。

「老後のために」と考えた時点で、その人はすでに老人です。二十代でも、三十代でも、老人はいます。

九十代の人は、「老後のために」などということはほとんど考えません。
明日死ぬかもしれないので、好きなことを一生懸命しています。

今を生きる人を、青年といいます。
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