2017年06月20日

いつもいつも上機嫌で居ること

常日頃、苦虫を噛みつぶしたような顔の老人がおりますが、老人は、酸いも甘いも噛み分けていて、上機嫌でいるのが最上です。

人間にとって最善とは、できるだけ上機嫌で人生を送ることです。上機嫌は幸福の秘訣。自分自身にも周りの人びとにも害になる不機嫌は、れっきとした罪悪です。

気分というものは、成るがままに放置していると不機嫌に傾きます。ですから、シニアは、自分の気分に関心をはらい、怠惰をしりぞけ、上機嫌を保つように努力することが肝要です。
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2017年06月19日

人生とは元来、未完成で終わるもの

大満足の完成状態に到達したいというあなたの夢は、実現不可能です。あなたにとっては堪え難いことかもしれませんが、人生は未完成の作業、仕事、出来事から成り立っているという真実を認識し、受容することが大切です。

人生とは元来、未完成のもの、未完成のまま閉じるものなのです。

自分の人生を、いつでも締め切りでいっぱいにして、人生の楽しみを締め出してしまうのは、愚かな自己懲罰と言えます。

生き急ぎせず、「せっかち」を捨て、「ゆったり」していましょう。

ものごとに、特に時間の迅速さに動じない平然さ、泰然自若さ、長閑(のどか)さを心に養っていきましょう。

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2017年06月18日

自己を受け入れる(自己受容)

生きやすくなる上に、さらに幸福になる、または幸福を増す根本は、自分を「あるがままに受け入れる」ことにあります。ひと口に言えば、完全な「自己受容」です。

まず第一に、自分を過大評価せず、反対に過小評価もせず、過不足なく、正しく客観的に評価することです。過大評価していると優越感を、過小評価していると劣等感をいだきがちですが、こういう固着した情念を捨てることです。

自分の欠点や弱点を指摘されたり、暴露されたりすると、怒ってしまう。苦痛で顔をゆがめる。ムキになって強弁する。これは、未熟な青年がやることです。

本物の大人であるはずのシニアは、笑顔で受け入れ、率直に認め、反省の糧としたいものです。指摘してくれた相手に感謝するとなれば、もはや達人です。

とにかく、困難な自己受容ではありますが、果敢に挑戦しましょう。

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2017年06月17日

善い生き方を先送りしない

壮年期には、カネを稼ぎたい、高く評価されたい、財産・地位・名誉が欲しいなどと願い事をするのは、仕方のないことかもしれません。

しかし、シニアになったら、それがいかに虚しく愚かなことであるかを悟り、ほんものの幸せへの道を、手遅れにならないうちに一日でも早く歩むべきです。

死ぬ直前に後悔しないような生き方に徐々にでもいいから変えていくようにしましょう。

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2017年06月16日

外の世界に対する無関心が老化を加速する・・・

「老い」の最大の危険は、心がひからびることです。老いとは、髪が白くなったり皺がふえたりすること以上に、もう遅すぎる、勝負は終わってしまった、舞台はすっかり次の世代に移った、といった気持ちになることです。老化に一番悪いことは、肉体が衰えることではなく、精神が無関心になることです。

「それが一体、何のためになる?」と老人は考える。そしてこの言葉が、おそらく老人にとっていちばん危険なのです。なぜなら、「がんばってみたって何になる」と言った人は、ある日、「家の外に出て何になる」と言い出すだろうし、そしてその次には「部屋の外に出て何になろう」「ベットの外に出て何になろう」と言うようになるからです。最後には、「生きていて何になろう」であり、この言葉を合図に、「死」が門を開けるのです。

精神の無関心に陥らないためには、心を訓練し、諦めないことです。昨日できたことは、今日もできます。しかし、一度やめたら、それは永久に駄目になります。

外の世界に良質の好奇心、興味・関心を持つこと。そして、生きる意義を自分で見い出すこと、自分に与えることが重要です。
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2017年06月15日

楽しみがあるところでもないところでも愉しむ

吉川英治記念館に「たのしみある所に愉しみ、たのしみなき所にも愉しむ」ということが書いてある書がありました。

現実に固執せず、今その時の幸福を噛みしめるように意識することが、人生を愉しむことです。

「楽しみのある所では楽しむが、楽しみのないところでは楽しまない。いや、仮に楽しもうと思っても、楽しめない。楽しめと言われても無理だ」と主張する人がいるかもしれません。これは筋が通った論理のように見えますが、実は現実に固執しているのだと思います。

楽しみのある場所か、無い場所かというその時々の現実にこちらの心が縛られ、支配され、左右されているわけです。束縛、あえて言えば呪縛をみずからの力で解き放ち、場所を超越すれば、どのような場所であろうと心にゆとりを持ち楽しむことができます。

「楽しきと思うが楽しきの基なり」これは、松平定信の言葉です。
これもまた、含蓄に富む一文でしょう。

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2017年06月14日

今の瞬間、瞬間を無駄にしないこと

人間が生きているということは、この「瞬間」を生きていることであり、それ以外ではありません。瞬間である現在に自己のすべてが現われています、人の一生は一瞬一瞬の連なりです、それゆえ、自分の人生を大切に思うならば瞬間ごとの現在を大切にする以外にはありません。

「余生はまだまだそうとうあるさ」と、なんとなく思って、あるいは残り時間のことは脳裡から追い出して考えないようにして、「現在」の連続を漫然と、または反対に慌しく多忙に送る。そのような暮らし方は、自分を幸せからどれほど遠ざけるでしょう。

サラリーマンなら定年退職前後、一般には六十代くらいの年齢になったら、「現在」を大切にして時間を惜しむことを、まじめに真剣に実行しましょう。

そうしないと、自分の生涯が、惜しんでも余りある残念至極のものになってしまうおそれがあります。
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2017年06月13日

小さな幸せを心に留める習慣を持つこと

幸福を味わおうと思うなら、ささいなこと、取るに足りないような小さなことにも感謝の心を持つことです。

朝ご飯がおいしく食べられた、ウグイスの鳴き声が聞こえた、混んだ電車に乗ったら、偶然、前の席の人が次の駅で降りた。テレビを見ていたら、また、本を読んでいたら、心に残る言葉に出会えた。

これらは、すべて感謝のタネになります。「バカバカしい。そんなことに、いちいち感謝していられるか」と注意をそらしてしまわず、些事に「喜び」または「楽しさ」を覚え、幸せだと感じる鋭敏な感受性を育てましょう。
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2017年06月12日

老後までスケジュールを組むな

老後は人生の余暇です。だからまず、のんびり暮らすこと、ゆっくり生きることを基本にすることです。

定年退職者に退職後の一日のスケジュールを書いてもらうと、睡眠と食事の時間しかうまらず、あとは真っ白ということがよくあるそうです。

そこで、カウンセラーはこれではいけないから趣味を持ちなさい、やることを見つけなさい、空白のスケジュールを黒くうめなさいと勧めます。本人も、そうかこのままでは無為無策のままボケてしまうと必死で生きがい探しに走り、趣味づくりに励む。

しかし、その「必死の思想」、一生懸命ガンバル生き方をまず捨てることから老後をスタートさせるべきだと思います。

必死は現役時代までで十分じゃないですか。
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2017年06月11日

自分のためにやるボランティア

人のために役立つ、社会につくすと構えてみても長続きはしません。人でなく自分のためにやる、まず自分が楽しくなくては人にも喜んでもらえません。

人のため社会のためと使命感に燃え、気負うから長続きしないし、面倒くさくなってきます。ボランティアを趣味の延長線上に考え、自分の人生や余暇を充実させる方法として個人主義的に考えれば、気軽にとっかかりやすいし、長続きもします。

自分の楽しみや時間つぶしでボランティアをしても、それはけっして不謹慎ではありません。自分が楽しく、かつ人のためになれば、これほどけっこうなことはないのではないでしょうか。
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2017年06月10日

人生は一本道ではありません

人生は一本道ではありません、その気になって少し道草をすれば、「あれ、こんなところにも道があったのか」と意外なルートや抜け道が見つかるものです。

人生には正解はありません。

数学のように絶対不変の解答などありません。だから、つまずいたら別の道を探せばいいのです。そして、それまでとは別の場所に新しい花を咲かせばいいのです。

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2017年06月09日

今出来ることは一つ

一般的には、超能力でもなければ未来を見ることはできないと思われていますが、人の未来を読み取ることは実はとても簡単です。

過去どのように生きてきたのか、その過去の生き様をみれば、未来が読み取れます。過去に投げかけてきたものの集積が、今その人の人生をつくっているからです。

目の前の人、目の前のことを大事にしている度合いがどのくらいか、それによって未来の展開の仕方が変わります。

過去のことを気にすることはやめ、たった今から、今、目の前にいる人を大切にすること。今、目の前のことを一生懸命にすること。そうすれば幸せな未来は約束されます。
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2017年06月08日

楽しめることは沢山あります

まるで義務のように習い事に通ったり、攻め立てられるごとく外出しなくても、家にいて楽しむ方法はいくらでもあります。

いちいちその日の計画なんか立てなくても、その日の気分で決めればいいんです。計画を立てたところで、その通りなんか進みません。

家族の計画でも同じです。こんな家族をつくりたい、こんな夫婦になろうねと約束したりするでしょ。そんなものは叶うはずはありません。「お互い嘘をつくのはやめようね」とか言うけど、人間は嘘をつく生き物なんです。大切なことは嘘をつかないことではなくて、嘘をついた後にどうフォローするか。互いの嘘を責め合うのではなく、いかに無言で認め合うかです。それが家族ではないでしょうか。

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2017年06月07日

大人のゆとりが大切です

年をとったら、あるがままの自分を見せるほうが美しい。それは内に秘めた教養に裏打ちされた「大人の魅力」をどう出せるか、ということに尽きます。その意味では、男は外見を飾るより、むしろ見識を広く、造詣を深くすべきでしょう。

人生の酸いも甘いもかみ分けるフトコロの深さと、そして時にやさしく、時に厳しく対処する幅の広さが求められます。

男同士でもそうですが、これが男女のつきあいとなると、いっそう大人のゆとりが大切です。
たとえば、飲み屋で偶然隣り合わせた女性にたいしても、そのときのフィーリングを大事にして、マナーよく杯を重ね、つかの間の恋を愉しむ、ぐらいの余裕があるといいでしょう。

女性は自分勝手にしつこく追いかける男を嫌います。つかず離れずで大人のつきあいをするほうがいいでしょう。
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2017年06月06日

相手が不遇な時こそ思いやりが大切です

葉隠に「人の心を見定めようと思えば、病気をしろ」という言葉があります。日頃は心安くつきあいながら、病気や難儀に際して知らん顔をする者は、卑怯者である、というのです。

何といっても人の不仕合わせなときには、親身になってつき合い、見舞いや届け物をする必要があります。一生のあいだ疎遠になってはいけません。このようなことで、人の真情といったものがわかるのです。

ところがふつうの場合、自分が困っているときには人頼みをするくせに、あとではまるで思いだせない人が多いものです。

不遇な人、病気でダウンしている人などに対して、内心気にしていながらも、敬遠しているという人が多いのではないでしょうか。

長続きのする一生の友はそうはいません。ぜひ、こういう心がけを常日頃から肝に銘じておきたいものです。
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2017年06月05日

悪い人は一人もいません

私たちが心を清くして、まともに、その本当のすがたを見れば、悪い人は一人もいません。こちらの心のレンズが歪んでいるからなんです。

先ず、あなた自身の心の中で、すべての人に対して、「幸福であれ」「仲良くしましょう」と呼びかけてみましょう。きっと、それと同じようなことを云っているような顔をして、あなたに対して親切にしてくれるでしょう。

心のゆがみを取り去りましょう。まず自分から、人に親切をしましょう。

働きの出し惜しみなどしないで、出来るだけ、人のためになる働きを、心がけてやりましょう。お金や賃金のために働くなどというケチな考えを捨てましょう。

「人のためになりたい」「人のために働くのだ」という尊い考えで、尊い人間の働きをこの世界に加えて行きましょう。
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2017年06月04日

趣味と実益を兼ねようと思わない事

よく、そのうち商売にして・・・と皮算用つきでカメラなどはじめる人がいますが、そうした不純な動機でスタートしては、趣味は長続きしないし、ましてや老後の生きがいにはなりません。

趣味と実益を兼ねるようなことはするなと、老婆心ながら言っておきます。

趣味は趣味として、損得を離れて打ち込むからこそ楽しいのです。実益を得ようとすると辛さや苦しさが生まれます。苦しくては老後の楽しみ、生きがいどころではなくなります。

あくまで余暇の充実のために趣味はあるのであって、実益を得るためにあるのではありません。趣味で実益を釣ろうと考えないこと。趣味をできるだけ「生活」から遠ざけておくこと。「純粋に遊び」として趣味をとっておくのが、老後の生きがいづくりには大切な点です。

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2017年06月03日

仕事抜きで付き合える友人をつくりましょう

友人は、受身で待っていてはできません。自ら行動するしかありません。とにかくいままでとは違う環境に身を置くことです。そうすれば、必ず新しい人間関係が生まれます。

現役だろうが、定年後だろうが、仕事以外の個性的な肩書きのついた名刺を作っておくと、相手に覚えてもらいやすいものです。

友達をつくるには五つの点に注意するといいでしょう。
一、身分の上下にかかわらず、損得抜きでつきあうこと。
二、なるべく明るく振る舞うこと。
三、聞き上手になること。
四、謙虚になること。
五、なるべく若い友人をもつこと。

友達はお金では買えません。生きていくうえでかけがえのない存在であり、財産です。よい仲間がいれば、悲しみは半減し、喜びは倍増します。人を傷つけるのも人間なら、凍えた心を温めてくれるのも人間です。

とはいえ、友達を増やそうと無理してつきあうことはありません。そのためにくたびれてしまったのでは何のための友達かわかりません。せっかく会社のしがらみを離れることができたのです。つきあいたい人間のストライクゾーンは狭くて当然です。必要以上に他人とうまくやろうとは思わないことです。


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2017年06月02日

やりたいことを楽しみましょう

人間、五十を過ぎれば、もう自分の性分はわかります。日がな一日、ボーッとしていられたら「それで幸せ」という人はいい。定年後、無趣味でも困ることはないでしょう。

しかし、「そんな生活は到底耐えられそうもない」という人は、現役のうちから定年後の安楽を、文字通り安んじて楽しめるような飽きの来ない趣味をみつけておいたほうがいいでしょう。

その場合の基本原則は、お金があまりかからない、師を必要としない、一回に何時間もかけない、の三つではないでしょうか。

趣味は人に与えられるものではありません。自分で発見し、楽しむものです。無論、年齢制限などありません。若者が楽しんでいることを中高年が楽しんでいけないはずはありません。

「いい年をして」などと言われようが、やりたいことを楽しめばいいのです。趣味を通じた人の輪もできます。年がいもなく生きる、それこそが人生を楽しくするのです。
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2017年06月01日

定年後、金を増やそうなどと考えない事

貧乏性というのでしょうか、定年後も節約倹約で少しでもお金を残そうとする人がいます。「この先、いくつまで生きるかわからない。どんな大病を患うかもしれない。蓄えはいくらあっても多すぎることはない」、そんなふうに考えてしまうのでしょう。

気持ちはわからないでもありません。が、そんなことを言い出したらきりがありません。人生とは無常なもの。先のことなど心配したところで、明日ポックリ逝くかもしれません。あるかどうかわからない五年先、十年先のことを心配するより、今日を大事にしたほうがいいのです。

幸福は山の頂にだけあるわけではありません。麓にだってちゃんとあります。だから、お金のある生活を羨み、我が身を嘆く必要などありません。

お金というのは、あるならあるなりに、ないならないなりにつきあえば、それなりに幸せな生活が営めるようにできているのです。

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