2017年08月09日

縁の深さに関係なく・・・誰に対しても

心の絆を一人でも多くの人と結ぶことが、人生を豊かにします。

ところが、ごく親しい人にだけものすごく優しくするだけで、見ず知らずの人に対しては冷たい態度で接しているのが、今の社会現象ではないでしょうか。

この差を縮めていかなければ世の中はよくなりません。人間一人が持つ縁というものはわずかなものですが、誰に対しても温かく穏かに接していくことが大事です。
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2017年08月08日

心配するだけなら・・・

ただ一人の人に正しいことをするよりも、幾千の人たちのことを心配することの方が楽です。たとえば、地震で被災した人のことがテレビに映しだされたとき、ただそれを見て、本当に気の毒だな〜と思ってるだけなら、相手が何万人でも簡単に心配してあげられます。

しかし、一人でも実際に救うとなると大変です。救済支援のための寄付でも何でも、少しでも行動を実際に起こしてあげられたらどんなにか素晴らしいでしょう。

人生も後半に入ってきた人たちがこういう時、まわりの若い人たちに少しでも、範を示すような行動をとっていると世の中は必ずよくなっていくでしょうね。

そういう意味で災害等も若い人を人道的な善に導くためのチャンスになります。
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2017年08月07日

苦労の痕(あと)を悟られないように人に接する

苦労したことをそのまま顔に出す。

誰にでも出来ることです。

反対に、苦労したことのない人が、いつも明朗な顔でいる。

これも、そんなに難しいことではありません。

しかし、さんざん苦労したにもかかわらず、まったく苦労の痕が感じられない顔で人に接するのは、なかなかできないことです。

できれば苦労の痕を悟られずに人と接する。

これは大事なことだと思います。
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2017年08月06日

逆境は最も偉大な教師である

勝利から学べるものは少ないが、追いつめられ、苦しめられ、打ち負かされている時、あなたは大いなる知恵を得ます。

なぜなら、その時あなたにへつらう者は去り、それによってついに真の自分自身を知るからです。

あなたの友とは誰か?逆境があなたを飲み込んでいる時こそ、真の友を数える最良の時なのです。

かつてなかったほどの暗闇に閉ざされている時こそ、思い出しましょう。

あらゆる失敗は成功への一歩であり、偽りを発見することが、真実への道を進むことであり、ひとつひとつの試練が、過ちにつながる誘惑の芽を摘んでいくことを。

すべての逆境は、平和と達成への道筋をほんの一瞬見えなくするものにすぎないことを。

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2017年08月05日

心配しないこと

心配は一種の自己暗示で、それはまったくムダな努力であり、何の役にも立ちません。

心身に害をおよぼす恐れすらあります。うまくいかない可能性があることを何度も心の中で繰り返して何の得になるでしょうか。自分を暗い暗示にかけてしまうようなものです。

心配はやめましょう。

この世は、意識を向けたものが拡大・発展していくようになっています。

今ある、豊かさ・恵みに意識を向け、いつも感謝して居ましょう。
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2017年08月04日

自分の話をしないこと

経歴など、どうしても自分の話をしなければならない時も、自慢したくて言っていると思われるような言葉は、直接的なものであれ間接的なものであれ、いっさい慎むように心がけるといいでしょう。人格などというものは、善悪にかかわらず、いずれ知れてしまうものです。わざわざ自分から言うには及びません。しかも、本人が自分の口から言えば、誰もそれを信じはしないでしょう。

自分の口から言えば、欠点を隠すことができるとか、長所が余計に光る、などとは、間違っても思わないことです。そんなことをすれば、欠点はなおさら目立ち、長所はかすんでしまいます。

自分からは何も言わずに黙っていれば、かえって長所があると思われるものです。少なくとも奥ゆかしいと思われることは確かです。

それに不必要なねたみやそしりや嘲笑を受けて、正当な評価を妨げられることはありません。しかし、どんなにうまく変装し得ているつもりでも、自分でそれを言ってしまえば、周りの人の反感を買い、思ってもみない結果に肩を落とすことになるでしょう。
そんなことにならないためには、自分の話をしないのが一番です。
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2017年08月03日

心の平穏を保つには

ものごとの重要性は、自分がそれを重要であると信じるかどうかで決まります。

悩みもまたしかり、何事も深刻ではなく、たいして重要でないと思えば、ほんとうに深刻なことも、重要なこともなくなるということです。

自分の心の弱さに比例して、問題も大きく、抗し難いものになってきます。

心が強ければ問題もとるに足らないことに思えてきます。こうしたことが、いつまでも心を平穏に保つための秘訣なのです。
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2017年08月02日

賢者の知恵(馬鹿な振りができますか?)

人間ある程度の年を重ねたら、鋭い爪をあんまりみせびらかさないほうがいいでしょう。

カミソリの鋭さよりもナタのような鈍な切れ味のほうが社長業には向いているともいわれます。

よき細工は少し鈍き刀を使うといいます。

才気もあまり表へ出すとかえって自分を傷つけかねません。

ときにはバカなふりをして負けてやる、相手に勝たせてやる、ということを覚えたほうがいいのです。

なんでもかんでも勝てばいいというものではありません。

登山において、真の勇気は引き返す時に発揮されます。若いときは無理してでも登ろうとしますが、いや、ここは次の機会を待とうと撤退の決断もできますーーそれはやはり年の功の知恵のなせるワザなのです。


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2017年08月01日

真の幸福は現在生きて在ることに感謝すること

現在生きていられることを感謝することに心を振り向けましょう。するとそうした心がけそれ自体が、幸福を招いている原動力となるのです。

自分のまわりには、自分の心の状態と全く同じことがやってくるものですから、現在の自分の状況に、「ありがたいなあ」と満足して心から感謝すると、また感謝できるような嬉しいことが現実にやって来るということです。

感謝することは、結局は自分の幸せを増やしていることになります。自分の毎日に心からありがたいと思えると、次の幸せなことが巡って来るのです。

posted by 田村 季山 at 03:12| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月31日

欠点や弱点が「しあわせの種」になる

何か欠点や弱点がある人、あるいは、それをいつも意識している人は、ある意味で幸福かもしれません。

「一病息災」という言葉のとおり、「体に何か悪いところのある人は、体をいたわるので、長生きする。徹夜をしても、びくともしない人の方が、かえって危ない」ということがあります。

自分の欠点や弱点を、四十になっても五十になっても意識している人は、あまり無理をしませんし、やはり、成長の余地があります。

人は悩みの種として持っているものが幾つかあるでしょうが、それはまた、自分を励まし、育てる種でもあるのだと考えたほうがよいのです。

たいていは、現在いちばん使えている能力の対極にあるものが、将来において、自分を励まし、育てるものになります。

posted by 田村 季山 at 08:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする