2020年01月17日

智慧ある老人になりましょう・・・


髪の毛が白くなったからといって、彼(彼女)は智慧ある老人とは限りません。

ただ歳を重ねただけの、むなしく老いぼれた人は世に多いものです。

あなたが歳をとるのならば、そのときには誠実で、人格があり、愛に溢れ、何をしても他人をそこなうことなく、また慎み深く、身と心がいつも整った、そういう人になるようにしてください。

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2020年01月16日

いくつになっても損をすることができる気力と体力を保つ

かつては、損のできる人間に育てるのが、教育の一つの目標でした。

動物は捕まえた獲物をまず自分が食べ、残りを自分の子供や群れの仲間に与えるものですが、人間は見ず知らずの人に恵むということができます。

それが人間である証拠です。

老年もいくつになっても損をすることができる気力と体力を保つことを目標にしたいものです。

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2020年01月15日

人に何かやってもらうときは、対価を支払う・・・

一人暮らしをすると、愛情をかけるものが欲しくなるのは当然でしょう。花壇を作ったり、犬を飼ったりしている老人はたくさんいます。
しかし、自分でそれを維持できなくなった時は、やめるか、、対価を支払うこと。つまり、自分でできないことは、人の好意にすがるのではなく、労働力を買って自分の希望を達成する、ということです。

近所の知り合いが、犬の散歩ぐらいして差し上げましょう、とおっしゃってくれるかもしれません。しかし人の好意に甘えると、どんどん依存心が強くなります。費用を少し安くしていただいても構いませんが、ちゃんと日当なり、時間給なりを支払うべきだと思います。タダで人をこき使ってはいけません。

誰でも人は何かを得ようとしたら、対価を払わなければなりません。年寄といえども、この原則を忘れてはいけません。

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2020年01月14日

長生きしたければ・・・

長生きしたい人は、心の持ち方が大事です。

いつも平常心でいることです。

平常心とは、常に平らかな心でいることです。ヒステリーやかんしゃくを起こさないこと、怒りやイライラにとらわれないこと、悩みや心配ごとを抱え込まないことです。

いつでも静かで平らかな気持ちで暮らしていくことです。その境地で暮らしていけば、長生きをし、楽な死に方ができます。

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2020年01月13日

大人というものは・・・平静と礼儀とを失わないように取り繕える・・・

自分が不愉快なら、不愉快な声を出してもいい、ということは少しもありません。

むしろ自分の内心がどのようであろうと、平静と礼儀とを失わないように取り繕えるのが大人というものです。

心と行動は違っても仕方ありません。せめて心と行動が裏腹でもいいから、相手に優しくしなさい、とキリストは教えています。

お愛想を言えというのではありません。誰にとっても、現世はうんざりすることだらけでしょう。せめて同じ時に生まれ合わせ、声だけでも交わす縁(えにし)を持った人とは、明るい声で、この一瞬をできるだけみじめでないよう共有したいものです。
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2020年01月12日

少食は健康の原点である


一粒の米、一枚の菜っ葉といえども、天から与えられた大切な命として、感謝合掌していただき、決してこれを無駄にしないという考えで食事をすることが、健康法の最も大切な基本で、これが「少食」の思想ですが、要するに、「できるだけ殺生をしない」という愛と慈悲の具体的表現です。

しかも、愛と慈悲の行為である少食は、実はまた健康法の秘訣となってくるところに、神の配慮を感じ取ることができます。

少食が守られず、過食を続けている限り、他にどのような健康法を実行し、一時的に健康になるように見えても、結局は病に倒れ、長寿を全うすることができないということです。

「いのち」を無駄にするような人間本意の横暴は、天が絶対に許し給わぬということになるのでしょう。

愛と慈悲の行為である少食を実行する者のみに真の幸せが与えられるというわけです。
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2020年01月11日

「困ったさん」に出会ったら・・・逃げるが勝ち

七十代、八十代と高齢になってきた人の言動観察を通して知り得るアレコレには、大変なものがあると言わざるを得ません。

それらをつまみ出してみると、

・物忘れ
・集中力低下と散漫
・被害妄想
・いじわる
・頑固
・くどくどしい
・身だしなみや周辺整理への無関心
・有言不実行(やりたくても、できなくなる、という原因もある)

などなどが、身体の内外の老化現象とともに、時と所かまわず表れ出て、またそうでもなくなるのです。つまり、まだら現象化します。もちろん、大小・個人差もあります。

老化現象が度を越え、他の人に迷惑をかけ、目に余ることなら、老怪現象と言わざるを得ないし、できることなら、優しい態度でケンカにならないように説明して、相手にわかってもらわねければなりませんが、身内でもまた他人でも実践はむずかしいものです。

「困ったさん」は逃げるが勝ち。とことん話し合おうとすると近所トラブルに発展しかねません。
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2020年01月10日

日々感謝を持って生き、周囲に感謝を伝えていくこと

人の明日は完全には保証されていません。

この瞬間の言葉が、最後の言葉になってしまうかもしれません。

大切な人に言葉を遺せず逝くかもしれません。

だからこそ日々感謝を持って生き、周囲に感謝を伝えていくことはとても重要です。

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2020年01月09日

「ありがとう」と伝える・・・

死の場は、あなたという人生の完結の時間であり、大切な人への思いの継承の場です。

その完結と継承の言葉が「ありがとう」です。

最後の「ありがとう」は、社会が、終末期や死という言葉に持っているイメージや、一部の死の現場の雰囲気をより良い方向へ変えてくれます。

そして自分の死後、残された大切な者たちの悲しみも和らげてくれるものです。
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2020年01月08日

親しき仲にも礼儀あり・・・

「親しき仲にも礼儀あり」というのは、友達関係だけではなく、夫婦や親子の間でも必要です。

家庭は気を許してもいいところですが、だからといって、相手を傷つけるようなことを平気で口にしたり、不愉快さをのべつぶちまけてもいい、というものでは決してありません。年をとろうと、それは同じです。
老いれば、何でも許されると思う人がいますが、それも一種の甘えでしょう。

「私くらい年をとれば、何を言っても許されるのよ」と言った老女がいました。本当のところは、周囲の人たちが我慢して聞いているのを、彼女は許されたと勘違いしていたのです。私たちはたぶん一生、誰にも甘えて不作法をしてはいけないのです。配偶者にも成人した子供にも立ち入りすぎた非礼はなさない、と決心する方が、かえって楽なのかもしれません。
posted by 田村 季山 at 03:20| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする