2019年04月12日

病気も込みで人生だ、という心構えで居る・・・

できるだけ病気はしないと決めて、あらゆる予防処置をした方がいいでしょう。しかし充分気をつけていたつもりでも病気がない人生は、非常に少ないでしょう。

そうであれば、「機能とか五感が正常であるのが人間だ」という考えを変えた方がいいでしょう。つまり病気も込みで人間、いいことも悪いことも込みで人生だ、という心構えをしておく必要があるでしょう。

病気は決定的な不幸ではありません。それは一つの状態です。病気になると、なかなかそうは思えませんが、決して悪い面ばかりではありません。病苦が人間をふくよかなものにするケースはよくあります。それは、その時まで自信に満ちていた人も、信じられないくらい謙虚になるからです。謙虚さというものは、その人が健康と順境を与えられている時は身につけることがなかなか難しいものです。
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2019年04月11日

他人への気配りと忍耐力を養うこと

老齢を重ねると利己的になったり忍耐力がなくなっていく人が少なくありません。年を重ねることの特徴、あるいは悲しさと言ってもいいのですが、程度の差こそあれ、この二つは誰にでも見受けられます。

老齢にやや意図的に逆らって自分を若々しく保ちたいなら、まず利己心を戒め、忍耐力を養うことです。

他者への配慮がなくなったら、若くてもそれが老人なんです。他者への気配りがあれば七十代でも八十代でも壮年そのものです。

「江戸しぐさ」と言われるものに、後から来た人が座れるように腰をこぶし分だけ浮かせて少しずつ席を詰める「こぶし浮かせ」や、道を歩いていて人とぶつからないよう肩を引く「肩ひき」、雨の日はしずくをかけないように外側に傘を傾けてすれ違う「傘かしげ」などがあります。日常、そういう他人へのちょっとした心遣いを忘れないことが大切です。
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2019年04月10日

どんなことにも意味を見出し人生を面白がること・・・

人は、どんな状況もそこを足場にしなくてはなりません。孤独なら孤独で、それを立ち位置にして、自分がおもしろいと思うことをやっていく他はないのですから。
立ち位置と言っても、足場が悪くてよろめくことも当然ありはしますが、ふと気がつくと、隣に手すりがあったり、手を差しのべてくれる人がいたりすることもあります。

してもらうことを期待していると不満が募って、つい愚痴が出ます。老人の愚痴は、他人も自分もみじめにするだけで、いいことは一つもありません。それどころか、愚痴ばかり言う老人のそばには、人が集まらなくなります。愚痴は日陰の感じを与えるからです。反対に、何でもおもしろがっている老人には陽の匂いがして、人が寄って来ます。

時折、常に穏かでどんなことがあろうと苛立たず、周囲にいる人全員を和やかな気分にさせる、徳のある老人がいます。
「特性を有する」とは、どういうことでしょうか。規定することは難しいのですが、一つの目安は、どんなことにも意味を見出し、どれだけ人生をおもしろがれるか、ということだろうと思われます。

通常、年を重ねた人は、世間の事柄を分析することと、その奥にある密かな理由を推測することに長(た)けてきます。だから簡単には怒れなくなるものです。しかし最近は、分別盛りの中年や世故に長けたはずの老年の中にも、すぐ怒る人が増えてきているようです。

めいめいが自分の生き方と好みをきちんと確立して、他人と同じでないことにたじろがず、自分とは違う人を拒否せず、そして、どんな相手にも生き方にも、どんな瞬間にも、どんな運命にも意味を見つけることが大切です。
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2019年04月09日

生涯の豊かさは、この世でどれだけ「会った」かによって測られる・・・

人は頭が良くなくても、地位やお金がなくてもいいから朗らかで、ものごとを好意的に見られて、世の中をおもしろがって暮らせたらいいのではないでしょうか。

その人の生涯が豊かであったかどうかは、その人が、どれだけこの世で「会ったか」によって、はかられるのではないでしょうか。

人間にだけではなく、自然や出来事や、もっと抽象的な魂や精神や思想に触れることだと思います。何も見ず、誰にも会わず、何事にも魂を揺さぶられることがなかったなら、その人は、人間として生きてなかったことになるのではないでしょうか。
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2019年04月08日

老年の仕事は、孤独に耐え、人生の意味を見つけること・・・

結局のところ、人は一人で生まれてきて、一人で死にます。家族がいても、生まれてくる時も死ぬ時も同じ一人旅です。
人生の過程の一つとして、「老年は孤独と徹底して付き合って死ぬことになっている」と思っていたほうがいいようです。
ひと口で言えば、老年の仕事は孤独に耐えること。そして、孤独だけがもたらす時間の中で自分を発見すること。
自分はどういう人間で、どういうふうに生きて、それにどういう意味があったのか。それを発見して死ぬのが、人生の目的の一つである気もします。

ほとんどの人は、「ささやかな人生」を生きます。その凡庸さの偉大な意味を見つけられるかどうか。
それが人生を成功させられるかどうかの分かれ目なのでしょう。
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2019年04月07日

余裕なお金がないのなら,観劇も旅行もきっぱりとあきらめる・・・

老年は、一つ一つ、できないことを諦め、捨てていく時代かもしれません。

執着や俗念と闘って、人間の運命を静かに受容するということは、理性とも勇気とも密接な関係があるはずです。

諦めとか禁欲とかいう行為は、晩年を迎えた人間にとって、素晴らしく高度な精神の課題ではないでしょうか。
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2019年04月06日

分相応、身の丈に合った生活を・・・

若い時は、見栄を張りたいこともあるでしょう。しかし長い間生きてくると、いくら隠しても所詮、その人がどんな生活をしているのか、大体のところはバレるものですから、見栄を張っても仕方ない、と気づきます。晩年が近づけば、何もかも望み通りにできる人など、一人もいないことが体験的にわかってきます。

「分相応」を知るということは、長く生きてきた者の知恵の一つでしょう。

お金はあっても、なくても、人を縛るものです。「小金のある小市民がいちばん幸せだ」と誰かが言っていましたが、名言だと思います。

そこそこの生活ができて、今日はお寿司が食べたいとか、ちょっと温泉旅行でもしたいとか、それが叶うくらいの程度が最高でしょう。
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2019年04月05日

病気の治し方・・・


病気なんて、嫌なことをしなきゃ治りません。

好きなことばかりしてきたから、好きなものばかり食べてきたから病気になったんです。

話は簡単。病気の治し方は、自分が嫌なことでも体にいいなら、しなきゃいけない。

自分が嫌いなものでも体にいいなら食べなきゃいけない。

バランスが崩れてるんです。

病気はこれまでの生き方が間違っていますよ、という神様からのお知らせです。

有難い機能です、一旦受け入れて早く善処しましょう。
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2019年04月04日

思い通りにならない時は、見る角度を変えてみる

この世の中は思い通りにならないことだらけです。

世の中のことはすべて、少し諦め、思い詰めず、ちょっと見る角度を変えるだけで、光と風がどっと入ってくるようです。

思いを持たない、比較しないことも苦を生じさせないで楽に生きるコツです。
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2019年04月03日

老いた親、成熟した子供・・・

子どもはせめて月に一度、それが無理なら春夏秋冬それぞれの季節に一度ずつ、それさえ無理なら年に一度は、義務としてでも親を訪ねること。その時、親もできるだけ家をきれいに片付け、こざっぱりした衣服を着て、自分の体力と収入の範囲で、心のこもった食事を用意するといいでしょう。そして、楽しい話をしましょう。間違っても、愚痴をこぼしたり文句を言ったりするチャンスだと思ってはいけません。

親子にも、やはり慎みと、いたわりと、折り目正しさがいると思います。だからといって、まともな親子ならよそよそしい関係にはなりません。お互いに「忙しい中を訪ねてくるのは、大変だったろう」「年老いても明るい顔をして頑張ってくれているんだ」という感謝と尊敬に変わるのが、成熟した子供と親の関係ですから。

子だからと気を許して、親はほうっておいてもいい、というものでもありません。子供にはどんな弱みを見せてもいい、というものでもないのではと思います。
posted by 田村 季山 at 03:27| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする