2018年01月07日

死に際に幸不幸が逆転する・・・?

希望を持って死を受け入れることができるには、いくつかの条件がいるでしょう。

望んだことをもう充分にやった、ということもその一つ。

愛し愛された、という自覚もそうです。

この世を、ろくでもないところだと思っている人には死ぬのは結構楽しみであるかもしれません。

いつも生きていて苦しい、辛いと感じていた人はこの世に執着しないので生きていて幸せを感じていた人より死ぬときはこの世に未練はなく幸せを感じるかもしれません。

幸せだった人には死はつらく、不幸せだった人には死は幸せなものになるでしょう。

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2018年01月06日

神仏と出会う

人は悲しみの中でほんとうに出会うものです。

人間が神仏と出会うのも、多くの場合そういう時なのです。

それは、悲しみの中でこそ、人は本来の人間の心に立ち帰るからなのでしょう。

だから、私たちは、もしかすると、悲しさ、苦しさ、寂しさの極みまで落ちなければならないのかもしれません。

その時初めて、私たちは傍らに立つ神仏と会うのです。それが成就というものでしょう。
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2018年01月05日

老後を楽しむ人生にするには・・・

老後を人と楽しむ人生にするには、健康に注意すること。特に、心の健康を心がけること。そして、明るい人柄になることです。

心の健康というのは、不足や腹立ちをしないことです。そのためには、人の言うことをいちいち気にしないことです。不足に思ったり、腹を立てたりすると、自分が損をします。

不足や腹立ちは小さく、喜びは大きくしていくことです。多少オーバーに喜ぶのです。

それから、何ごとも苦にしないで、あっけらかんと暮らすことです。

次に、明るい人柄になるためには、どうすればいいかというと、笑顔を忘れず愛想のいい人になることです。そして、人の陰口は言わないで、人に不足や腹立ちをさせないように気をつけることです。

心の健康を心がけること。明るい人柄になること、この二つが、人と楽しむ毎日の生き方ではないでしょうか。
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2018年01月04日

老いてもなお輝いて生きる

老いてもなおかつ、やるべき仕事をたくさん持つこと、自分自身で見つけることが、老いてなお輝いて生きる秘訣ではないでしょうか。

大げさに言うと、「なんとか自分が生きている間に、少しでも今後の日本が栄えていくように、いまの人たちに伝えておかなければならない。

昔の大切なもの、自分の習得したものを残しておかなければならない。

思い上がりかもしれないが、自分が生きていることによって、少しでも日本がいい方向に向きを変えていけるように、お手伝いしなければならない」 という使命感を持つことが、老いてなお輝いて生きることに繋がると思います。

また、やりたいことをたくさん持つこと、あるいは、会いたい人をたくさん持つこと、これも輝いて生きるための条件だと思います。
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2018年01月03日

ボケ7を防ぐ六つの心構え

まず、一番目は「感動する心」。たとえば「ああ、今日も素晴らしい天気だなぁ」と思えるような心です。

二番目は「感謝する心」。朝、目が覚めて「おはようございます。きょうも一日よろしくお願いします」と明るくあいさつができるように、生きている喜びを常に身に感じて感謝する心が大切です。

三番目は「頭の訓練」。幼児教育の必要性についてはよく言われますが、年を取ってからでも、読書などに努めることによって脳が活性化されるのです。

四番目は「働く心」。この「働く」とは、仕事をして賃金をもらう、いわゆる労働のことだけではありません。周囲の人、はたの人を楽にさせることで、周囲から頼りにされる人間になっていくことです。

五番目は「緊張感」。少しは緊張感のある環境に身を置いて、脳を活性化させることも大切です。豊かさに慣れて緊張感が薄くなると、ボケてくるそうです。

そして、最後は「よく笑うこと」。これが一番大切です。
「笑う門には福来る」というように、重い病の方でも、落語などを聞いて笑えば、免疫力が高まるそうです。明るく笑うことは、健康に効果があるだけでなく、認知症の予防にもつながるのです。
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2018年01月02日

「やってもらえる」とは考えないこと

老人といえども、強く生きなければなりません。歯を食い縛っても、自分のことは自分ですることが原則です。

それは別に特に虐待されていることでもなければ、惨めなことでもありません。

それは人間誰にも与えられた共通の運命です。

自分で自分のことをするようにしなさい、というのは、当然すぎるほど当然なことでしょう。
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2018年01月01日

後半生はすきなように、穏やかに

人生の半分を生きて、これから後半生にさしかかると思うと、好きでないことには、もう関わっていたくない、と思います。

一分でも一時間でも、キレイなこと、感動できること、尊敬と驚きをもって見られること、そして何より好きなことに関わっていたいですね。

人を、恐れたり、醜いと感じたり、時には蔑みたくなるような思いで、自分の人生の後半を使いたくはありません。

さわやかな風の中にいるように、いつも素直に、しなやかに、穏かに、時間の経過の中に、深く怨むことなく、生きて行きたいですね。
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2017年12月30日

普通に出来ることに感謝

病気が治りにくくなるということは、死に向かっているということです。
それは悲しい残酷なことかもしれませんが、誰の上にも一様に見舞う公平な運命です。

しかし、その時初めて人間はわかるんです。歩けることは何と素晴らしいことか。自分で食べ、自分で排泄できるというのは、何と偉大なことなのか。

更にまだ頭がしっかりしていて多少哲学的なことも考えられるというのは、十憶円の宝くじを当てたのにも匹敵する僥倖なのかもしれません。
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2017年12月29日

モノに執着せず、適量を見極めること

人間の体は一定の量しか、食べ物を必要としません。

しかも年を取るほど、量はいらなくなります。

人間は長寿になればなるほど、理性的に食事を適切に減らして行くことを覚えなければなりません。

食べ物だけではありません。

人間にはすべて必要とされる「物質」の限度があります。

一日に食べる食物の量、家の広さ、適切な衣服の枚数など、お金持ちであろうと貧乏な人であろうと、ほんとうはそう違いはないのです。

モノに執着せず、適量を見極めることは、穏やかに生きるためにとても大切なことです。
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2017年12月28日

別れに馴れる

別れに馴れることは容易なことではありません。

いつも別れは心が締め付けられます。

今まで歩けた人が歩けなくなる。今まで見えていた目が見えなくなる、今まで聞こえていた耳が聞こえなくなってくる。そして、若い時と違ってそれらの症状は、再び回復するというものではありません。

歳をとるとはそういうことで、誰のせいでも自分だけ特別なことでもありません、

歳をとるとは、そんなものでみんなが経験する自然なことです。
posted by 田村 季山 at 03:31| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする