2020年09月01日

平凡で小さなことの積み重ねが大きな変化につながる

この社会を変えていくためには、まず、一人ひとりが変わっていくことが必要です。一人ひとりが毎日、少しずつでもかまいませんから、何か人のためになることをしていくこと・・・そういう地味で小さな積み重ねが、必ず大きな変化につながることになるのです。

まず、人に親切にすることです。自分が困っているときほど、落ち込んでいるときほど、人に親切にするのです。

ゴミが落ちていたら、すぐ拾ってください。そのぶんだけ街がきれいになります。履き物が乱れていたら、そろえてあげましょう。次に誰かが履くときに助かります。

そのような、ほんの小さなことを徹底して、しかもなんの見返りも求めずにやり続けるのです。そういう平凡なことの継続のなかから、いつか非凡が生まれるのです。

平凡で小さなことの積み重ねのなかにこそ、人を感動させるものが秘められているのです。そのような感動こそが、人を動かす力になり、ひいては社会を変える力になるのです。
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2020年08月31日

善友と共に人生を豊かに


善友は、欲しいと思ってもできるものではありません。ましてや、勝手に相手からやって来るものでもありません。

善友をつくるには、自分がその人にとって善い友だちであることが大前提です。つまり、自分が善い友だちになる努力をすることです。

善い友だちになるコツは、自我を張らないで、自己主張を控えること。そうすれば、自然に善い友だちが集まってくるようになります。

善い友だちや企業が集まると、結果的に人生は豊かになり企業としても発展するのです。
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2020年08月30日

諦めの悪い老人

老人は諦めがよさそうでいて、実はそうでない、老年は意外とおせっかいやきである。

孫の結婚にまで、干渉する祖父母は例外としても、会社の若い者、後輩、一族の中の青年などの処世術に関して、意見を述べたがる老人は意外と多いものです。

もちろん、豊かな経験を持つ人の忠告は正鵠を射ている場合が多い。

しかし、老人の意見というものは、本質的に外部の意見にとどまっているほうが無難だと思われます。

孫のしつけのことで、息子夫婦と衝突する老夫婦がいます。孫には、子にできなかった夢の成就を期待する気持ちもわかります。が、そのような夢には、本質的に同調も同情もできません。なぜなら人間の生き方には、どうなったらいいのか、わからない部分がたくさんあるからです。

特に何を望んだらいいのか、誰にもわからないからです。とすると、そのはなはだむずかしい問いに答えを出す責任は、親という立場の人間がやむを得ず負うべきで、祖父母の仕事ではありません。
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2020年08月29日

他人は当人ほど気にしてない

憎しみや羨みの感情は人をとげとげしくします。それがなくなると人間は和んだ表情を見せるようになります。

しかし、人間は一時期、とげとげしくならねばならない時もあり、すさんだ表情にならざるを得ない状態にも追い込まれます。

人間の顔は美しくてもみごとだが、醜くてもみごとです。

しかし、そういうふうに、一つの境地に到達すると、人はいい顔を見せるようになるものです。

確実なことは、他人の容貌の衰えを当人が気にするほど人は気にしてないということです。

人は当人が思っているほど若い時に美しかったわけでもなく、現在が醜悪なわけでもないのです。
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2020年08月28日

力を出し切る

人間はどんな人でも、尊重されるような生き方をしたいと願っています。にもかかわらず、その願いとは反対のことをして生きているのがわれわれ凡人です。

尊重される生き方をするには「自分の持てる力を出し惜しみしない」ということが肝心です。

世の中には、その人の欠点ばかりが目立つ人がいます。かたや、その人の長所だけが目立つ人がいます。

この差も、力を出し惜しみしているかどうかの違いからくるものです。

人から「頼りにされ」「あてにされる」ような人間として、「認めてもらいたい」と願うのであれば、自分の持てる力を出し切ることです。

そうすれば、人に必要とされる人間になります。
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2020年08月27日

大きな心を・・・

スポーツ選手のようにいくら背の高い人でも、私の二倍も三倍もある人はいません。また、お相撲さんのように体重のある人でも、私の五倍も六倍もある人はいません。

つまり、人間の体は「大きい」「小さい」といっても、その差はせいぜい二、三倍くらいが限度です。

ところが、人間の持っている心の「大きさ、広さ」はどうでしょう。とても十倍、百倍というような差ではありません。人によっては、千倍、一万倍、いや、もう何倍とは言えないくらいの差があります。

この差はどうやって生ずるのでしょうか。大きな分かれ目は、どれだけ自分以外の人のことを多く考えられるかどうか、ではないでしょうか。心の小さい人は、自分のことしか考えられません。

一方、心が大きく広い人は、自分のことよりも家族のこと、社会のこと、さらに地球に住んでいるすべての人のことを思いやることができるのです。

「できるだけ自分以外の人のことを気遣う人間になろう」そういう考えになったとき、心は際限なく大きく広くなっていくのです。

「あの人は、心が大きく、広い人だ」と思われるような人になりたいものです。
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2020年08月26日

粗食(少食)こそ健康の基本

健康な長寿は、若い日からの積み重ね、好きなものを好きなだけ食べている人たちに、健康な長寿は望めません。現代医療の力を借りても、寝たきりの長寿が関の山です。

物質的な豊かさ、便利さ、高度さが必ずしも「善」ではないことがわかっています。

詩人のワーズワースが「生活は簡素に、志は高く」と言いました。これを実行すべきは、いまなのです。

粗食(少食)こそ健康の基本です。

肉食を多くすると血が汚れ癌になりやすくまた多くの病気の原因になります、そして感染症にも簡単にかかってしまいます。

健康で長生きしたい人は肉食を極力減らしましょう。
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2020年08月25日

自分の身は自分で守る

医者に診てもらえば病気は治る、と思うのは、医療への信頼というより、むしろ過度の期待です。ないものねだりです。

自分の身は自分で守るのだと考えを改めて、医療の限界をもふくめて、もっと医療を自分で学びましょう。

医師より先に患者が医療ミスに気づくということがあってもおかしくありません。

医療の一切を医師に任せきったがために、医療についてまったくの無知になり、そのことに疑問すら感じていません。だから医師の言うなりの患者であり、ひとたび医療ミスが起きれば、ただの被害者となってしまうのです。
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2020年08月24日

足るを知る

「一切の不幸せは、貧しさや不足から生ずるのではない。あり余るところから生ずるのだ」これはロシアの文豪トルストイの言葉です。

いまの日本、多くの国民が不満を抱いているほど、そんなに不幸な国でしょうか。

そんなことはありません。ではどうして不満と感じるのでしょうか。

われわれの望んでいることが、現状よりいつも大きいからです。たえず、努力した以上のものを求めているからです。私たちは、その差に不満を感じるのであって、昔と比べていまの日本人はけっして不幸ではありません。

現代人が不幸なのは、あり余る豊かさに感謝の念が足りないからです。

くれぐれも「足るを知る」ことです。
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2020年08月23日

毎日、適度な運動を日課にすること

頭をぼけさせず、かつ肉体的に他人に厄介にならないためには、つね日ごろ家具や靴や機械類の手入れを怠らないように、体の手入れもしておかなければなりません。

毎日同じことをおもしろくなくても続ける根気が大切です。やがてそれが爽やかに感じられるようになることもほんとうです。

自分で決めた適当な体操などを一定量することでも、ウォーキングでもなんでもかまいません。

毎日続けることが大切です。
posted by 田村 季山 at 03:05| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする