2017年11月25日

燃え尽きることは美しい

余白を残すのもいいでしょう。しかし、燃え尽きる美学もまたまばゆいほど美しいものです。

多くの人は燃え尽きていません。

余生を生きているなどという人がいますが、人生は一つしかありません。

その人生をどう精いっぱい生きるかが問題です。

出しゃばる必要はありませんが、せっかく与えられた人生、息をしているだけではもったいない。

燃え尽きれば自分も満足できるし、はた目にはとても美しいものです。
posted by 田村 季山 at 03:36| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月24日

命の火が燃えている

今日も苦悩の中に生きている。生への火がまだ絶えないで燃え続けている、ということです。

歯が痛いというのは、「ここがいたんでるよ」という神経の信号です。

人は肉体の痛みによってその患部を知り、それに対する適切な治療ができます。

若者が苦悩するのは、生きている証。命の火が燃えていることの信号です。

生きていることは苦悩することだと考えたらいいでしょう。悩むことは成長への起爆剤になり、生き方を示唆しています。

それがなくなったらおしまいで、あの世行きです。苦悩があるうちが花です。
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2017年11月23日

一日のトータルが人の一生です

人の一生は、今日一日のトータルです。

今日一日が生涯、密度の濃い一日を送りたいものです。

汗をかき、最善を尽くす。そうすれば、たとえ失敗しても腐らないで済みます。

多くの不満や反省は、全力を尽くさなかったから、だともいえます。

「思いわずらうのは、最善を尽くさないからだ」と、元京大総長の平沢興先生が言われました。

今日の一日、この瞬間、瞬間を密度の濃いものにしていければいいですね。
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2017年11月22日

生きることは苦しい?

子供がいなくて淋しい、子供がいれば苦しみが増える。いずれにしても、人は苦渋を背負って生きています。

第三者が見ているほど、他人は無風地帯に住んでいるのではありません。「隣の庭は広く見える」ものです。

生きるということは、それぞれの悩みと同居しているようなものです。他人はそれをあらわに見せてくれないだけのことです。

宗教の立場からいう、「人間は苦界に生きている」ということになるのでしょう。

そうであれば、それとつきあっていきる以外にありません。

人間生きるということは、運命が与えてくれる試練との根くらべみたいなものです。

そう考えるのも人生ですが、全く逆に人生を明るく楽しくとらえることも可能であることを認識しておいてください。
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2017年11月21日

「歳をとったな」ではなく「渋みが出たな」と思う

まだまだ定年前後の年齢にもかかわらず、自ら老け込んではなりません。
また、はじめから「ダメ」と考えない「精神の若さ」が必要です。
「年をとったなァ」と考えるのではなく、「渋みが出たなァ」と思えばいいのです。

大人の「渋み」は若者にはない味です。
現実に年をとったのだから、いまさら若さに憧れても仕方ありません。それより若者にはない魅力を十分に発揮したほうがいいのです。

あのゲーテもこう言っています。「人は年をとったら、若いときよりもそれだけ多く仕事をすることができるのが本当である」・・・と。

もちろん、肉体的にムリな仕事をしろと言っているわけではありません。
その豊かで深い自分の経験を生かせばいいのです。それを実践している人は、いくら年をとってもいつまでも若々しいものです。
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2017年11月20日

「人生二度なし」なんて思わないこと

自分の選んだ道は、危ないかもしれない。しかし、心配してもはじまりません。

実際、失敗したと思うことはよくあります。あのとき、もう一方の道を行っていたらと悔やむ。しかし、これがいけません。悔やむヒマがあるなら勉強だと思って、失敗までのプロセスをもう一度おさらいした方がいいのです。

失敗の原因をつかめば、次に役に立ちます。取り返しのつかない失敗、と思えることも長い人生で見たら、大したことではないということは間々あります。どんなことが起こっても「命まではとられない」と開き直って、平然としていればいいのです。

人生には思わぬ展開が開けてくるときがあるものです。
何事も悲観論で考えるから、ストレスばかり残って、いいアイデアが浮かばないのです。

人生二度ないなんて思って緊張せず楽観論で考えると、前向きにパワーを持ってものを見られます。これが大切なのです。

「まだこれだけある」と「もうこれだけしかない」の違いです。
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2017年11月19日

人生、トライしなければ後悔することに・・・

人生、トライしなければ意味がありません。

平均寿命九十年という長い人生を考えたとき、お金も大事でしょうが、もっと大事なのは自分が自分の存在理由を示せる場、すなわち自分が活躍できる場、自分を必要としてくれる場、そして自分が生き甲斐を感じられる場を確保することではないでしょうか。

実際、生き甲斐を持たないで、いつの間にか老後を迎えてしまったときの悲劇度は、お金がないよりずっとみじめなものです。年齢よりずっと老け込んでしまったそういう人がたくさん見られます。

だからこそ、一度は思った通りの生き方にトライしてみたほうがいいのです。多少ハメを外してもいいじゃないですか。

そのためには、まず固定観念を捨てることでしょう。いわゆる「常識」を疑ってみることです。空飛ぶ鳥のように自由に生きたいと思ったら、まず自分の気持ちを自由にしなければなりません。

人はとかく慣例とか常識といったものにとらわれ、その行動や判定を一定の枠にはめてしまいます。気持ちが縛られてしまうと簡単には自分を変えることができなくなります。

恥ずかしいと思うから、人生は小さくつまらなくなります。怖じ気づいたり恥ずかしいと思う気持ちを退散させましょう。

とにかく問われるのは「実践」です。その違いが大きくモノを言います。

「理屈より実践」モノは試し、自分の思ったことをとにかく行動に移せば、その先に思いもよらぬことが実現する可能性がある、ということです。
posted by 田村 季山 at 03:41| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月18日

周りを嫌な気分にさせないこと

いい気持ちでいたいのは、みんなの共通の願いです。

だから、まわりの人びとをけっして嫌な気持ちにさせてはいけません。

怒っている人がいたら、怒り返してはいけません。

その人の気持ちを和らげてあげることです。

機嫌が悪かったら、「まあ、そんなこともありますよね・・・」と、できるだけ気持ちを和らげてあげましょう。
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2017年11月17日

自分も人も喜ぶことをしましょう

自分には喜びであっても、他人に迷惑をかけるのは、よいことではありません。

また他人には喜びであっても、自分が苦しむのも、よいことではありません。

「よいこと」とは、「自分が喜び、他人も喜ぶ」行いです。そして、「あとで後悔しない」ことです。

「悪いこと」とは、「自分が苦しみ、他人も苦しむ」ことです。そして「あとで後悔する」のです。

だから行動を起こす前に、その行動によって、わずかでもあとで後悔することになると思うならば、そういう行動はやめましょう。

結果もよくて、あとで思い出したときもよかったと思える行動をすることです。

「よいこと」をすれば、「よい結果」がでます。これに例外はありません。

「そこそこの結果」しかないというのは、「そこそこのこと」しかしていないからです。
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2017年11月16日

心に良い癖をつける

ほんとうに自由な心とは、「どんなことがあっても波立たない、こだわらない心」です。しかし、人は長年にわたって形成されてきた心の癖のために、なかなか真の自由というものを得られません。

自由になる道は遠いものです。しかし、よいことを繰り返し行い、心によい癖をつけていけば、必ずそこにたどりつけます。

水が一滴ずつしたたり落ちて、やがて瓶を満たすように、少しずつ、ゆっくりでもよいのです。

道を歩いていて、落ちている空き缶を拾ってゴミ箱に入れるとか、汚れていたらちょっと拭いてきれいにするとか、そんな小さなことからやればいいのです。それが習慣になって心によい癖がついていきます。

反対に「悪いこと」は、どんな些細なことでもやってはいけません。些細なことでも放置しておくと、やがて心に悪い癖がついてしまうからです。

心についた癖は、そう簡単には変えられません。いったん癖がつくと、またそのとおりに行動し、癖はさらに強化されていくのです。ですから、正しい癖をつけるようにしなければなりません。

いったん悪い癖がついたら、どんどんそれが強化されていくので、不幸になってしまいます。よい癖をつけた人びとは幸福になっていきます。
posted by 田村 季山 at 03:21| Comment(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする