2017年05月27日

自分の経験を後から来る者に伝えよう

定年後働くのは代価を得るためばかりではありません。毎日毎日を規則正しく生きることができるためばかりでもありません。働いて、学ぶというためでもあります。

学ぶということは、教わることです。若い人から教わり、学ぶことができる人はもうそのことだけで幸せです。老人に教えることができる人は、老人から教わることもうまい、と思っていいでしょう。

若い人から真摯に学びながら、この若い人に何ごとかを伝えることができれば、うれしさも倍加するに違いありません。

人生も後半期にさしかかってきたならば、自分のこれまでに学んだものを他者に少しでも伝えることができたら、再生産であり、望外の喜びを生みます。仕事で、とくに定年後を前後しての時期に、自分の経験を少しでも後輩に伝えることができたら、いうことはないでしょう。 じつに人は学びながら教えるということが好きなのです。

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2017年05月26日

一瞬一瞬を精一杯に生ききる

日々を生きるように、あなたは一生を生きるのです。この先何日もあるのだから、今日は
どうでもいいだろう、というのは、私たちが陥りやすい罠です。

すばらしい人生とは、満足して送れた日々の連続にすぎません。毎日が重要で、最終結果の質に影響を与えます。過去はもはや存在せず、未来は想像の産物にすぎないのですから、今日という日しかないのです。

失われた機会はめったに戻ってきません。今日、生きるための情熱を増やし、今日に続く日々への関心を高めようと誓ってください。

人生を変えようという決意は、日々の一瞬一瞬を精いっぱいに生きるという決意です。
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2017年05月25日

遅すぎるということはありません・・・

新たな希望や夢は、いつ何時、人の心に湧いてくるかわかりません。ちょっとしたきっかけで、それまで無関心であったものに、急に興味が湧いてくるというケースは決して珍しいことではありません。ところが人はそこで余計なことを考えてしまいます。それは、周囲の自分に向けられた目であったり、時間であったりします。

たとえば、もう一度大学で勉強したいと思っても、なかなか実際に大学に通うことにはなりません。何が障害になっているかというと、これからやっても、というあきらめの気持ちなのです。

今からでも決して遅くはありません。

自分の本当にやりたいことが見つかっても、仕事があるからとか家庭があるからとか、いろいろ理由をつけて、気づいたのが十年遅かったなどと言ってやらずにあきらめてしまうのは、実にもったいない話です。希望や夢を叶えようとするのに遅すぎるということはありません。

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2017年05月24日

一瞬一瞬を存分に味わう

存分に生きてきた人は、生まれてきたことへの感謝で人生をしめくくることができます。残される者たちは、その時大きな贈り物を手にします。その贈り物とは、人との出会いの喜びと、今こうして生きているということの喜びを、以前にも増して深く感じ取れるようになったことへの気づきです。

年老いてから迎える死は、まるで古木がゆっくりと立ち枯れていくように無理がなく、苦痛もともなわないといいます。それは、なんと有難いことでしょうか。愛する人たちに「ありがとう」を伝えて旅立てたなら、それ以上に望むことはありません。

「生きていてよかった」と心から言えるように、生きているかぎり、この一瞬一瞬を存分に味わうことに力を出し惜しみしないことです。
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2017年05月23日

忘れる事

人は未練があると、すべてのことの、解決がつかなくなります。

未練を断ち切る最良の方法は忘れることです。思い出さないことです。

世の中のあらゆることは、「忘れる」「思い出さない」ということで、解決されることが多いものです。
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2017年05月22日

心を柔らかくして笑いましょう

多くの人々はあまりに心が窮屈で、固くなったり、尖ったり。構える心で用心したり、心の柔軟性が欠けていることが多いものです。もっと人生を幸福にするためには心を柔らかくすることが必要です。

多くの人は、自己批判や、自己反省が強すぎて、常に自分自身を批判しすぎ、自分をまるで悪人のように思って、自分自身を苦しめています。これは決してよいことではありません。

自己批判や自己反省はある程度まで必要ですが、あまり分量の過ぎた自己批判や反省は一種の心の病気です。こういう色々の心の癖で、心が窮屈になり、暗くなり、押し詰められたような感じで、窒息しそうになる人は、出来るだけ笑うことを稽古することです。

笑いは心の窮屈さを取り去り心の固まりをとり、悲しみや、屈辱や、怒りを忘れさせ、心をやわらかくして、心の中につまっていた毒ガスの息抜きをさせます。

笑いは、本来人間の心の中にある喜びの感情を外にあらわす迎え水になります。もっともっと笑いましょう。面白くないことがあって笑えない時は、鏡を見てわざと笑顔してでも笑いましょう。

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2017年05月21日

「今度」「そのうちに」は永遠にありません

感謝の気持ちを表すことは重要です。そのうちになどと思っていてはいけません。何かをしてもらったら、家族でも誰でもその瞬間に「ありがとう」と言いましょう。言いそびれると、もう機会を失い、自分の気持ちを伝えることができません。その瞬間を逃してはならないのです。

知り合いから好意を受けた時、何かを贈ってもらった時にはすぐお礼の返事を書きましょう。後になってもお礼の手紙を書かないのはもってのほかですが、お礼が遅れると相手の受ける印象が違います。すぐに返事をもらうのは嬉しいものなのです。
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2017年05月20日

十人十色

どのような人も欠点だらけです。それはあなたに欠点があるのと同じです。社会の上のほうで活躍する人、人を指導する立場にある人でも同じです。

もし、あの人にはあんな嫌なところがある、あんな欠点があるといってその人を排除していったらつき合う人はいなくなります。

他人の欠点を認めましょう。他人が自分と異なることを受け入れましょう。それは他人が私たちと顔も姿も違うのと同じです。顔や姿が違うということは、脳も違う、考え方、感じ方も違うということです。

人は皆違い、皆異なった考え、感じ方をするものだと思って人とつき合うことが人間関係をよくする上で必要なことなのです。

他人にも優しく、自分にも優しく接しましょう。


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2017年05月19日

限りのない努力が大切です

仏教では、私たちの生命は現世のみではなく、来世、再来世と続くとします。私たちの運は、私たちの思うこと、話すこと、行うことが慈悲に基づいていれば好転するし、無慈悲に基づけば運は悪くなります。

ですから、来世の運は現世の最後の生き方で決まると言ってよいのです。つまり、定年後や晩年は来世の準備期間だとも言えるのです。

龍沢寺の山本玄峰老師もおっしゃるとおり「七十歳より八十歳、八十歳より九十歳、九十歳より百歳、百歳より死んでから」の限りない努力が大切です。
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2017年05月18日

小さな縁をも大切にする

小才は縁に出あっても縁に気づかず
中才は縁に気づいても縁を生かさず
大才は袖すりあった縁をも生かす。

これは、柳生流の元祖・柳生石舟斎の言葉です。剣の達人というばかりでなく、人間学にも達していた石舟斎の含蓄がうかがえます。

人生の行路には自分の師と仰ぐ人は至る所にいます。心を謙虚にして周囲の言葉に耳を傾け、袖すりあったほどの小さな縁をも活かして大切にしていきたいものです。
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