2017年07月17日

「足るを知る」心を持つ

お金は幸せを得るために不可欠な道具ですが、幸せを維持するにはお金との「距離感」が必要です。

あなたが今、ぜいたくできる境遇にあるなら臆さずどんどんぜいたくすればいいでしょう。でも、何かの拍子にぜいたくができなくなっても、平然とその環境を愉しめる人間でありたいものです。

夕食のおかずがステーキからメザシに変わっても、それをおいしいと思えるのが健全で理想的な金銭感覚です。

一方で、ぜいたくできるのにしないのは貧乏くさいものです。だが貧乏なのに、ぜいたくの快楽に固執するのは甘えというものです。

本当のぜいたくを知りながら、ひどい貧乏にも平然と耐えられること。それがいちばんカッコいい人間なんです。
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2017年07月16日

真の幸福は現在感謝すること

現在生きていられることを感謝することに心を振り向けましょう。するとそうした心がけそれ自体が、幸福を招いている原動力となるのです。

自分のまわりには、自分の心の状態と全く同じことがやってくるものですから、現在の自分の状況に、「ありがたいなあ」と満足して心から感謝すると、また感謝できるような嬉しいことが現実にやってくるということです。

感謝することは、結局は自分の幸せを増やしていることになります。自分の毎日に心からありがたいと思えると、次の幸せなことがめぐって来るものです。
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2017年07月15日

子供に感謝されたなら、親はもっと、してあげたくなる

親子の関係というのは、神と人間の関係に似ています。

親は子どもに無償で無限の愛情を注ぎます。しかし、何かをしたときに、子の側に「親が子にするのは当然だ」という態度が見えたとき、多くの親は悲しい思いをします。

神は人に対し、ただひたすら与え続け、「してあげるだけ」の存在なのではないでしょうか。未熟な私たちにはそれがわからないだけかもしれません。

神の目から見れば、私たち人間は、赤子、あるいは乳幼児です。どんなに私たちが年をとって経験を積み重ねても、神から見れば未熟で不十分であることは間違いありません。

そんな、無限に「し続け」、「与え続けて」くださる神に対し、圧倒的に力が足りない私たち人間ができることはいったい何でしょうか?

それは、「当然」と思わず、「ありがとう」と感謝することなのです。

私たちは、多くの恵み、豊かさを与えられています。

毎日毎日、感謝しましょう。感謝すればするほど、また感謝したいことが起こってくるでしょう。
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2017年07月14日

笑顔が笑顔を連れて来る

「こんなに大変なことがあって苦労ばかりなのに、どうして感謝なんかできようか」と言う人がいますが、それは逆なのです。

笑顔にならず、愚痴や泣き言ばかり言っているからそういう現象が次々に起こる、というのが宇宙の構造のようです。

愚痴や泣き言の多い人ほど、面倒な現象に見舞われているようです。

本人はそういう現象が多いから愚痴や泣き言を言っていると思っていますが、実際にはその逆で、愚痴や泣き言が多いから、そのような現象が次々に起きてくるのです。

つらい、悲しいと不平ばかり言っている人には、宇宙は一切支援しません。

宇宙を信奉して平伏しなくてもいいですから、宇宙の方程式を覚えて宇宙を使いこなしたほうが、自分にとって得だという話です。

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2017年07月13日

過去のすべてに感謝する

人生は「ドミノ倒し」に似ています。ドミノ倒しのように、ひとつひとつの出来事が起きて「私」の人生が続いていき、最後のひとつがパタッと倒れて、一生を終えます。

今、私たちがここに存在しているということは、後ろ(過去)のドミノがすべて順番に倒れてきたということです。もし、どれかひとつでも欠けていれば、今の「私」は存在していません。ドミノのひとつひとつがその時点での結果になっていると同時に、次のドミノを倒す原因にもなっているのです。

そのことがわかったら、これまでに出会った人や、自分に起きた出来事のすべてに感謝ができるのではないでしょうか。トラブルや苦労、病気、自分に辛く当たった人でさえも、今の自分のために存在してくれたのです。

ですから、どんな人でも、どんなに些細に見える行為も、人生を成り立たせるうえで「どれが重要で、どれが重要でない」ということは言えません。すべての人やすべての出来事が等しく必要なことであり感謝の対象であるのです。

感謝すればするほど、また感謝したくなることが起こってきて、素晴らしい人生になっていきます。

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2017年07月12日

毅然として居ること

肉体的苦痛や精神的苦悩は、なるべく人に洩らさぬこと・・・。

人に病苦や不幸を漏らして慰めてもらおうという根性は、甘くて女々しいことだと心得ておくべきです。

不満や愚痴も言えば言うほどその悪循環から抜け出せなくなるものです。

この世は焦点を合わせるものが拡大し強調されます。決して悪いもの不安なことに焦点(意識)を合わせないことです。
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2017年07月11日

今を楽しめるから、将来も楽しめる

将来に備えるのはいいでしょう、けれど貯蓄や倹約が過ぎると、生活から楽しみがすっかり消えてしまいます。これではせっかくの人生があまりにも味気ないものになってしまいます。

いくら切り詰めて貯め込んでも、人生、どこで何があるかわかりません。貯め込んだお金を使う前に死んでしまったら、「何のために遊びもしないで・・・」と後悔するに決まっています。

理想は、ほどほどに将来に備え、今もそれなりに楽しむことでしょう。それには「一日一生」で、明日ではなく今日を大切に丁寧に、楽しんで生きるという気持ちが大切です。


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2017年07月10日

自分のしたいことをすること

自分をかわいがっていますか?子どもや夫(妻)を思うように、愛情をそそいでいますか?忙しいからと言って食事をおろそかにしたり、身のまわりのことを投げやりにしたりしていませんか?

自分が一人でいるときにどれだけ自分に手をかけられるかは、自分を大切にしているかどうかのバロメーターです。

ボサボサの髪をとかし、伸びていたツメの手入れをしましょう。そういうことをすればするほど、心の中は豊かになっていくはずです。

あまやかすという意味ではありません。自分の中の「こうするとうれしいな」という欲求をもっと意識しながら、日常生活を過ごした方がいい、ということです。

私たちは気づかないうちに、自分を投げやりに扱っているものです。そんな状況から抜け出しましょう。

人間は、快適な環境の中にいると、心まで快適になってきます。そして、プラスのパワーを身につけます。逆に、反対の環境に身を置くと心まで貧しくなってしまいます。

自分が快い心になることを求めて行動しましょう。
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2017年07月08日

定年後、お金を増やそうなどとは考えないこと

人生とは無常なもの、先のことなど心配したところで、明日ポックリ逝くかもしれません。あるかどうかもわからない五年先、十年先のことを心配するより、今日を大事にしたほうがいいのです。

幸福は山の頂にだけあるわけではありません。麓(ふもと)にだってちゃんとあります。だから、お金のある生活を羨み、我が身を嘆く必要などありません。

お金というのは、あるならあるなりに、ないならないなりに付き合えば、それなりに幸せな生活が営めるようになってるものです。

普通に食べていけるだけのお金は、ないと困りますが。そのうえで、ないものねだりをせず、ないならないなりの幸福を見つけるのが賢い老後の生き方なんです。

いや、老後だけではなくいつの年代でも身の回りにいつでも幸せは見つけられます。私たちは多くの恵みをいただいております。

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2017年07月07日

与える側の言葉を使いましょう

運を良くしたいのなら、人に依存しないで自立していることが、大前提になります。依存から抜け出すときに、一番簡単なのは、「与える自分」になることです。もらうことよりも、あげることに意義を見出せるように意識を変えるのです。そのために、言葉づかいも変えましょう。

今まで、「OOして欲しい」、「どうしてOOしてくれないの」と言ってばかりいた人はいませんか?そんな人は、今日から人を頼ることをやめましょう。

寒い部屋にいるときは、一緒にいる人たちに、「寒くないですか?」エアコンの温度を上げましょうか?」と声をかけましょう。元気のない友人がいたら、「どうかしたの?私でよければ相談に乗るよ」と笑顔で話しかけましょう。

ささいなことでいいのです。自分の方から人を思いやる言葉をかけることは、相手を勇気づけるだけでなく、あなた自身の心にもプラスのパワーを与えてくれるでしょう。

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