2017年06月02日

やりたいことを楽しみましょう

人間、五十を過ぎれば、もう自分の性分はわかります。日がな一日、ボーッとしていられたら「それで幸せ」という人はいい。定年後、無趣味でも困ることはないでしょう。

しかし、「そんな生活は到底耐えられそうもない」という人は、現役のうちから定年後の安楽を、文字通り安んじて楽しめるような飽きの来ない趣味をみつけておいたほうがいいでしょう。

その場合の基本原則は、お金があまりかからない、師を必要としない、一回に何時間もかけない、の三つではないでしょうか。

趣味は人に与えられるものではありません。自分で発見し、楽しむものです。無論、年齢制限などありません。若者が楽しんでいることを中高年が楽しんでいけないはずはありません。

「いい年をして」などと言われようが、やりたいことを楽しめばいいのです。趣味を通じた人の輪もできます。年がいもなく生きる、それこそが人生を楽しくするのです。
posted by 田村 季山 at 03:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月01日

定年後、金を増やそうなどと考えない事

貧乏性というのでしょうか、定年後も節約倹約で少しでもお金を残そうとする人がいます。「この先、いくつまで生きるかわからない。どんな大病を患うかもしれない。蓄えはいくらあっても多すぎることはない」、そんなふうに考えてしまうのでしょう。

気持ちはわからないでもありません。が、そんなことを言い出したらきりがありません。人生とは無常なもの。先のことなど心配したところで、明日ポックリ逝くかもしれません。あるかどうかわからない五年先、十年先のことを心配するより、今日を大事にしたほうがいいのです。

幸福は山の頂にだけあるわけではありません。麓にだってちゃんとあります。だから、お金のある生活を羨み、我が身を嘆く必要などありません。

お金というのは、あるならあるなりに、ないならないなりにつきあえば、それなりに幸せな生活が営めるようにできているのです。

posted by 田村 季山 at 03:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月31日

自分へのサービスを優先させる

休日だから遊び、休むのではありません。必要だから休み、遊ぶのです。

自分の身体が休息を要求していたら、家族の希望などたまには無視しましょう。それくらいは許されるでしょう。

ゴロ寝や居眠りで過ごすのもよし、粗大ゴミ扱いされてもいいではないですか。粗大ゴミ、大いにけっこう。自分の都合と意志で「何もしない」でいいのだから、粗大ゴミとののしられても泰然自若、春風駘蕩としていればよろしい。

何もしないでも平然としていられるのは大人の証しであります。

家族サービスも大切です。けれど、自分の時間をつくるためにも月に二回、いや月に一度でいいから、家族サービスなど忘れ、自分優先の週末を過ごしてみることをすすめます。
posted by 田村 季山 at 03:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月30日

出来ることは「いま」やらないと・・・

あなたの「いま」は、あなたの人生そのものです。「いま」できないことは一生できなくなります。考え方を切り替えるのなら「いま」それを実行しなくては、明日ではできなくなり、一ヶ月、一年後もできなくなります。

そして、実行できたら、その「いま」をできるだけ多くしていくこと。そうすると、それが自然に身について、今度は無意識のうちにムダな時間を過ごすようなことをしなくなります。

人間の行動の大半は無意識の行動ですから、そういうクセをまず身につけることが肝心です。

以上のような考えもありますが、自分の自由にのんびり時間を気にせず過ごすという生き方もあります。

どちらでもお好きな方を・・・。
posted by 田村 季山 at 03:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月29日

絶対必然即絶対最善

この世における色々のよからぬこと、また思わしからざることも、必ずそこに意味があるといえます。

そこで今この信念に立つと、現在の自分にとって、一見いかにためにならないように見える事柄が起こっても、それは必ず天が私にとって、それを絶対に必要と思し召されたゆえに、そのように与え給うたのであると信じることです。

あらゆることは、絶対必然であり絶対最善であったのです。

あらゆることは、私たちに与えられた「機会」なのです。
posted by 田村 季山 at 03:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月28日

健康を維持するための心の持ち方

一、寛(ひろ)い心をもつこと(度量)
二、深い情をかけること(慈悲)
三、みんな仲良くすること(太平)
四、喜ぶ心を持つこと(感謝)
五、色は匂えど散るものを(無常)
六、向こう三軒両隣が大切(親睦)
七、長い眼で見ること(忍耐)
八、柳に風折れなし(柔和)
九、越されぬ河は越さぬこと(諦観)
十、時の過ぎぬ間に働く(努力)

これは西式健康法創始者の西勝造が提唱した心の健康を保つうえでの「十訓」です。
posted by 田村 季山 at 03:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月27日

自分の経験を後から来る者に伝えよう

定年後働くのは代価を得るためばかりではありません。毎日毎日を規則正しく生きることができるためばかりでもありません。働いて、学ぶというためでもあります。

学ぶということは、教わることです。若い人から教わり、学ぶことができる人はもうそのことだけで幸せです。老人に教えることができる人は、老人から教わることもうまい、と思っていいでしょう。

若い人から真摯に学びながら、この若い人に何ごとかを伝えることができれば、うれしさも倍加するに違いありません。

人生も後半期にさしかかってきたならば、自分のこれまでに学んだものを他者に少しでも伝えることができたら、再生産であり、望外の喜びを生みます。仕事で、とくに定年後を前後しての時期に、自分の経験を少しでも後輩に伝えることができたら、いうことはないでしょう。 じつに人は学びながら教えるということが好きなのです。

posted by 田村 季山 at 03:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月26日

一瞬一瞬を精一杯に生ききる

日々を生きるように、あなたは一生を生きるのです。この先何日もあるのだから、今日は
どうでもいいだろう、というのは、私たちが陥りやすい罠です。

すばらしい人生とは、満足して送れた日々の連続にすぎません。毎日が重要で、最終結果の質に影響を与えます。過去はもはや存在せず、未来は想像の産物にすぎないのですから、今日という日しかないのです。

失われた機会はめったに戻ってきません。今日、生きるための情熱を増やし、今日に続く日々への関心を高めようと誓ってください。

人生を変えようという決意は、日々の一瞬一瞬を精いっぱいに生きるという決意です。
posted by 田村 季山 at 03:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月25日

遅すぎるということはありません・・・

新たな希望や夢は、いつ何時、人の心に湧いてくるかわかりません。ちょっとしたきっかけで、それまで無関心であったものに、急に興味が湧いてくるというケースは決して珍しいことではありません。ところが人はそこで余計なことを考えてしまいます。それは、周囲の自分に向けられた目であったり、時間であったりします。

たとえば、もう一度大学で勉強したいと思っても、なかなか実際に大学に通うことにはなりません。何が障害になっているかというと、これからやっても、というあきらめの気持ちなのです。

今からでも決して遅くはありません。

自分の本当にやりたいことが見つかっても、仕事があるからとか家庭があるからとか、いろいろ理由をつけて、気づいたのが十年遅かったなどと言ってやらずにあきらめてしまうのは、実にもったいない話です。希望や夢を叶えようとするのに遅すぎるということはありません。

posted by 田村 季山 at 03:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月24日

一瞬一瞬を存分に味わう

存分に生きてきた人は、生まれてきたことへの感謝で人生をしめくくることができます。残される者たちは、その時大きな贈り物を手にします。その贈り物とは、人との出会いの喜びと、今こうして生きているということの喜びを、以前にも増して深く感じ取れるようになったことへの気づきです。

年老いてから迎える死は、まるで古木がゆっくりと立ち枯れていくように無理がなく、苦痛もともなわないといいます。それは、なんと有難いことでしょうか。愛する人たちに「ありがとう」を伝えて旅立てたなら、それ以上に望むことはありません。

「生きていてよかった」と心から言えるように、生きているかぎり、この一瞬一瞬を存分に味わうことに力を出し惜しみしないことです。
posted by 田村 季山 at 03:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする