2017年07月21日

死は、幸、不幸という対象にはならない

病気や事故が不幸と思っている人が多いかもしれませんが、それらは自分の魂の成長に、必要なこととして起こっているのです。

よく、死ぬことを「不幸にあう」という人がいます。宝くじに当たる人がいて、当たらない人がいる。ふぐに当たる人がいて、当たらない人もいる。車に当たる人がいて、当たらない人がいる。当たる人、当たらない人を、「ついてる人」「ついてない人」、「幸運な人」「不運な人」と一般的に分けることができます。

では、死なない人はいるでしょうか。この世に生まれたからには、必ず死ぬようになっているので、「死ぬ人」「死なない人」には、分かれません。

ですから、死ぬのが不幸で、死なない人が幸運という分け方はできません。このことから、死は幸、不幸という対象にはならないということが解ります。

死ぬこと自体は、すべての人に訪れるので、選びようがありません。すべての人に公平平等に起こることなので、不幸なことでもないし、いけないこと、悲しいこと、嫌なことでもありません。
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2017年07月19日

強く思っていることや心配していることは現実になる

今、何か心配していることや悩みがあって、それがどうなるのか不安でたまらないのであれば、それを心配すればするほど現実になります。

「人に対しての嫉妬、ねたみ、恨み、陥れようとする感情、悪口、噂」などは「マイナスの感情」だとわかっていても、「心配する」と言う行いもそれと同じだとわかっている人は、意外と少ないようです。

誰かのためを思って心配したり、何かをうまくいかせるために心配するというのは、一見よいことのように感じることもあるでしょう。でも実際は、「ただ心配する」というのは状況をどんどん悪い方向へ進ませているだけなのです。

あなたが、何かを心配していたときの気持ちを思い出してみてください。どんどん暗くなっていったと思います。しかも、最終的になんの解決策もみつからなかったのではないでしょうか?

意識を向けたものは拡大し強調されるのでくれぐれも注意が必要です。

心配を始めると、あなたの中には、「こうなって欲しくない」というイメージが出来上がります。心配し続ければ、そのイメージはどんどん具体的になるでしょう。

これから先のこと、お金のこと、病気のこと、なんでも心配するのが当たり前だと思っている人が多いものですが、毎日、三度三度の食事ができ、温かい布団の中で寝られるだけでもとても幸せなこと。心配はしないことです。ただし、周りの人へのこころ配りはとても大切です。

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2017年07月18日

初めは小さな悪いことで「お知らせ」が来ます

大事なことを、どの時点で気づくことができるかは、人によって違います。日常生活のささいなことから気づく人もいれば、人生がひっくり返るような大きなことが起こらないと気づけない人もいます。

たとえば、病気は、体や精神が無理をしている「お知らせ」です。大病をしてからようやく「体をいたわらなくてはいけない!自分の生活を見直さなくてはいけない!健康でなければなにもできない!」と気づく人と、「ちょっと体調が悪い」という程度のときにそれに気づく人もいます。

もちろん、なにもないときから毎日健康に感謝して暮らしている人もいます。

「家族の大切さ」を、日常生活でしみじみと感じる人もいれば、一家が離散するようなトラブルが起こってはじめて気づく人もいます。

はじめからわかっている人には、その種類のトラブルは起こりません。そんな事件を起こさなくても、わかっているからです。

何事も、大きなダメージを受けないで小さな「お知らせ」のうちに改善するようにしたいですね。



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2017年07月17日

「足るを知る」心を持つ

お金は幸せを得るために不可欠な道具ですが、幸せを維持するにはお金との「距離感」が必要です。

あなたが今、ぜいたくできる境遇にあるなら臆さずどんどんぜいたくすればいいでしょう。でも、何かの拍子にぜいたくができなくなっても、平然とその環境を愉しめる人間でありたいものです。

夕食のおかずがステーキからメザシに変わっても、それをおいしいと思えるのが健全で理想的な金銭感覚です。

一方で、ぜいたくできるのにしないのは貧乏くさいものです。だが貧乏なのに、ぜいたくの快楽に固執するのは甘えというものです。

本当のぜいたくを知りながら、ひどい貧乏にも平然と耐えられること。それがいちばんカッコいい人間なんです。
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2017年07月16日

真の幸福は現在感謝すること

現在生きていられることを感謝することに心を振り向けましょう。するとそうした心がけそれ自体が、幸福を招いている原動力となるのです。

自分のまわりには、自分の心の状態と全く同じことがやってくるものですから、現在の自分の状況に、「ありがたいなあ」と満足して心から感謝すると、また感謝できるような嬉しいことが現実にやってくるということです。

感謝することは、結局は自分の幸せを増やしていることになります。自分の毎日に心からありがたいと思えると、次の幸せなことがめぐって来るものです。
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2017年07月15日

子供に感謝されたなら、親はもっと、してあげたくなる

親子の関係というのは、神と人間の関係に似ています。

親は子どもに無償で無限の愛情を注ぎます。しかし、何かをしたときに、子の側に「親が子にするのは当然だ」という態度が見えたとき、多くの親は悲しい思いをします。

神は人に対し、ただひたすら与え続け、「してあげるだけ」の存在なのではないでしょうか。未熟な私たちにはそれがわからないだけかもしれません。

神の目から見れば、私たち人間は、赤子、あるいは乳幼児です。どんなに私たちが年をとって経験を積み重ねても、神から見れば未熟で不十分であることは間違いありません。

そんな、無限に「し続け」、「与え続けて」くださる神に対し、圧倒的に力が足りない私たち人間ができることはいったい何でしょうか?

それは、「当然」と思わず、「ありがとう」と感謝することなのです。

私たちは、多くの恵み、豊かさを与えられています。

毎日毎日、感謝しましょう。感謝すればするほど、また感謝したいことが起こってくるでしょう。
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2017年07月14日

笑顔が笑顔を連れて来る

「こんなに大変なことがあって苦労ばかりなのに、どうして感謝なんかできようか」と言う人がいますが、それは逆なのです。

笑顔にならず、愚痴や泣き言ばかり言っているからそういう現象が次々に起こる、というのが宇宙の構造のようです。

愚痴や泣き言の多い人ほど、面倒な現象に見舞われているようです。

本人はそういう現象が多いから愚痴や泣き言を言っていると思っていますが、実際にはその逆で、愚痴や泣き言が多いから、そのような現象が次々に起きてくるのです。

つらい、悲しいと不平ばかり言っている人には、宇宙は一切支援しません。

宇宙を信奉して平伏しなくてもいいですから、宇宙の方程式を覚えて宇宙を使いこなしたほうが、自分にとって得だという話です。

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2017年07月13日

過去のすべてに感謝する

人生は「ドミノ倒し」に似ています。ドミノ倒しのように、ひとつひとつの出来事が起きて「私」の人生が続いていき、最後のひとつがパタッと倒れて、一生を終えます。

今、私たちがここに存在しているということは、後ろ(過去)のドミノがすべて順番に倒れてきたということです。もし、どれかひとつでも欠けていれば、今の「私」は存在していません。ドミノのひとつひとつがその時点での結果になっていると同時に、次のドミノを倒す原因にもなっているのです。

そのことがわかったら、これまでに出会った人や、自分に起きた出来事のすべてに感謝ができるのではないでしょうか。トラブルや苦労、病気、自分に辛く当たった人でさえも、今の自分のために存在してくれたのです。

ですから、どんな人でも、どんなに些細に見える行為も、人生を成り立たせるうえで「どれが重要で、どれが重要でない」ということは言えません。すべての人やすべての出来事が等しく必要なことであり感謝の対象であるのです。

感謝すればするほど、また感謝したくなることが起こってきて、素晴らしい人生になっていきます。

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2017年07月12日

毅然として居ること

肉体的苦痛や精神的苦悩は、なるべく人に洩らさぬこと・・・。

人に病苦や不幸を漏らして慰めてもらおうという根性は、甘くて女々しいことだと心得ておくべきです。

不満や愚痴も言えば言うほどその悪循環から抜け出せなくなるものです。

この世は焦点を合わせるものが拡大し強調されます。決して悪いもの不安なことに焦点(意識)を合わせないことです。
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2017年07月11日

今を楽しめるから、将来も楽しめる

将来に備えるのはいいでしょう、けれど貯蓄や倹約が過ぎると、生活から楽しみがすっかり消えてしまいます。これではせっかくの人生があまりにも味気ないものになってしまいます。

いくら切り詰めて貯め込んでも、人生、どこで何があるかわかりません。貯め込んだお金を使う前に死んでしまったら、「何のために遊びもしないで・・・」と後悔するに決まっています。

理想は、ほどほどに将来に備え、今もそれなりに楽しむことでしょう。それには「一日一生」で、明日ではなく今日を大切に丁寧に、楽しんで生きるという気持ちが大切です。


posted by 田村 季山 at 03:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・老い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする